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中庸の熱たるや、それ食べれるかな

前回のレポート

食事というものの存在を知って一ヶ月が経った。
だんだん食事の正体がわかってきたので、この2週間はそれを自分で再現することを試みていた。


ほうれん草

前回のレポートの最後で宣言した通り今回は自分で料理を作ってみる。
なんとなく簡単そうな「ほうれん草」から始めよう。

全く同じ名前の草がスーパーにもあった


よく洗ったうえでとりあえず口に入れた。食堂以外で食事をするのは初めてだから、ちょっとスリリングな感じがした。




モグモグ......







食堂で食べたものよりも硬く、容易には噛みきれない。味はなく、舌と歯の裏がざらざらするような感じがする。そしてなにより臭い。草刈りの時のような緑色の匂いがする。

なんとかしてあの柔らかさ・食べやすさを再現したい。まずは火であぶってみよう。

熱を受けて一瞬だけ柔らかくなったように見えたけど、やがてカサカサになってしまった。

山火事みたいな味だった。

炎に近すぎるのが良くないのだと考えて最適な距離を探索した。
近すぎず遠すぎない距離であぶれば、食堂のような柔らかいほうれん草ができるはずだ。


左から3番目の8cm離したほうれん草が、火が通りつつも水分が抜けきらず、いい感じに柔らかくなった。このように柔らかくなった原因は植物細胞の細胞壁に関係していると思う。
高温にさらすことで、細胞壁の主成分であるセルロースやリグニンが変性して繊維が壊れ、食べやすくなるのではないだろうか。

それでも食堂のほうれん草には似ても似つかない。上の方まで火を通そうとすると下の方が焦げてしまうため、全体を料理にすることができない。水分を保ちつつ満遍なく繊維を破壊するには炙る以外の加工方法が必要なんだろう。


火属性がダメだったので、次は氷属性のダメージでやってみよう。

南極で発見された太古のモンスターみたいですね♪


封印を解いてみると、当然火にかけたときよりも水分が含まれていたが、あまり柔らかくはなっていなかった。

熱を加えることで柔らかくなるが、すぐにカサカサになってしまう。
凍らせれば水分は保てるが、柔らかくはならない。
だったら火属性と氷属性の良い部分を組み合わせてみよう。

ほうれん草がくたくたになっていく様子が観察できた。

柔らかくなっていながらもシャキシャキ具合は残っている。
生で食べたときに感じた渋みが消えて食べやすくなった気がする。
味も見た目も、食堂で食べたものをほとんど完璧に再現できた。

水が熱浴となってほうれん草を80度程度に保つことで、柔らかくなるけど焦げはしないちょうどいい加熱を実現できているようだ。



鶏肉を焼く

次は肉料理を作ろう。鶏は平皿の料理でよく登場していた。

スーパーにはむね肉ともも肉が売ってあった。

細菌が怖いので、まずは切って加熱した。


二種類の肉を焼いた結果、むね肉はフライパンの底に貼り付いて黒くなってしまったが、もも肉は良い感じの茶色い焼け具合になった。


どうしてこの差が生じたのだろうか?
食後にずっとそれを考えていて洗い物は放置していた。
翌朝に重い腰を上げてフライパンを洗おうとしたら、そこに答えがあった。

フライパンの左側だけテカテカしたものが残っている。これはだ!
もも肉だけこんがりと焼き上がったのは、もも肉から出た脂のおかげだと直感した。
これはほうれん草のときと同じ原理だ。

脂の沸点は焦げるほどには熱すぎず、こんがりと焼き上がるくらいには熱いのだろう。

茶色く焼けるのと黒く焦げるのでは、色だけでなく匂いや味も全く違う。言葉で説明するのは難しいけど、こんがり焼けた肉はおなかが空くような幸せな感じがする。
鶏肉から出てきた脂がこんがり焼くのにちょうどいい性質を持っているなんて、奇跡的だと思う。



味をつける

これで見た目と匂いはおいしくなったが、味の問題が残っている。
単に焼いただけの鶏肉は、食堂のいろんな料理に比べれば舌にのせた瞬間のはじけるような輝きが全然違う。

食堂で食べた鶏肉や豚汁や鯖の味噌煮の味には、うまく言い表せないが共通する部分がある。思い出すと、なんだか小さいころに同じ味を体験したような気がする。確か夏に家族で外出してて、自分は波打ち際にいて......




〜2時間後〜

おぼろげな記憶に従って海までやってきた。

海水を舐めて確信した。この海味こそたくさんの料理の根底にある味だ。


〜2時間後〜

海味の根源を探ろう。
濃縮と殺菌を兼ねてまずは海水を沸騰させる。

残った液体を乾燥させ、味成分の結晶を析出させた。

完全劈開するトレミー型および六面体型の白色結晶……これは塩化ナトリウム

結晶のひとつを口に入れた。この時私がどんなに驚いたか想像してほしい。舌を氷の針で突かれたような刺激が襲い、結晶を乗せた部分が痺れる感覚を覚えた。どんどん出てくる唾液で薄まるにつれ次第に海水の味が広がった。

海味は塩味だということだ。食事は生物由来なのに、無機物で味がつけられるなんて!


いろいろ試した結果、焼く前の肉を塩水に漬ける方法を発見した。

海水の約2倍の濃度の食塩水に30分間漬け込んでから水気を切って焼く。
こうすると、塩味が中まで入って、浸透圧により水分が適度に抜けるので、外はパリパリ、中はジューシーになる。



まとめ

ほうれん草と併せて、料理の完成だ!

ここまで苦労しただけあって、食堂で食べたときより一層美味しく感じられる。
料理の過程で食材の特徴もわかってきたから、味の解像度も上がった。
さらに気づいたのは、肉と植物を一緒に食べることで、個別に食べるよりも箸が進むということだ。
単に栄養を摂取するためではない。彩り豊かな具材で構成することで更なる高みへ昇る料理は、技術というよりも芸術なんだ。


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