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陽の当たる午後

先月、前の職場で約18年一緒に働いた仲間が田舎に帰った。
彼女は私より5つ年下だったかな。
私達の職場はみんな仲良くて、年に何回か、ランチとか飲み会とかよく開いてた。

彼女は離婚した。
子供が幼い頃からずっと旦那さんには外に女の人がいて、旦那さんのお義母さんは同じマンションに住んでいた。
彼女は何回か話し合った後も子供の為に別れずにずっと来ていた。
夜に開かれる飲み会には最初に顔だけ出して直ぐに帰宅する。
「たまにはいいんじゃないの?」って言っても、
「いや、家の事をきっちりしたい」と。自分に一切の非が生じないように。
そこには他人には分からない凄い信念の様なものも感じ取れた。
義母の前での嫁として、夫の前としての妻、子供の前での母親と言う役割に一切の手を抜く事なく。

私達の知る彼女自身の顔は職場だけだったのかも知れない。
同じ責任のある立場に付き、クレーム処理の時には
「結構怒ってるよ〜何卓のお客さん、、、」焦った顔で私の所に。
彼女より場数を踏んでいた私は
「分かった」と言ってクレームの入ったお客様の所に走る。
彼女の少し弱い部分はそんな所だけだったのかもしれない。

私は飲み会には必ず参加する程の場とお酒が好き。
美味しいものを食べて愚痴を吐いたり、鼓舞しあったり大切な場だと思ってたし。
彼女はいつも最後まで居ないし、参加も見合わせる事は私達の中では普通だったし、そんな彼女の事を咎めたり悪く言う子も誰1人居なくて。

私はそんな他人の彼女の人生に可哀想だとかは思った事もなかったけど、
ただ、一度きりしか無い人生なのに勿体ないよなと。
私は私だけの目線で彼女を見て、子供の為だけに生きる事を彼女の信念とし、自分の幸せは後。
それも一つの生き方であって、誰も非難しちゃいけないし出来ない。
分かっていても、たまには美味しい食事とお酒と楽しい時間を一緒に過ごそうよって思っていたし、誰かを憎んだりイライラしたままの毎日なんてしんどい。
スパッと別れて自分の人生も半分楽しめばいいのになあと思ってた。

送別会の日。18年の間の初めて最初から最後までその場に居た彼女。
家庭の事は触れずに職場の事とか、趣味の話しとかたくさんたくさんした。
彼女の息子は立派に育ち銀行と言うお堅いしっかりとした会社に就職をした。
凄く自慢の息子だと思う。
金銭面で子供に苦労をさせたく無いとずっと頑張って来たんだろう。
私達が馬鹿騒ぎしてるお酒の席で何度、後ろ髪を引かれながら帰ったことだろう。
彼女の心の中は分からないけれど。

その日の彼女はさっぱりとしていた。
親の面倒も兼ねて1人で田舎に帰ると言う。
巣立った息子を見守りながらもそれぞれの生活が始まる訳で。

彼女へのそんな餞別は既に退職してた事もあり私は個人ですると皆に伝えていた。

彼女が喜ぶものはなんだろう。
そうだ!と思って選んだのは自分ので買うのには勿体ない、ジェラートピケのパジャマの上に着るパーカーにする事にした。
ゆっくりと自分時間を過ごして欲しい。
そんな思いもある。

当日、他の皆が一緒に買ったその餞別もまた、同じようなパジャマの上に着るパーカーだった。
まさかの偶然。
きっと、他の仲間も同じように考えていたのかも知れないなあ。

お開きの時にそれぞれ言葉を交わした後
「泣くつもりじゃ無かったのにーー」と彼女は大粒の涙を溢した。
私達みんなも泣いた。


そして一昨日、彼女から
大きな酒粕が届いた。
賀茂鶴の立派な酒粕。
毛布の様に折り畳まれたシート状の大きな酒粕を見たのは初めてだった。

早速、粕汁を炊いた。

具材が殆ど見えない、、


スーパーに売ってるのとは違う。
違いの分からない女だけども、、これは美味しい。
酔いそう。

酔うわけないな、、、。


【どんな生き方になるにしても
自分を捨てやしないよ】

の歌詞がふと浮かんだけど、
送別会の日の彼女はとても清々しく見えて、なんだかかっこよくも見えた。
いや、かっこいいんだ。彼女は。
それから、彼女のこれからの生き方に何故だか羨ましさも感じた。
懐かしい離れていた友達に囲まれてまた元気に笑って欲しい。
そして、もう一度、素敵な恋をして幸せになって欲しい。


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