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大室寅助が選ばれた理由1

いまより白頭狸が投稿を始めます。

 


 孝明天皇の後継に大室寅助が選ばれた理由に関する一考察(鍋島直亮君に答ふる)
                   落合莞爾

〔1〕
 わたしの洞察史観のもっとも古い門人の一人鍋島直亮君が、NOTOという手段を用いて自身の見解を発表されるという。
 鍋島君は「大室寅助が明治天皇になったが、候補者は他にもいたのに、なぜ大室寅助に絞られたのか、その疑問を解いた」と謂うものである。その内容を送信してくれたので、早速開けようとしたが踏みとどまったのは、思う所があったからである。
孝明天皇のあとを継いで明治天皇となったのが、皇太子睦仁親王でなく長州奇兵隊士大室寅助であることを、日本史学会はいまだ認めることができないが、これは絶対的真実で、日本近代史の最大のテーマである。
明治天皇交代説を言い始めたのはわたしではない。公開された歴史論としては、弁護士鹿島昇氏が平成五年に発表した『歴史 如何に解読すべきか』で主張した「孝明天皇暗殺説」が最初である。
伊藤博文の孫の伊藤満洲雄先輩が、鹿島説に対する見解を求めてこられたのは平成七年頃で、これに応えるべく、わたしは幕末維新史の研究を始めたのである。
その後の経緯は省くが、わたしの結論は、鹿島説は誤りで、真実は「孝明天皇は偽装崩御され、皇太子陸仁親王は大室寅助と交替して國體天皇となられた」というものである。

ここから後は、落合莞爾talentedの「令和たぬき庵通信」でご覧いただけます。同時に「落合莞爾NOTE 」というものに掲載し始めたましたが、〔5〕から後は掲載していませんにで、こちらを御覧ください。(続く)

 于時 令和四年五月二十九日  改訂六月十日
沙彌南光房爾應 
俗名落合莞爾 本名井口莞爾



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