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エッセイ【渋い男のホットケーキ】

【渋い男のホットケーキ】

男にも時には休息が必要だ。
その日男は甘いものを欲していた。
SNSのやり過ぎで疲労困憊していた。

激しいコメントの応酬で気分が萎えていた。もうこれ以上の返答は無理だった。
パソコンから離れ向かった先はキッチンだった。
冷蔵庫から玉子を取り出す。
無意識に殻を割る。
割ったは良いがその後の事を考えている訳では無い。
ただ玉子を割らずにはおられなかった。

誰が男を責める事が出来ようか。
彼にはプロセス無視の行動が必要だったのだ。生粋の京都人の男は野暮な事は憚れたが時には襟を崩すのも必要だった。
正鵠を射れば、規制からの逸脱である。
星はその軌道を乱す事など有り得ない。
男の軌道は小惑星の衝突のせいで逸れてしまった。

玉子は黄身をこんもりとさせ半円球の太陽であった。目映い光で男を照らした。
不躾な言い方だが、黄身には用がなかった。

男は断腸の思いで黄身を割った。
割れば覆水盆に返らず二度と再び半円球には戻らない。

男はチラリと棚を見た。棚の奥にホットケーキミックスの素を見つけた。
「無碍に出来ぬ」
男に慈悲の眼差しが宿った。

炎天下の日差しが今は嘘の様に和らぎ男の茹で上がった脳内を鎮める時が夕焼け空の様に平穏にやって来た。

ホットケーキミックスは既に半分使ってあった。
男の同棲相手が使ったのだろう。男はそれでも良いと思った。

フライパンを取り出し油をひいた。
油はEXTRAvirginOliveoilだ。
贅沢な悩みだが男の実家はOlive畑農家で有り余る量を無料で貰っている。使い道に苦慮しているのだ。

北海道牛乳を入れて一心不乱に信じて混ぜる。
レシピどおりに作れば裏切る事はない。
甘い香りが周りを包む。

男は相好を崩した。
まさに悦に入っていると呼ぶべきだろう。目尻が下がりいつしか柔和な笑みを浮かべている。

遠い子供の時の記憶が満ちて来る。
他愛ない母親との会話の内容は沈みゆく太陽と共にあった。

昨日より今日は少なからず明るい。
excitingな毎日には疲労が道連れだ。

男はホットケーキを食べ終えると屁をこいて寝た。

おしまい

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