人生に悩んだら「一事」を思い定める

 悠久の進化の歴史の中で、人間の脳は極度に発達してきました。その結果として、高度な文明・文化を発展させてきた一方で、言わば「頭でっかち」な種として、懊悩の絶えない生き物になってしまった感があります。
 物事を必要以上に複雑に考え、煩瑣な事柄に苛まれ、やがては自ら命を断つ人も少なくないのです。生き延びるために発達させてきた脳に、命を奪われるとしたら、これほど本末転倒なことはないでしょう。
 そういう悩みに対して古今の賢人たちの言葉は私たちにヒントを与えてくれるのです。

「されば、一生の中、むねとあらまほしからん事の中に、いづれか勝るとよく思ひ比べて、第一の事を案じ定めて、その外は思ひ捨てて、一事を励むべし。」「徒然草」第188段

 人間の願望は複雑多岐にわたるのですが、あれもこれもと欲張っていては、いずれの願望も叶わぬまま生涯を終えることも無きにしも非ずです。自分の人生の主題をひとつに定めて、「一事を励む」ことが大切なのです。
 そうするとどういうことが起きるか。人生が楽になるわけではありませんが、余計な悩みを抱えずに済むので、一心不乱に目標に邁進することができます。
 『坂の上の雲』で有名になった秋山好古も同じようなことを言っています。

「男子生涯一事を成せば足る」

 小説でも論文でも、主題・テーマ(thesis)があるかなしかで、出来栄えが大きく左右されます。一篇の小説なり論文が、ひとつの主題に貫かれている文章は、読みやすく面白い。人生も同じです。「志」というと前近代的な響きがありますが、前半生で自分の人生の主題は何かを模索する、そして後半生でその実現に努める。これがシンプルかつ美しい人生を形作ると考えます。

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