見出し画像

小説【ノキさんと俺】7

施設の横に簡易修理テントを建てたノキさんは徹底的に俺のマシンを図り始めた。

一つ一つのパーツを図面に描きそれに寸法を付け足して行く。
俺はそんな事して何の役に立つのか半信半疑で見ていた。

ノキさんはフリーハンドで図面を描くんだけどこれが恐ろしく上手い。
定規で線を描いたとしか思えないくらい真っ直ぐなんだ。それから線の太さも変わらない。

よーく見るとシャーペンを指先で回しながら描いている。だから線の太さが一定なんだ。
それからマシンの細かいとこまでちゃぁんと描いてある。それからシャーペンを持つ右手にティッシュを敷いている。図面を汚さない為の工夫らしい。

一体この人は何者なんだろうか。
俺が感心しまくりで見ているとノキさんは今度は電卓で何やら計算をおっぱじめた。 ノートにはその計算式がびっしりとこれまた綺麗に書いてある。

一つ一つの字が丁寧なんだ。走り書きしてるの見たことがねえ。俺なんかミミズが這ったような字しか書けねえから恥ずかしいったらありゃしない。
それから三色ボールペンをちゃんと色分けしているようだ。
赤は確定したもの。
青は未定のもの。
黒はそれ以外。

ノキさんのノートは本当に見ているだれで惚れ惚れする。前に施設の人にレオナルド・ダ・ヴィンチのデッサン図を見せて貰ったことがある。
当然コピーなんだけど、それに似ている美しさがあるんだ。今にも飛び出しそうな走り出しそうな躍動感と緻密さを兼ね備えた芸術品とでも言おうか。もしも現代にレオナルド・ダ・ヴィンチがいるとしたらきっとこんなデッサンするんだろうな。

そんなことをぼんやり思いながら見ていたのさ。

ある程度マシンを図り終えたとこでノキさんが言った。
「これならまあなんとかレカロも付くだろ」
「レカロって?」

俺は耳慣れない言葉を繰り返した。電卓片手にノートに数字を書き込みながらノキさんが答える。

「ああ、車のシートさ。シートはレカロが一番いい。乗っていて全然疲れない。サポート力が素晴らしいんだ。腰痛の人でもこれに乗ったら全然痛みを感じないくらいなんだ」
「へえーそんなもんかね」

そういいながらも俺はノキさんの言うことに間違いはないのだろうと思った。
多分ノキさんも座ったに違いないのだ。そしてノキさんの事だから世界中のいろんなメーカーのシートだって試したんだろう。

その中でも俺のマシンに合う最高の物を選んだに決まっている。そんな確信が俺にはある。

ノートをペタンと畳むと今度は胸ポケットから分厚いアドレス帳を取り出した。何でアドレス帳だとすぐわかったかって?
一緒に携帯電話も取り出したからさ。ノキさんは機械を信用しているようでそうでないとこがある。
携帯電話にアドレス帳があることぐらい俺もノキさんも知っているさ。

だけど、機械はいつか壊れることをノキさんは誰よりも骨身にしみているんだ。だからアドレス帳が必要だってことさ。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?