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【短編小説】ホテル・パンプキア

 そう、ホテル・パンプキアの失墜はあまりにも急激で、かつスキャンダラスなものだった。旅行愛好家なら必ずや耳にしたことがあるこのホテルの名声が赫赫たるものだったのは、まだそう遠い昔のことではない。一流のファッション誌にして旅行誌であるT****誌の格付けでは、2007年、2011年、そして2015年と三回にわたってこのホテルが「世界でもっとも美しいホテル」に選出されたし、もちろん、そのことを知らない者はこの業界にはいない。

 ホテルは南太平洋に散りばめられた美しい島々の中でもとりわけ優美なセント・パンプキア島の入江に面し、夕陽、白い砂浜、海の青さ、そして目の前に広がる宝石のような珊瑚礁で、世界中の旅行者を魅了してきた。しかし悲しいことに、かつ嘆かわしいことに、その名声は一夜にして地に落ちてしまった。かのホーペンシュタール博士の言を借りるならば、ただ珊瑚礁が偽物だったという、それだけのために。

 念のために、これはあくまでホーペンシュタール博士の言辞であることを繰り返しておきたい。筆者は決してホーペンシュタール博士と立場を同じくするものではないし、偽物の珊瑚礁という欺瞞を軽視するものではないことを、ここに明言しておく。言うまでもなく、この驚くべき欺瞞は多くの識者、関係者、旅行者、そしてホテルとは無関係な世界中の人々に甚大なるショックを与え、手ひどく裏切られたという思いで私たちを茫然自失させた。

 それにしても、珊瑚礁が偽物とは一体何事であるか。まさに前代未聞の悪行、許し難い悪辣さとしか言いようがない。つまりホテル・パンプキアの目の前に広がる目もあやな珊瑚礁は、天然の産物でも神様からの贈り物でもなんでもなく、人の手でこしらえた細工物だったというのだ。そもそもそんなことが可能だとは、ことが明るみに出るまで誰にも想像すらできなかった。

 ホーペンシュタール博士がある意味でのホテル擁護派だったとすれば、糾弾の最先鋒となったのは議員のオー・ベンスンである。ワシントン・ポストに掲載されたオー・ベンスンとホーペンシュタール博士の論争は広く知られている。そこでのオー・ベンスンの舌鋒はいつも通りに鋭く、論旨は研ぎ澄まされている。例によって「なんとなれば」「かるがゆえに」「敷衍するならば」の言い回しが多用され、「Q.E.D.(証明終わり)」がここぞというタイミングで差し込まれる。が、ベンスンの論法はいささか政治家色が強すぎると批判する人もいる。

 T***誌の格付けで世界一美しいホテルの称号を与えられた当時、ホテル・パンプキアはその栄華の絶頂期にあった。オーナーのドン・ペドロはそれまで数々の事業を成功させてきた押しも押されぬ実業界の大立者だったが、この頃はぎらつく野心も貪欲さもしだいに影を潜め、もはやある種趣味的な、時に採算性を度外視した、いささかエキセントリックなきらいがある事業にしか関わらなくなっていった。比較的小さな、けれども世界一優雅と謳われたホテル・パンプキアを世に送り出したのもその一つである。

 彼の資産は数千億ドルと言われ、その富豪ぶりはもはや神話の域に達していた。老人の狷介ぶりはそれ以上で、超一流のインタビュアーかジャーナリストでなければ口をきくことすらできなかった。T***誌の写真で見ることができるドン・ペドロは長い白髪をオールバックになでつけ、口髭を伸ばし、猛禽のような目で読者を見据えている。その隣には彼の有名なトロフィーワイフ、彼より40歳も若く、みずみずしく、美しいエリザベスが寄り添っている。

 ブロンドと夢見るような瞳、ふっくらした官能的な唇。エリザベスは嫣然と笑い、その微笑みは世界中の男達を誘惑しようと企むかのようだ。彼女の浮気性は有名で、女優だった頃からそうだったけれども、ドン・ペドロと結婚して引退した後も数々の浮き名を流した。その相手は俳優、映画監督、実業家、スポーツ選手など見境なしだった。それらのアバンチュールはあまりに開けっぴろげだったので、あの狷介なドン・ペドロがなぜ我慢しているのか、なぜ彼女を無一文で叩き出さないのかと誰もがいぶかしんだ。さまざまな憶測がタブロイド紙の紙面をにぎわせた。が、真相を探り出した者は誰もいない。ドン・ペドロが公の場に姿を見せる時、その傍らにはいつもエリザベスがいた。

 栄華が失墜する以前のホテル・パンプキアは、世界一美しいホテルにふさわしい数々の豪奢な、時には神話的ですらあるエピソードに彩られていた。宿泊したセレブは数え切れず、その中には元アメリカ合衆国大統領、サウジアラビアの王族、ハリウッドの映画スター、ノーベル賞科学者、ボクシングの世界チャンピオンも含まれている。

 アカデミー賞を二回獲ったある映画監督は、新作映画のためにこのホテルで幻想的な結婚式のシーンを撮った。そこではヒロインである新婦が幽霊となった恋人に取り憑かれて、ウェディンドレスを脱ぎ捨てて裸になってしまう。「このホテルの夢幻的な雰囲気が、あのシーンには絶対に不可欠だった」と監督は満足げに語った。また24人の召使を引き連れて海辺を散策したサウジの王子は、この珊瑚礁を独り占めするためなら浜辺に敷き詰められるだけのダイヤモンドを手放しても惜しくない、と発言した。世界チャンピオンは、この夕暮れの黄金色の前ではチャンピオン・ベルトの輝きも色褪せてしまう、と言明した。

 もちろん、これらの発言はスキャンダル後にはすべて、格別な気まずさとともに思い出されることになった。衝撃は忘れがたいあの夏の日、記者会見のニュース映像という形で全世界を直撃した。記者会見の中心に立つのは調査団のリーダーにして海洋生物学者、ハーバード大学のジョー・ジョンソン教授だ。ポール・スミスの最高価格のスーツに身を包んだ彼はハンサムな顔を斜め30度に傾げ、思慮深いバリトンを発する。

「私は本日、調査団を代表してまったく遺憾な、そして驚くべき報告をしなければなりません。私たちは以前からこのホテルを取り巻いていた不穏な噂、つまり虚偽の宣伝広告をしているんじゃないだろうかという疑念に決着をつけるために、はるばるワシントンからやってきました。二週間にわたる慎重な調査と厳正な審査の結果、ここにもはや疑う余地のない、科学的に絶対確実な結論を発表する用意があります。それは何か。
 この上ない悲しみとともに私が申し上げなければならないのは、ホテル・パンプキアのプライベートビーチの前方二百平方メートルに広がるあの美しい珊瑚礁、神々からのもっとも素晴らしい贈り物と称された見事な珊瑚礁は、すべて偽物ということであります。偽物とは何か。それは技術的にどれほど高度であるにせよ、また精巧であるにせよ、要するにインチキであり、ハリボテにすぎないということなのです」

 スキャンダルの衝撃波は超音速で世界中に広がった。かつてホテル・パンプキアに賛辞を惜しまなかった人々、とりわけ元アメリカ合衆国大統領、サウジアラビアの王子、ハリウッド・スター、ボクシングのチャンピオンは難しい立場に立たされた。もちろん、T***誌の「世界でもっとも美しいホテル」ランキングの執筆者と監修者は言うに及ばずだ。彼らはすばやくコメントした、自分たちに珊瑚礁の真偽を判断する海洋生物学的知識はなかったし、またその責任を負う立場にもなかったと。

 元大統領は語った。「もちろんこのようなことは決してあってはならないことだし、私としてはあらゆる欺瞞に反対する立場だ。今回欺瞞の被害者となった私が得た教訓は、生来の善良さと高潔さゆえに人を信じすぎるのも考えもの、これに尽きる」

 ハリウッド・スターは語った。「フィクションを演じるのが私の仕事だから、私が観客が裏切ったとは思わないが、私がホテルに裏切られたという嘆かわしい事実は、ハリウッドの歴史から決して消えることはない」

 ノーベル賞学者は語った。「美しい思い出が汚されてしまった。妻は泣いている。もう二度と海沿いのホテルには泊まらない」

 ボクシングのチャンピオンは語った。「次にすれ違った奴をぶん殴りたい気分だ」

 そしてもっとも記者たちが探し求めた人物、ドン・ペドロは完璧にその行方をくらまし、その所在は一切不明だった。一説によれば、当局の手の届かない南米の小さな国の私有地に、巨億の資産とともにいち早く潜伏したという。

 そんな騒ぎの中、ホーペンシュタール博士は一体何がそこまで悪いのかという挑発的な一文をドイツとフランスの新聞に発表し、論議を呼んだ。博士の基本的な主張はシンプルで、人工の庭園や入江がオーケーなら人工の珊瑚礁だっていいじゃないかというものだった。要するに客が満足すればそれでいい、そしてホテル・パンプキアが長い年月にわたって滞在客を満足させてきたことは間違いない。それが博士の主張だった。

 彼の寄稿文はこのように続く。「私はといえば、あのホテルにとりわけ甘酸っぱい記憶を持っている。2000年代前半、私は妻と一緒に結婚記念日を祝うためホテル・パンプキアに宿泊した。時は初夏、私たちはオーシャン・ビューのスイートをとった。そこに泊まるのが妻の長年の夢だったからだ。窓からは遠い水平線と目もあやな珊瑚礁が見えた。それらは完璧にマッチして、一つの犯しがたい美を形作っていた、まるでとりわけ涼しげな色彩のデュフィの絵画のように。
 告白しよう、妻と私は開け放った窓の前で愛を交わした。妻は、私と結婚する前からこのホテルへの憧れを語っていた。私と妻はともにマサチューセッツ工科大学に通い、そこで知り合ったのだが、その頃私は貧乏だったので、とても地味なプロポーズをした。結婚後、最初の妻へのプレゼントは真空掃除機だった。この掃除機は技術的な傑作と言っても過言ではなく、手で一切触れることなくゴミパックを交換することができた……」

 ドン・ペドロのトロフィーワイフ、エリザベスの不品行はあまりにも有名だったので、彼女が誰と関係を持ったとしても驚く者はいない。とはいえ、あの当時彼女とジョー・ジョンソン教授が不倫関係にあったことはジャーナリストたちにもあまり知られていない事実だ。ジョンソン教授とその調査団が調査を終え、レポートをまとめ、明日は記者会見というその日、エリザベスはサングラスと帽子とショールで顔を隠し、早足でリッツ・カールトンの756号室へと入っていった。そこにはすでにジョンソン教授がいて、ネクタイを外してワイシャツの襟元をゆるめ、シャンパンを飲んでいた。

「ドン・ペドロはもう終わりだよ」と教授。
「それを私が喜ぶと思ってるの?」
「もちろん、君は喜ぶべきだ。やっとあの醜い、欲深な老人と手を切れるんだから」
「手を切りたいなんて言ったかしら」
「言わなくてもわかるさ。君はぼくと一緒に来ればいい。ぼくも昨日離婚が成立した。これでぼくたちは一緒になれる」
 エリザベスは教授の手からシャンパングラスを受け取った。
「そしてあのうんざりする老人はもう終わりだ。ジ・エンド。どこへなりと消えてしまえばいい」
「そう。実は、私の方もニュースがあるのよ」
「何だい?」
「私たちの関係ももう終わりってこと。今日が最後」
「どうして?」教授は心から驚いて問い返した。「ドン・ペドロはもうおしまいなんだぞ。あの老人と一緒にいたら君も破滅だ。そしてぼくは君を愛している。ぼくはまだ若いし、これまで通り、君に何不自由ない生活を続けさせてあげられる」
「もういいの。あなたについて行くつもりはないわ」
「そうか、ぼくの他にも男がいるんだな。誰だ? そいつのところへ行くのか?」
 教授の目は嫉妬でぎらつき、その顔に凶暴な赤みがさした。エリザベスはシャンパングラスを置き、何も言わずに部屋を出た。その表情は固く、彼女らしくない憂いを帯びていた。どれほど浮わついた情事を重ねても心の底では老いたドン・ペドロを愛していること、それが誰にも打ち明けたことのないエリザベスの秘密だった。

 あらためて言うまでもなく、偽物の珊瑚礁はすべて撤去された。それはドン・ペドロが映画の特殊効果スタジオに大枚はたいて特別に造らせたものだった。やがてホテルは別のオーナーの手に渡り、世界一美しいホテルから普通の海辺のホテルとなり、名前も変わった。けれども建物の優雅な佇まいはそのままに、今もまだ同じ場所に立っている。そのホールには過去の写真が数多く展示されているが、ジョー・ジョンソン教授と調査団の勧告により、かつて人々を魅了した珊瑚礁の写真はすべて破棄され、あるいは焼却され、その灰は海の上に風とともにまき散らされて、ただの一枚も残っていない。


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