静寂と月

時間を錯覚させる程のライトの色は、もう消えた。
音楽も止んで今は時間通りの静かさに包まれている。

仲間が居た。
周りにも対面にも。
きっとこれが自分が生きている証拠なんだ。
ずっとそう思ってきた。


溺れそうな音の波。
それを作り出す自分たちの手。
感性と体感と、呼吸と鼓動。
自分の全ての命が生み出していた。

月が綺麗だ。
あの時間を思う。
仲間を思う。
終わりを告げた自分の時代を思う。


「お帰りなさい。」

開いたドアの向こうに笑顔がある。

「起きてたの?」

「うん。今夜はね。」

「無理しちゃって。ありがとう。」

自然に唇が触れる。

「お店、お疲れ様。」

「ああ、いい店だったよな。」

「うん。」

「最後、来なくて良かった?」

「あたしが行ったら、泣いちゃうから。」

もう一度、今度は自分から唇を押し当てる。

「最後は、笑顔がいいのよ。」

「そういう所、大好きだよ。」

午前3時。
食事をする時間には、もう遅い。
でも食卓には切り揃えられたチーズがある。
彼女が冷蔵庫から冷えた缶ビールを出してくる。

「食べないと思ったけど、少しだけ要るかなって?」

長く働いた店は生の演奏を聴きながら、酒を飲んだり食事をする事が出来た。

客層は多岐に渡り、若者から年配の方までいた。
日によって様々な音楽を奏でてきた。

その店が今夜で閉店した。
自分にとっては武者修行だった。
音楽を知りたかった。
様々なジャンルを体感したかった。
そこから自分の目指す波を見つけたかった。
自分が本気で乗りこなしていきたい波を。


「ああ、貰うよ。」

「うん。」

彼女がグラスにビールを注ぐ。
俺は滅多に酒は飲まない。
飲むのは自分にとって、ケジメになるような日。

「はい、どうぞ。」

受け取ったグラス越しに冷えた感覚が分かる。
熱くなってたよな。
自分でもこの最後の夜を噛み締めていたのが分かる。
その熱を宥める様にビールを飲む。
この熱は身体の中を渦巻いていてほしい。
明日から、また新しい旅が始まる。

もう気心の知れた仲間はいはい。
1人で新しい道を進んでいく。

いや、、2人で。
あの店で出逢えた奇跡みたいな女性と一緒に。

俺の生き方は音楽と共にある。
そして彼女と共に生きる。

「飲まないか?」

「んー飲もっかな。」

彼女が新しいグラスを持ってくる。
そこに俺がビールを注ぐ。
共に旅をする2人には、平等で思いやる気持ちが頼りになるんだ。

月には静かな夜が似合うように。
今夜はそんな気分に浸れている。


to be everyday life





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