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冥王星・天王星合、魚座土星

こんにちは。

私は今、なぜだか、たまたま個人的にですが海王星やキロンが気になっています。

これはおそらく、ちょうどトランジットの海王星が自分のネイタルチャートの魚座キロンの度数と最近重なってきているためかな?と思ったりします。

今、海王星は土星と同じ魚座にあり、私と同年代の方々はサターンリターン(土星回帰)を迎えていらっしゃったりしますが、「魚座土星ってどういう感じ?」ということも、常々思ったりすることもありますので、魚座土星、そして天王星、冥王星についても書いてみようかと思います。
魚座=海王星の影響という意味ですね。

リターンとは、公転しているトランジットの惑星が自分の生まれた時のネイタルチャートの位置する場所まで戻ってくるということですね。

土星とは、wordで言えば「努力」「実現」「積み重ね」この地球上の現実と時間を司っている星。

また、生命の肉体を含め、物が物という形をとっていることを守っている星だと思います。

一方魚座とは、海王星をルーラー(守護星)に持つサインということになると思います。

海王星とは、wordで言えば「理想」「幻惑」「自己犠牲」地上を離れた個人の意識、霊性が集まっているエリア。

物質という形の境界を超えて自己と他者の意識の境界をも溶かしていくことを象徴している星で、一見土星と海王星2つの星は相反している意味合いを持つという印象もありますが、wordをたどれば、いろんな文脈が出てくる中で、「努力の積み重ねで夢、理想を実現する」という言葉もでてきます。

ネイタルチャートの魚座に土星がある人は、もしかすると自分の中の相反する意識に対して当惑したり、自己矛盾を感じることがあるかもしれませんが、そこをどう捉えていくかですよね。

惑星たちは、短いものもありますが、長いものもあり、年月を経て、黄道を巡っていくのですね。

今、サターンリターンを迎えている方々の出生年月日は1964年末〜1967年の3月頃までだと思いますが、その頃は魚座土星の真向かいにトランスサタニアンの冥王星、天王星がタイトに重なり合っているという特徴的な配置がありました。

私が生まれた、1967年の4月頃は土星はちょうど牡羊座に抜けていましたが、冥王星と天王星はまだガチで重なり合っていました。

出生時の惑星の配置は、その人のネイタルチャートに反映されるもので、その惑星の配置はその人が人生を歩んでいく上で大きく影響していくものだと思います。

惑星や、天体要素のリターンというものは、その位置に戻ってくるサイクルの前の出来事を彷彿とさせるものらしいですが、魚座土星リターンの2サイクル前、1965年〜1967年はどんな時代だったのかということは、自分にとっても大変興味深いことです。

なぜかというと、その年代頃に流行っていたファッションや、音楽、文化に、無条件に心惹かれるところがあるからなんですね。

当然リアルに生活していた記憶があるわけではないのですが、ある瞬間にふっと反射的に湧いてくるノスタルジーと言っていいかもしれません。

リアル体験がないのにどこか懐かしさを感じるというのは不思議なことです。

この頃は冥王星、天王星合にまた海王星も60度でアスペクトしていたこともあり、この世代天体の配置の影響が自分にも大きく係わっている気がしたりはします。

時代を遡って1965年頃を考えてみると。。

1965年頃も、今と同じで、戦争が激化した年だと思います。

アメリカがベトナムに対して本格的な軍事行動を起こした年で、そこからその軍事攻撃に反発する勢力として若者や学生が積極的に抗議活動に参加していたと思います。

反戦の抗議活動は若い人たちだけではなかったとは思いますが、若者が純粋に平和を願って、反戦運動を起こしたことが「フラワームーブメント」といわれるきっかけになり、社会的に体制に反対する抗議運動やデモ活動が頻発する様になっていった年だと思います。

「フラワームーブメント」とは「フラワーチルドレン」と言われる若者たちが、平和と愛の象徴として花で身体を飾ったことに由来していると言われていますが、非暴力イデオロギーという手法でベトナム戦争に反対を訴えていました。

日本では、学生運動は1968年に激化、ヒッピーと呼ばれる人たちはアメリカの影響で増えていった感じがします。

この非暴力の抗議活動のきっかけになったのは、ビートニクの詩人アレン・ギンズバーグと言われています。

ビートニクに関しての詳しい記事を書かれている方がありますのでシェアします。

ビートニクには素晴らしい作家が大勢いたと思いますが、アレン・ギンズバーグは、1950年代に詩の朗読を始めていて、1956年の代表作「吠える」で、経済国になった豊かなアメリカの型にハマった「the American way of life」に対して当時何か投石した人ではないかと思います。

その頃のアメリカは、まだ一家の家長に対しての上位性を重視する様な封建的な考え方があり、その延長線上に経済的強者が社会の弱者に対して、固定された力を持って支配するという様な構図があったのだろうと思いますが、「吠える」にはそのことに対する葛藤を突破しようとする様な60年代後半の若者にとっては、心に響く革新的な言葉が、あったのだと思います。

日本ではビートに近い詩人といえば、片桐ユズルで、70年代に入ってから彼の拠点の京都の「ほんやら洞」で朗読会など頻繁に行われていたそうです。

私が「ほんやら洞」を訪れていた時は、90年代に入ってからなので、その面影はあったけど、彼の作品に触れる機会はほとんどなかった気がします。

ギンズバーグの詩の傾向と、天王星を彷彿とさせるビートニクの芸術性は、また別枠で書きたいと思います。

実際、アメリカではアフリカ系アメリカ人に対しての暴力やリンチ事件など、ずっと沈んで抑圧されてきた社会での理不尽な様々な問題が、60年代に入ってから、浮き彫りにされたのだと思います。

社会の表側に出てきたという事件は多々あったと思いますが、それは突然起きたことでもなく、社会の底辺にいる弱い立場の人たちの抱えている問題が、積み重なって爆発したというものなのかもしれません。

アフリカ系アメリカ人の基本的人権を要求する公民権運動は、1963年のマーチン・ルーサーキング・ジュニア牧師が「I Have A Dream」という演説をしたことをきっかけとしてその後、アメリカ全体の社会運動になって1965年、様々な社会的、政治的葛藤を経て、彼らの選挙権が法的に認められることになりました。

このことは、社会の不条理に対しての土星的な「バランスシート」が働いた?とも考えられますし、「I Have A Dream」というキング牧師の言葉には、非暴力という、誰も傷つくことのない世界に対しての魚座の様な理想的悲願が込められている様にも感じます。

暴力や、不条理の渦巻く混沌とした社会の中で、理想の世界、ユートピア的な世界を願い信じる人々の純粋さが、それまでの戦後の強国として肥大化した経済的な消費生活や、優位者意識など、古い体質を保ち続けていたアメリカの固定概念を打ち壊したということも言えるかもしれません。

その頃に流行した曲などの詩を見ても、虚ろだけれども、どこか希望的なことを本気で願っている断片が垣間見られる気がします。

例えばピーター・ポール&マリーの「我が祖国」とか、(最初はウッデイ・ガスリーの1940年)日本では5つの赤い風船の「遠い世界に」(1968年)とか。

そして、さらにその時代に、頻繁に東洋の思想、宗教が一般の西洋に入ってきたということと関係するのではと思いますが、「禅」や「インド哲学」など、自己の内面性を探求する動きも同時に起こった影響もあったのかなと思われます。

それまでは元来狩猟民族である西洋人の、常に外側に向かって働く意識、無意識が、反対側の自己の内面にも向かったということで、意識が内面に向かうということは、海王星の範疇ではないかと思います。

そして「旅」とか「放浪」「バックパッカー」という現象もその当時クローズアップされた様に思いますが、それは、それまであった居るべき場所に居るという固定概念を自ら解き放って、自己探求に促されていったという人々の新しい意識だったのかなとも感じます。

今の時代からすると旅なんて、いつでもするでしょとは思うのですが、当時は、「the American way of life」のHomeであるところの家庭から、精神も肉体も解放されて、外側へ出ていくということが一般的には、まだ少なかったのかもしれません。

まぁ、実際その時代を生きた訳ではないので後付けの推測になりますが、この時代は自己の探求意識と、それを飲み込んでしまう外側を打ち壊すための意識が混在していて、同時に「個」が確立していった様にも思えますし、人々が独自な人生を生きて、自立しようとする激しいエネルギーが感じられる時代だったんじゃないかなぁと想像したりします。

その時代特有の冥王星、天王星、魚座的芸術という側面もあったと思ったり。

その一つは、外側から真っ向対峙して突き抜けてやろうという、ビートニクの詩や文学で、後のヒッピーと呼ばれる人たちの圧倒的な支持があって広まっていきましたが、そもそもビートニクの根源には19世紀末のシュールレアリズムや、象徴主義の文芸運動として、「自己の内面、無意識、潜在意識、目に見えないものを形にして表現する」というところでの海王星が象意するものと繋がっている様に自分には思えます。

天王星と冥王星の合は時代を変える様な革命的な強いエネルギーがあるということですが、天王星の変革のエネルギーと、それを限界まで徹底的に推し進める冥王星のエネルギーが同時にあるわけですから、激しい時代だったんじゃないかと思います。

'60後半に若者に人気があったロックバンド「ドアーズ」のジム・モリソンという人は、19世紀末の作家オルダス・ハクスレーや、ウイリアム・ブレイクを敬愛していて、その様な芸術を純粋に本気で体現しようとしていたのではないかと思います。

ジム・モリソンは時代のスターになりましたが、素行は破壊的で最後はオーバードーズ(薬物の過剰摂取)で自滅。

ジム・モリソンの様な芸術で何かを変えようとした人は当時大勢いたのかもしれませんが、時代の渦に飲み込まれただけの人だと素行の激しさ、いい加減さだけが強調されて「ヒッピー」という言葉で人括りにされてしまったのかなと思ったりします。

海王星は酒とドラッグも意味しますが、海王星が行きすぎると結局小さな自我を保つことが出来ずに崩壊、肉体も滅んでしまうんだなと考えさせられたり。

ヒッピーというwordのそもそもの語源は「hipstar」というギンズバーグが'50の時代に生んだ言葉で、'60〜'70にはその意味は時代的な変遷を経て変わっていったのだと思います。

「ヒップスター」とは、ヒップな人間、すなわち、画一的追従や戦争に反撥を感じて、意識的に孤立的自我の境地に自分を置いている人々

アレン・ギンズバーグ「吠える」より

そもそもギンズバーグのいうヒップな人々というのは、自分の意識を確立するためには孤立も辞さない人々、つまり天王星の影響が強い感じな人々のことを言っている様に思いますが、それを'60の若者達は、彼らの集う集会、または各々のコミューンで熱狂的に「ヒップスター」として支持していったということだろうかなと思います。

今年に入って冥王星は水瓶座に入りました。

隠されていた不条理なことが炙り出されてきて、縦の順列は緩やかに横に広がり崩壊しつつ。

土星が魚座にいて、冥王星が再び、水瓶座、つまり天王星的な力を持って世界を刷新しようとしている今のエネルギーは'60後半の時代のこの雰囲気にどこか似てるところがある様な気もします。

ここまで長い記事を読んでいただきありがとうございました。


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