Become a Will.

 優佳は、私の大事な大事な一人娘だ。
 大事な大事な一人娘だった。
 私と優佳が信号で止まっている時、赤信号だから止まろうね。と舌っ足らずの口調で、濡れ羽色の目を輝かせて優佳が私の顔を見てそういった直後のことだった。暴走したトラックに優佳は跳ねられた。私はすんでのところで当たらなかった。だが、優佳は鉄の塊とブロック塀に挟まれて跡形もなく潰されてしまった。相手は居眠り運転をしていたらしい。そして、そのまま骸になったそうだ。その話を聞いた時、私は運転手を恨んだ。これでもかというほどに。そんなことをしたって意味が無いなんて分かっていたのに。そのせいか、その日はその運転手を絞め殺す夢を見た。驚くほど目覚めは良かったけれど。
 後日、優佳の担任の先生からとある封筒を渡された。ピンク色のリボンの形で縁取られた封筒。それは、優佳が小学2年生に進級したときに買ったものだ。私とは違い、いわゆる女の子らしいものが大好きな可愛らしい女の子。封筒にはぎこちない字で
『お母さんへ。』と書いてあった。小刻みに震える手でそれを開く。そこには、筆圧が強い字で大きさもバラバラでスラスラ読める字ではないけれどそれ故に愛おしく、一生懸命さがひしひしと伝わってくる文章が書かれていた。

 『わたしは、大きくなったらお母さんみたいなやさしい人になりたいです。お母さんは、わたしよりも早くおきて朝ごはんを作ってくれたり、おしごとがおわってお家に帰って来たときにぎゅってハグをしてくれます。わたしは、お母さんが何のおしごとをしているか知らないけど、お母さんがつかれて帰って来た時もぜったいハグをしてくれます。わたしは、お母さんのそんなところが大すきです。なので、わたしは大きくなったらお母さんみたいな人になって、わたしの子どもにもぎゅってしてあげたいです。優佳』

 『わたしは、大きくなったらお母さんみたいなやさしい人になりたいです。お母さん▒▒▒▒▒よりも早くおきて朝ごはんを作ってくれたり、おしごとがおわってお家に帰って来たときにぎゅってハグをしてくれます。わたしは、▒▒▒▒▒何のおしごとをしているか知らないけど、お母さんがつかれて帰って来た時もぜったいハグをしてくれます。わたしは、お母さんのそんなと▒▒▒▒▒▒▒す。なので、わたしは大きくなったらお母さんみたいな人になって、わたしの子どもにもぎゅってしてあげたいです。優佳』

 『わたしは、大▒▒▒ったらお母さんみたい▒▒▒▒▒▒▒▒りたいです。お母さんは、わたしよりも早くおきて朝ごはんを作ってくれたり、おしごとがおわ▒▒▒▒に帰って来たときにぎゅってハグをしてくれま▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒んが何のおしごとをしているか知らないけど、お母さんがつかれて帰って来た時もぜったいハグをしてくれます。わたしは、お母さ▒▒▒▒▒▒ころ▒▒▒▒▒▒。なので、わたしは大きくなったらお母さんみたいな人になって、わた▒▒▒▒▒▒▒▒ゅってしてあげたいです。優佳』

『▒▒▒▒▒▒きくな▒▒▒▒▒▒▒▒▒やさし▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒。お母さんは、▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒んを作っ▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒わってお家に帰って▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒くれます。▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒何のおしごとをしているか▒▒▒いど、お▒▒▒▒▒かれて帰▒▒▒▒▒▒▒ったい▒▒▒してくれます。▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒は大き▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒んみた▒▒▒にな▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒ゅっしてあ▒▒
 
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 何度も何度も繰り返し読むうちに、いつの間にかその文章が読めなくなっていた。私のぐちゃぐちゃした気持ちを濾過して純粋な愛おしさだけで構成されたそれが溢れて来たから。私はそれを止めなかった。手紙が汚れてしまうのには抵抗があったけれど。
 「優佳ちゃん、真っ先に給食を食べ終えてお昼休みの間ずっと書いていたんです。明日お母さんが誕生日だからって。お渡しするのが遅くなってすみません。」
 先生は私に向かって謝罪をした。今の今まで色々な対応に追われていただろうに。私は彼のつむじをただ呆然と眺めることしか出来なかった。 

 あれから何日か経った。未だに気持ちの整理はつかないけれど。
 優佳が私に向けて書いてくれた最初で最後の手紙。だから、大切にしなきゃ。
 そうだ。私が死んだ時一緒に燃やして貰う様に言っておかないと。
 「、、、、、、、遺書でも書こうかな。」


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