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〔158〕湯沐邑の奇瑞

〔158〕湯沐邑の奇瑞と遠方同志の出現
 古来有名な「朋の遠方より来る」は論語のはじめの「学而第一」の中にあります。
 原文には「子曰く。學びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋有り遠方より來る、亦樂しからずや。人知らずして慍みず、亦君子ならずや」と、三句が並んでいます。下の句の「慍みず」は「ウラミズ」と訓み、「不満を持たない」との意味です。
 つまり上の三句は深く関連していて、第一句は「勉学の悦び」、第二句は「同志が遠方から訪ねてきた時の嬉しさ」、第三句は「世間に注目されないとて不満としないこと」を意味しています。

 白頭狸(南光院爾應法師・筆名落合莞爾・本名井口莞爾)は齢傘寿を超えて頽令に達し、近来まさに第三句の心境にありますが、令和六年の天長節を迎えて思いもよらぬ幸運に預かりました。
 その一つは、昨秋以来の懸案であった「本位通貨」の問題に一応の結論が出たことです。本来この問題は、WWⅠ後に列強していた白頭狸が遭遇したもので、具体的には「本邦の金本位制復帰をめぐる諸問題」のことです。
 これを自力で解明しようとした白頭狸が、わが思考過程を逐一note で発表してきたのは、万一の場合は誰かに引き継いでもらいたい、との一念によるものです。
 ゆえに二月6日から13日までの入院中も、病床において懊悩呻吟しながらその解を求めていましたが、さすがに点滴中は思考力が働かず、退院してからも脳内が煙霧に覆われたごとき有様でありました。
 折しも友人の萩原資紀博士から南紀勝浦の湯治に誘われました。之に甘えた白頭狸は二月16日から翌日に渉り、かの湯沐邑にて湯治したところ、かけ流しの湯に打たれていたとき、以前「このあたりに昭和天皇の隠し湯がある」と聞いたことを思い出しました。
 その時は意味がよくわからず聞き流しましたが、かけ流しの湯壺に浸るや否や「ここがそれか!」と覚った白頭狸は、湯治から和歌山市に帰り行きつけの西郷寿司でそのホテルの名を出したら、主人は即座に「そこは昭和天皇が泊まられた」というのです。白頭狸としてはこれを聞けば十分で詳細を追究する気も起きません。
 ともかく湯治後の白頭狸は脳裏を覆う煙霧が消え、昨秋のような澄んだ状態に戻りましたが、湯当たりが覚めたのは火曜日で、戦略思想研究所の中森君が「洞察帝王学」の収録のために来訪、翌二十一日に撮影担当の西大寺衆も来着します。奥伝受講の女性一名の立会いの下で収録を済ませた後の白頭狸は、澎湃として湧き上がる執筆意欲を鎮めるすべもありません。

 翌朝早くからnoteに向かった白頭狸に、夜半を過ぎたころ、かの湯沐邑の湯壺で閃いた想念の主旨が語句となって眼前に発現しました。「金本位制はいささかも毀損せず」というのです。
 湯沐邑の湯壺からの経過日数を数えていた白頭狸は、余りのことに呆れました。「今日が天長節であること」をすっかり忘れていたのです。 
 昭和大帝の湯沐邑に泊まった日の深夜、テラスにしつらえられたかけ流しの湯壺で閃いた想念が二日後の天長節で固まったことに奇瑞を感じる白頭狸は、まさに天恩に浴した思いがありますが、これこそ「縁」の然らしむるところに他なりません。
 そこでペテロダラーと金に関する関連資料を求めてインターネットを渉猟していたところ「宮野宏樹」という人物が白頭狸と同じくnote で、通貨論を発信していることを知りました。
 宮野さんはペテロダラーに関し白頭狸とほぼ同じ見解を昨秋から発表しておられます。
 宮野さんのその日(二月二十四日)のnoteは「ペテロダラーの終わりと金そして日本」と題しています。リード文は以下の通りです。
 
  noteでのお名前が白頭狸こと、落合莞爾先生の記事を読ませていただい   
  て、感じることがあったので、ここで書いてみたいと思います。

 
 まさに「有朋自遠方來。不亦樂乎」ではありませんか。宮野さんのnoteの内容について、ここは割愛しますので、諸兄姉にはご自分でお読みくださるようお願いいたします。
 ここからは例のごとく、有料領域です。
 
 

 

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