敬虔なキリスト教信者

2020年に亡くなった、ハーバード大学院教授であったクレイトン・クリステンセンについては、経営学を多少でもかじった人ならだれもが、『イノベーションのジレンマ』と『ジョブ理論』などの著者で、学会はもちろん、経営者の中でも圧倒的な支持を得ていることは承知していると思う。世界で最も影響力のあるマネジメント50人 Thinker 50にも選出されている大物である。

今日は彼のそうした経営学、マーケッティング理論についての話ではない。
ごく最近彼の『イノベーション・オブ・ライフ』を遅まきながら読んだ。学者、教育者、経営者と多面的な活躍をしてその名は今後とも消えないだろうが、この本はキリスト教の敬虔な信者としての彼の生き方が綿々と綴られている。彼が信じたのはキリスト教の中では少数派の末日聖徒イエス・キリスト教会(いわゆるモルモン教)である。(教会名は著書の中には明記されていないが)

私は信者ではないが、実はこの教会と些か、個人的に関係がある。
1990年代前半に企業での英語教育の在り方を模索中、日本でのALT(外国語指導助手制度)の草分け的存在であり、英語教育に熱心であったインタラック(現在リンク・インタラック)創業者社長の新山靖男氏と知り合いになった。もちろん当初は、彼がその教会関係者であることは承知していなかったが、関係が深くなっていくと、家族に関するパネルディスカッションに出てくれないかとか、全校高校英語弁論大会(参加者は恐らくほとんど教会関係者だったと思われる)の審査員になってくれないかと教会に関係した依頼を幾つかお受けした。
彼は、日本の教会のかなり高い地位にいたようだが、私はその極めて誠実な人柄に魅かれ、また、これらの催しが宗教性が無く中立的であったことから、柄にもなくそうした偉そうな役割をボランティアということで担わせていただいた。

2016年、あるきっかけで教会の本山があるユタ州ソルトレークシティにお邪魔することになり、1週間近く滞在した。フォードの名のお陰もあろう、
大変丁寧な対応で、教会の神殿や家族歴史図書館(日本の過去帳などもあった)などにもお招きいただいた。
教会の活動はもちろん詳しくご説明いただいた。これほど敬虔な人たちがいるのかと無神論者である(お天道様はいると思っているが)、私もさすがに神の力、信仰の凄さに感じ入った。クリステンセンが首席で卒業したブリンガム・ヤング大学(教会が運営する大学)のMBAクラスに飛び入りし、1時間ほど下手な話をさせていただいたのも思い出深い。

そうした貴重な経験があるせいだろう、あのクリステンセンの本の読み方が変わってくる。
彼がこの教会の信者だと知らなければ、経営学者がその理論を人生の生き方にどう応用するかといった調子で、読んでしまいそうだ。しかし、注意深く読むとあちこちに教会とのつながり、例えば韓国に宣教師で滞在したことや(この教会では若い時に世界中の様々な国に派遣され、2年間の宣教活動が義務化されている)、様々な教会活動,奉仕活動のことが語られており、言ってみれば信者としての在り方が書かれている。彼自身は毎夜11時から1時間は聖書を読み、自己を振り返っていたようだ。

この本は一般の人を対象に書かれたのだろうが、ソルトレークシティーに滞在し、この教会の活動を知ると、私には伝道書のようにも感じる。

過日、東京広尾にある改装された東京神殿のお披露目式に招かれた。
信者である平野卓也氏(前マイクロソフトVP、元日本マイクロソフト社長)やケント・ギルバート氏などとも名刺を交換した。改めて、新山氏のことを偲び、彼が与えてくれた様々な機会を思い出したことだった。

ところで、最近、日本では怪しげな教会が大きな問題になっているが、私が知っている限り、この教会を一緒に論じるべきではないだろう。その一つの証左には10年ほど前になるが、アメリカの大統領候補に元マサチューセッツ州知事(ユタ州ではない)でこの教会の信者であるミット・ロムニーが民主党のオバマに対し共和党代表に選ばれたことでも分かる。
(彼は、クリステンセンと同様、ブリンガム・ヤング大学を最優等で卒業し、後にハーバード大学で経営学修士・法務博士号を取得している)


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