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【ノキさんと俺】8

アドレス帳をペラペラとめくりながら人差し指が止まった。
「知り合いのコウジに頼めばなんとかなるだろ」
「コウジって誰?」
「アイツはなあー」
アドレス帳を開いたままノキさんは俺に向かって話し始めた。

「コウジってのは、まあわしの弟子みたいなもんよ。ガキの頃から面倒みているんだ。若いころはそりゃまあ手がつけられないやんちゃ野郎だったけど、今じゃ立派な車屋のオーナーよ。おもに外国の高級車を取り扱っているんだ。お客さんの要望に合わせてカスタマイズするのが得意なんだ。あそこにいきゃレカロの一つや二つ転がっていんだろ」
「へぇ~」

後で知ることになるのだがコウジって人、二十代の頃は走り屋としてその世界では結構有名だったらしい。

『峠のコウジ』って言えば知らない人がいないくらい峠では圧倒的な早さを誇っていた命知らずだったようだ。
そのコウジさんのマシンはハチロクを改造したものだったようだけど、ノキさんはそのハチロクのコーナリング、エンジン音でマシンの欠点をズバリ言い当てた。

サスペンションのフリクションが高いだとかどうとか俺にはよくわからない用語でノキさんはそん時の事を話してくれた。
ちなみに今のハチロクはノキさん曰くバランスを欠いているらしい。
メーカーがトヨタとスバルの共同開発でいいとこどりなら文句ないけどどうも違うらしい。

随分スバルはトヨタのいいなりになったとこがあるみたいだ。
そんな事は置いといて、俺はそのコウジって人が羨ましくてしょうがなくなった。
だって若いころからノキさんの弟子だなんてカッコよすぎるからさ。ノキさんが目をつけるくらいだからやんちゃもしたろうけどそれだけじゃない何か光るものを持っていたはず。
人に負けない何かをさ。

ノキさんが電話をかけるとそのコウジって人が出た。

「おおコウジか。わしだよ。ちょいと聞いてみるんだけどお前のとこにレカロシート余ってないか? なあに新品じゃなくて中古で十分だけどちょいと用立てしてくれると助かるけども」

「あっ親父さん。いつもありがとうございます。それならこの前ビートルに乗ってた人が新しいのにするからって置いてったのがありますよ。え~っと型はLX―VS SK100です」

LX―VS SK100はレカロシートの原点でもある《正しい着座姿勢へと導き、長距離・長時間の運転でも型崩れすることなく腰椎部と骨盤のサポートを保持することで腰痛予防と疲労軽減を実現するシート》を純粋に重視したコンフォートシートだと後で知った。

「そいつはいい。それでいいぞ。でいくらだい?」
「親父さん、そんないいですよ。いつも上得意のお客さん紹介して貰ってるんで。今から持って行きましょうか?」
「そりゃありがたいな。でもセッティングするはちょっとばかし先になるから暫く置いといてくれないか」
「了解です。しかし親父さん珍しいですね。うちに物を頼むなんて。なんかありましたか?」

「いや、なんでもない。ちょっとした遊びよ遊び」
「いいですね。私もちょいと仲間に入らせてくださいよ」
「ああ又な。じゃあ近く取りに行くからよろしく頼む」
「わかりました。ついでにクリーニングしときます」

耳がちぃとばかし悪い俺は電話の会話をぼんやりと聞きながらノキさんの偉大さを改めて痛感した。

つづく

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