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ライターに身に付けてほしいディベート・スキル



導入部

「雅(みやび)さん、それはあなたの思いつきですよね?」
雑誌の企画会議で私は担当の編集者からこう突っ込まれた。
半年前の私なら、こう言われたら、うつむいて黙り込んでしまっただろう。しかし、今はこういう突込みは想定内。私の返しはこうだ。
「もちろん私の考えですが、この分野の専門家である立教大学観光学部の教授も同じ予測を発表されていますし、それを裏付ける統計データもあります。ここにその資料がありますが、今お配りしましょうか?」
相手からの反対意見を想定して会議に臨めるようになってきたのは、ディベートという競技の技術を学習してきたからだ。むしろ想定外の質問が来た方が楽しい。
「そうきたか。おぬし、できるな」と。

***

この読み物は、ライターと呼ばれる人たちに、ディベートの学習を勧めるものです。
ディベートを知らない方のために、ディベートの模擬試合(約20分)を*1の動画を用意しました。またディベートの中で使われるロジック(論理的な考え方)の説明を第2部に収めました。ディベートを理解されている方は、*1の動画と第2部は読みとばしてもかまいません。
*1:https://www.youtube.com/watch?v=z7XwIBtkevM
  企業内で行われると想定したディベートの模擬試合。
5人対5人のチーム戦で「当社は製品のリサイクルを積極的に推進すべし」という論題で行った20分弱の動画。株式会社BCL様のご厚意により視聴させていただけます。

<登場人物>

雅(みやび):ライターの卵でディベートに興味を持っている主人公。20代後半の女性。本が好きで書く事を仕事にできないかと印刷会社に勤めてみたが、クリエイティブな仕事はないし、悶々としてライター講座を受講中。
瑛人(えいと):ディベート講師。30年以上、企業研修や中高の教育ディベート研修を続けている。
尚人(なおと):ディベート講師。企業研修のほかに公民館での地域でのディベート教育やインターネットでの教育を続けている。

第1部

1.きっかけ

時間を半年前の、雅さんとディベートの出会いにまで戻してみましょう。

雅:昨夜の飲み会は楽しかったなあ。ライター講座受講の仲間も私と同じ不安を抱えているなんて正直びっくり、そして安心した。みんな、どうやって記事のネタを見つけるか、どうやって採用される記事をかくか、どうやって媒体に採用してもらえるか、わからなくてこの講座受けてたんだなあ。授業では「過去誰も書いたことのない情報を書かないと意味ない」、「取材先の人が過去に発言した内容を調べることはやれ」って言われたし、調査方法も教わったからコツコツ調べることはやるけど、その前に書きたいテーマが自分でわからない。それと、講師の先生と60代のおじいちゃん受講生が酔っ払って、ライターもディベート勉強したほうがどうのこうのと言っていたな。何を書いていいかわからないから、とりあえずディベートについて、ネットと本屋巡りして、知識を仕入れておくか。
インターネットで検索すると、ディベートの解説記事や、企業研修・ディベート大会のWEBサイトがヒットします。YouTubeでもお笑い芸人さんがディベートをネタに取り入れたり、テレビのバラエティ番組で、ディベートと称してコメンテーターが相手を論破したりするコーナーがあります。米国大統領選挙で候補者同士が司会者の出すテーマに対し自分の政策を話し、対立候補の政策を攻撃するのをディベートと呼んでテレビ放映しています。ディベート関係の書籍を本屋さんで探す場合は、自己啓発や教育関係の棚にあります。雅さんの周りにも探せばディベート情報はいっぱい出てきそうですね。


公開討論会もディベートと呼ばれることもある

雅(本屋さんにて):相手に伝わる話し方や文章の書き方のビジネス本といっしょにディベートの本は置いてあるのね。でもどの本もディベートの試合のやり方ばっかり。私はほかの人と丁々発止とかっこよく議論したいわけじゃないんだけどな。本を読むのは疲れそうだし、私もライターの卵だから、取材の練習を兼ねてディベート研修の講師さんにお話を伺うのが手っ取り早くていいかも。

雅さんはさっそくネット情報や書籍の中からディベート研修をやっていそうな瑛人(えいと)さんの連絡先を調べました。そして取材を承諾してもらうために、ディベートの記事を書こうとしていることにして、Zoomで1時間半インタビューの約束を取り付けることに成功しました。
しかしディベートの試合をしたことがないので、買った書籍を読んでも理解できないままインタビュー当日になってしまいました。ただし瑛人さんから事前に言われた動画(*1)と見るのと、資料(*2)だけは目を通しておきました。
*2:https://nade.jp/wp-content/uploads/2022/02/ef63d81c1c91ece1c91b49a449dd3d6a.pdf
 これは第27回全国中学・高校ディベート選手権(ディベート甲子園)で行われた中学の部の事前資料のページです。
特定非営利活動法人 全国教室ディベート連盟様のご厚意により資料の掲載を快諾していただきました。大会情報のページは以下です。https://nade.jp/koshien/koshien/27th/

2.ディベートの紹介


雅:さっそくですが、瑛人先生のディベート歴を教えていただけますか?
瑛:かれこれ30年以上前から企業の研修講師を務めています。学生時代は英会話クラブで英語ディベートから入りました。就職先は企業向けコンサルティングの組織で、ディベートの企業研修をやってました。2000年代に独立してからもディベートやビジネスマン向けコミュニケーション研修の仕事をしています。
雅:恥ずかしながら、私は学校でも社会に出てからもディベートを経験したこともないです。なのでディベートに関する書籍を読んでも、理解するのがむずかしかったです。


ディベートの試合は2つのチームと審判がいます

瑛:では早速やってみるのがいいでしょう。ディベートのテーマ、何について議論するかを論題と言います。
ディベートの試合形式の感触を得るために、20分ほどの模擬試合のYouTubeの動画(*1)を見るようお願いしましたが、いかがでしたか?
雅:見ました。役者さんがやられているのでしょうけど、会社の中でああいう試合を行うことはあるのでしょうか?
瑛:私が研修を行った会社では、実際に試合をして、役員はそれを見て、メリット・デメリットを分かったうえで、経営判断しているところが本当にあります。実際の経営判断とディベート試合の勝ち負けは関係ないですが、役員が問題点を理解するのには役立っています。
さて、今回の雅さんの取材では、とっつきやすい論題がいいと思い、「日本は中学生以下のスマホの使用を禁止すべきである。是か非か」にしようと思いました。事前の資料は、毎年中高生の全国大会でディベート甲子園というのがあり、2022年の中学生の部の論題で使われた資料です、URLはこちらでしたね。(*2)
ここには東洋経済ONLINE2020年7月30日など5つの参考資料のURLと、禁止した場合のメリット、デメリットが載っていますね。2月に論題発表して8月に大会なので半年弱の準備期間があります。

雅:結構準備に時間取るんですね。
瑛:準備無しに、論題決めてすぐ始める即興型ディベートというのもありますが、それは普段からいろんな事柄に興味を持って調べておくことが必要ですね。それに対し、このように資料を調べてじっくり準備する調査型と言うか準備型ディベートというのがあります。ライターの方には、取材前に資料を読んで準備するするでしょうから、準備型ディベートのほうが合っているでしょう。
今回は事前資料(*2のURL)に書いてあるスマホ禁止による
メリット➀ネットいじめの減少、
    ②ネット犯罪の減少、
デメリット➀情報を取得する機会の減少、
     ②コミュニケーション手段の一つの喪失、
のところを読み直して準備してください。

3.第1試合

雅:私は禁止してはいけないと思うんですよ。だからこの論題には反対の立場です。
瑛:雅さんの意見は結構ですが、両方をやっていただきます。そうしたほうがディベートを早く理解できます。どっちの立場もプレイできるように、メリットだけでなく、デメリットも読んで頭に入れてください。
雅:ええっ?
瑛:試合形式ですが、簡単にしましょう。審判とタイムキーパーは無しということで。試合は雅さんと私が、賛成の肯定側、反対の否定側に分かれ、
  ・まず肯定の立論側1分、
  ・否定から肯定への尋問30秒、
  ・否定の立論1分、
  ・肯定から否定への尋問30秒、
  ・否定側の立論1分、
  ・否定側の反駁(はんばく)と言いますがスピーチ1分、
  ・最後に肯定側の反駁1分で行きましょう。
今から5分後開始で、肯定側つまり賛成側は私から話すということで。
雅:資料は一応読んできました。でもうまく話せるかが心配です。
瑛:ディベートを行うと資料読むのが速くなりますよ。
 
―――5分経過―――
 
瑛:では始めましょう。タイマーはセットしました。必要ならメモ取ってください。
雅:ええと、私は何をすれば?
瑛:今から肯定側、つまり論題に賛成の私が1分間、立論という1分間のスピーチを行います。雅さんはその後私に30秒間の質問タイムがありますので、よく聞いて大事なところや質問すべきことをメモするのがいいでしょう。

瑛:では「日本は中学生以下にはスマホの使用を禁止すべきだ」という立場でお話します。スマホはiPhoneもAndroidもiPadも含みます。
子供には生まれてから中学卒業までは、スマホを使用させてはいけません。使用させたら逮捕されるという法律を作ります。最近のニュースでネットがらみの誘拐や殺人などの犯罪があり大人だけでなく子供も犠牲になっています。学校でいじめにもつかわれています。子供を守るために中学生以下のスマホ禁止法を作るべきです。1分立ちました。では反対尋問をどうぞ。

雅:スマホを子供にも使わせるべきです。そう思いませんか?
瑛:思いません。次の質問をどうぞ。
雅:ええっと。何を聞けばいいのかな。そうだ、スマホは調べものするのに便利ですよね?
瑛:確かに便利です。
雅:そんな便利なものを取り上げてしまっていいんでしょうか?
瑛:いいんです。はい、30秒立ちました。では雅さん、反対の立場で1分間スピーチをどうぞ。


雅:「中学生以下にスマホの使用を禁止してはいけません」というお話をします。今のままでいいんです。大人も子供もスマホを使ってネットでいろんな情報を集めています。勉強の役に立ちます。瑛人さんも便利だとおっしゃいました。それに家族や友達とのちょっとしたおしゃべりも大事です。スマホは電話でもあるのでスマホが無いと電話ができなくて困ったことになると思います。少し時間オーバーしたかな?


瑛:時間は大丈夫ですよ。では尋問です。中学生からスマホを取り上げていけない理由は何ですか?
雅:情報収集が便利なのと、電話で話したいときにスマホが無いと困るからです。
瑛:パソコンで情報収集はできますか?
雅:できます..けど。
瑛:ガラケーってスマホの一昔前の携帯電話ですが、ご存じですか?
雅:知ってます。
瑛:ありがとうございます。質問を終わります。では30秒後に否定側の雅さんから反駁、つまりスピーチ1分間をお願いします。
雅:何を言えばいいんですか?
瑛:肯定側の話したことにおかしなことがあれば、そこを攻撃すること、そして自分の話したことに攻撃されたのなら反論、つまり攻撃と防御です。
雅:えーっと、もっとメモとっとくんだった!


瑛:では否定側の最終反駁1分間お願いします。
雅:中学生以下の子供にスマホを使ってもらって問題ありません。スマホは情報集めるのに便利で勉強にも役に立ちます。そして家族や友達と話をするのに必要です。それを取り上げるなんてひどいです。ちょうど1分かな。終わります。
瑛:では肯定側の最終弁論です。私は最初の立論で、ネット犯罪、ネットいじめという問題を取り上げましたが、否定側からは何の質問もコメントも無かったので、認めていただけたのかと思います。また否定側の情報収集に便利という理由には、スマホでなくてもパソコンがある、ちょっと電話をしたいときに困るという理由には、スマホでなくてもガラケーがある、という具合に、代わりの手段があるのです。ですのでネット犯罪、ネットいじめの減少にも子供スマホ禁止法を作るべきです。以上です。

瑛:どうでしたか?感想は?
雅:言いたいことの半分も言えていないし、相手の言うことに反論するのもむずかしいな、という感じです。
瑛:最初だからしょうがないでしょう。次は立場を変えて、同じ時間配分で5分後に行いましょう。今度は参考資料の中の東洋経済ONLINE2020年7月30日(*3)とCNETJAPAN2021年9月4日(*4)の記事も使ってやりましょう。
雅:私は子供にスマホを持たせてもいい派なんですけど。
瑛:仕事で自分の意見と違うことも言わないといけないですよね。そういう場面、雅さんも結構経験されているでしょうから大丈夫ですよ。
*3: https://toyokeizai.net/articles/-/364439
*4: https://japan.cnet.com/article/35175996/

―――<5分経過>―――

4.第2試合

瑛:では5分たったので最初の肯定側立論を始めてください。
雅:「日本は中学生以下にスマホを持たせてはいけない」ということをお話します。法律を作って禁止させます。小中学生はスマホでゲームに没頭します。CNET JAPANの2021年9月4日の記事では中国韓国での子供にオンラインゲームの利用時間の制限を国家が決めないといけなくなっています。日本でも同様です。子供を守りましょう。
瑛:では質問させていただきます。スマホを子供に使わせないのはオンラインゲームが問題なのですね?
雅:はい。
瑛:雅さんはNINTENDO SWITCHもってますか?
雅:はい。
瑛:今話題のスプラトゥーンはオンラインゲームですか?
雅:オンラインでもオフラインでも遊べます。
瑛:以上で質問を終わります。
瑛:では否定側の「中学生以下にスマホを禁止してはいけない」という立論を行います。スマホは便利です。スマホは持ち運べるのでどこででも情報収集が簡単にできて勉強の役に立ちます。また電話のほかに、ショートメッセージなどで、音声通話のほかに声が出せない場所でも文字で連絡が取れます。これは自分の意見だけではなく、東洋経済ONLINE2020年7月30日の記事でも同様の動きがあるんです。地震等の災害時、痴漢等の犯罪時の緊急連絡手段として、一旦子供にスマホ禁止した自治体でも、解禁に向けた動きがあるとのことです。では質問をどうぞ。

雅:スマホはネット接続できるので、ネット犯罪やネットいじめの原因になっているのではないですか?
瑛:そういう考え方もあるかもしれませんが、何かデータでもあれば見せて頂きたいですね。
雅:え?えーと次の質問行きます。子供がオンラインゲームに没頭しやすいと思いますか?
瑛:子供も大人も面白いゲームでしたらそういう傾向はあると思います。
雅:スマホは情報収集で勉強の役に立つとのことですが、パソコンでも情報収集できますよね?
瑛:もちろんですが、スマホは持ち運べるので移動中でもできます。パソコンではこうはいきません。はい。時間です。
雅:あーあ、なんか質問してもかわされた感じ。
 
瑛:では否定側の最終弁論です。中学生以下にスマホを禁止しなくてもよいです。先ほど述べた東洋経済の記事にあるように災害や痴漢などの緊急時の連絡手段として、小中学生にスマホを活用させようという動きがあります。オンラインゲームへの没頭はスマホだけの問題ではなく、仮にスマホ禁止してもパソコンやゲーム機のオンラインゲームがあります。つまりゲーム没頭の対策としてのスマホ禁止は効果がありません。以上です。では最終反駁をどうぞ。


雅:パソコンやゲーム機は大抵テレビに繋がっているので子供部屋というよりはリビングでゲームをします。つまり親の目が届くということです。スマホだと子供部屋でこっそりゲームができます。スマホ禁止だけでも十分ゲーム中毒への対策になります。
 
瑛:時間です。お疲れ様でした。最初の試合よりも攻撃と守備の両方を行おうとされててよかったです。
雅:どっちが勝ったというか瑛人先生のほうですよね。なんか攻撃がうまくいかなかったような。どういうふうに攻撃すればよかったんでしょう?
瑛:そうですね。ネット犯罪、ネットいじめという問題点を反対尋問で出したのはよかったです。ただし何かデータあるか?といなされてしまった。実は東洋経済ONLINEの記事(*3)を読むと、雅さんが使える事実が書いてありましたよ。それは「携帯電話持ち込み原則禁止の理由」で始まる段落に「ネットいじめや盗撮、ネット依存」が具体的な理由として書かれています。雅さんの個人的な考えだけでなく、スマホはネット犯罪に関係あると考えられていたということですね。もっと資料を読みこんでいれば、否定側への攻撃にも使えたでしょう。
雅:確かにそうだ。書いてあります。ああ、落ち込んでしまいます。
瑛:最初はこんなもんです。でもこれで、話す力、聞く力、メモを取る力というコミュニケーションスキルが鍛えられることを感じられたのではないですか?次は論理というディベートの核心も、是非理解していただきたいです。

5.ディベートのひろがり


ディベートが終わっても興奮したり落ち込んだりの雅さんでしたが、取材用のメモを見て次にする質問を思い出したようです。
雅:先生、ディベートの企業研修をされていますよね?
瑛:企業や自治体では管理職になる前の係長クラスの研修で行うことが多いのです。また関西のある自治体では過年度の採用試験にディベートが行われています。これは1990年代からずっとそうですよ。
雅:ということは、そういう管理職の皆さんに読んでほしい記事を書く場合には・・・
瑛:読み手はディベートを経験した人が多いから、記事の論理的におかしいところはおやっと思われるかもしれませんよ。
雅:組織の管理職以外はどんな人がディベートを経験していますか?私は学校でも経験無いし、就職先でもそういう研修なさそうなんですけど。
瑛:日本では2022年4月から高校1年生の授業にアクティブ・ラーニングを取り入れています。先生の話を聞くだけ、教科書読むだけ、問題解くだけ、ではなく、グループに分かれてディスカッションしたり、ディベートしたり、つまり生徒が積極的に参加する授業とでもいいますか。
雅:ではこれから高校生になる人は皆学校で経験して社会に出る可能性が高いと?
瑛:実はこういう動きを予想して、以前からディベートに取り組む先生もいました。今の25歳ぐらいの人は小学校のときに授業でやった経験あるそうです。また中学生・高校生のディベート甲子園という大会があり、もう27年つづいていますから。
雅:結構広まっていると思ったほうがいいですね。するとディベート経験した人としていない人の違いは何でしょう?
瑛:ディベートに関する書籍にはディベートを学ぶ効果としていろいろ書いてありますが、一番は論理的な考え方が身につくということだと思います。もちろん1回の研修だけで身につく人もつかない人もいますけど。

第2部

 
第2部はディベートを理解していらっしゃる方は、読み飛ばしてかまいません。

コラムー1:瑛人先生の特別授業 1

ディベート研修で初めてディベートを体験する人が、起こしがちなミスにはこんなものがあります。気を付けましょう。
(1) 立場が混乱する
自分の意見に合うほうの立場(肯定か否定か)を担当できるものだと思うひとが多います。ディベートでは自分の意見と関係なく、試合の主催者が一方的にどちらのチームになるかを決めます。だからディベートを経験すると相手が話していることは、本当は相手が信じていることと異なるかもしれないと考えられるようになります。弁護士が犯罪者を弁護するのも、会社の仕事で言いたくないことを言わないといけない人の気持ちも理解できるようになります。
(2) 相手人格を攻撃してしまう
相手チームの言っていることに反論するのではなく、相手の人格を攻撃してしまうひとがいます。相手に対して「頭おかしいんじゃないの」と人格を攻撃するのではなく、「証拠がおかしい」「論拠と主張がつながらない」などのように相手チームの言っていることに反論しましょう。
(3)説得する相手は審判員
相手チームを説得するのではなく、勝敗を決定する審判員を説得しましょう。審判員にわかりやすく話すのが効果的です。
(4)スポーツマンシップ
ディベートは他のスポーツと同じです。審判の判定に文句を言うのではなく、審判の判断を尊重しましょう。他のマナー違反は罰則(減点)になります。時間は守りましょう。相手の話しているときには妨害してはいけません。また大事な話を最後ではなく最初、つまり立論や反対尋問の時に言いましょう。でないと相手チームにはそれに反撃する機会がないのでフェアではありません。審判員を経験するのもディベートを理解するよい機会になります。

コラムー2:瑛人先生の特別授業 2

ここでディベートの書籍の中で取り上げられる「三角ロジック」を用いて、論理的とはどういうことかをお話しします。


三角ロジック

三角の上の頂点には「主張」と呼ばれる文を置きます。これがディベートの論題であり、例えば「当社ホテルは連泊のお客様の歯ブラシは毎日新品に変えないようにすべきである」のように意見や判断を含んだ文で、試合の主催者側が用意します。

三角の右の頂点には「論拠」と呼ばれる理由の文がきます。ここは主張を成り立たせるための理由です。歯ブラシを毎日変えないための理由で、後述の「証拠」とともに試合の参加者が用意します。
「論拠」は一つとは限りません。歯ブラシを毎日新品にしない方がよい理由は何でしょうか?もしこれができるなら、歯ブラシの費用削減につながるので、ホテルの支配人や従業員にとって、望ましいことでしょう。この場合、「論拠」はホテルの利益増加でしょう。
ではこれに関係する「証拠」は何でしょうか?「証拠」は三角形の左の頂点に置かれる文章で、利益増加の論拠に繋がるものとしては「当ホテルは毎月連泊人数は100名で、歯ブラシ新品は1本5円です」という事実があります。これも試合参加者が調べてくるのです。「当ホテルは連泊者の歯ブラシは交換するべきではありません。理由は利益増加を目指すためであり、毎月連泊100名、単価5円という事実から月500円のメリットが得られます」という肯定側の立論ができます。

ほかにも「論拠」は考えられます。歯ブラシを毎日変えない理由として、ゴミ削減が考えられます。歯ブラシのを廃棄すると1本10グラムのゴミが出るとします。この場合の肯定側立論は「当ホテルは連泊者の歯ブラシは交換するべきではありません。理由はゴミ削減を目指すためであり、毎月連泊100名、歯ブラシ1本の廃棄10グラムのゴミになるという事実から、月500グラムのゴミ削減のメリットが得られます。」

否定側がどのように攻撃するかというと、「なぜ、連泊者の歯ブラシを変えたくないのか?」を質問することから始めます。肯定側の答えが「利益増加(=費用削減)」なのであれば、「では毎月いくら利益になるのか?その根拠は?」と証拠を求めます。肯定側が証拠を調べてなかったり、毎月500グラムという、関係ないデータを回答してくるかもしれません。(この場合、肯定側の言っていることは論理が通っていませんと、審判にアピールします)。

また「毎月連泊100名、単価5円」と証拠を回答してくるかもしれません。その場合否定側は、「それは何に書いてあるデータですか?またいつのデータですか?」とデータが信頼できるのかを追求します。はっきり答えてもらえなければ、「証拠の出典が不明瞭であり(または古いデータであり)、連泊者の歯ブラシを変える効果があるのか不明です」と審判に主張します。

否定側の立論を考えてみると、現状を良しとする立場なので、現状を変更するデメリットを主張することになります。例えば「連泊者の歯ブラシも現状どおり毎日交換する」という理由は「交換すべき歯ブラシを交換しないミスが発生し、宿泊客に迷惑をかける可能性がある」という「顧客満足度の維持向上」があります。関連する証拠としては、「現状の変更は宿泊客の苦情の増加」という試算結果となります。この場合、三角形がもう一段追加されることになります。



ある主張が、その上位の三角形の証拠になる例

否定側の立論で、詳しく説明していると時間が足りなくなると予想すれば、「我々の試算では人的ミスによる苦情増加は月150件と想定」だけを話します。もし肯定側がこの主張に対し何も触れなければ、「肯定側から反論無いので認めていただいた」と審判に主張すればよいでしょう。
もし肯定側が試算根拠を求めてきた場合には、次のように調べておいたデータを使って説明します。「客室の歯ブラシ交換を含む清掃スタッフが20名、毎月交換している歯ブラシは平均5000本であり、肯定側の主張する変更を20名全員に徹底させることはむずかしく、現在いろんな作業ミスは過去のデータから3%。歯ブラシ交換作業の3%にミスがあると月150本のミスが予想されます」。

否定側は単に「ミス増加が予想される」だけでなく、「ミスでお怒りのお客様はもう当ホテルを利用しなくなるかも」という主張まではっきり言葉で述べないといけません。ディベートでは「ミス増加」だけを主張して、あとは「察してほしい」と相手チームに期待はできません。主張を支える論拠と証拠の関係が立論や質問で明らかにされたのかをディベートの試合では突っ込んでゆきます。
もちろん日常会話では「あとは言わなくても明らかだ」とか「あとは察してほしい(そこまで言わせないで)」ということもありますが、ディベートの世界では、そこもちゃんと言葉にすることが必要とされます。
論拠はたいていの場合、攻撃されにくいものが選ばれるので、論拠自体を間違っているという攻撃はなく、論拠と証拠、または論拠と主張とのつながりを攻撃します。

第3部

1.ライターの役にたつ?

雅さんは、「文章の読み手の中でディベート経験者が増加しているようだ」、「ディベート経験者は主張とそれを支える証拠、論拠があることを知っている」ということを把握したところで、約束のインタビュー時間を終了しました。一度整理する時間が必要ですが、更にいろいろ聞く機会をお願いしたところ、別の研修講師の尚人(なおと)さんを紹介して頂きました。早速尚人さんに取材を申し込み、快諾いただきました。またZoom面談です。

雅:尚人先生、お忙しいところありがとうございます。瑛人先生からは、ディベートが企業研修や学校教育で普及していて、学ぶと論理的な思考が身につくということを伺いました。
尚人(なおと 以下、尚):テレビやYouTubeで言われているディベートと、私たちが企業研修で行っているディベートは形式が異なりますので混同しないでくださいね。私たちのはディベートのお題(これを論題という)を事前に与え、チーム分けを行い、資料を読んで充分な準備をしてもらい、審判とタイムキーパーも割り当て、開始直前に肯定側(賛成側)と否定側(反対側)を決め、反対尋問も行うという形式をとっています。お題も肯定側否定側のどちらかに圧倒的に有利にならないようなものを選んでいます。
雅:瑛人先生への取材では簡単な試合を行いました。
尚:資料を読まずに準備無しで行う即興型ディベートが最近は流行っていますが、それだと資料がディベートの証拠として使えるかの判断の練習にはなりません。仕事では事実や統計データなどをもとに判断するので、企業研修ではこういう調査型、準備型のディベートを行っています。
雅:私たちライターも、取材する相手の過去の記事とかを十分読み込んで準備します。ちゃんと準備していかないと失礼に当たりますしね。

2.取材前の準備に役立つ

尚:ディベートは論題だけ与えられて、その証拠と論拠は自分で探してくるゲームです。取材する方の過去の資料を読む際に、その方の主張とそれを成り立たせている証拠と論拠を想像してゆくといいですね。
雅:それは考えてもみませんでした。そうするとどういうふうに役に立ちますか?
尚:例えば、これから書く記事は田舎への移住促進がテーマだとして、横浜在住のビジネスマンでリモートワークが進んできたので藤沢市に移住した人に取材するとしましょう。その方のブログを読んで、海や山など自然が豊かという理由だと書いてあるとしましょう。そして主張「藤沢市へ移住しよう」、論拠「よい住環境を何より重視する」、証拠「藤沢市は(横浜より)自然が豊か」という三角形が成り立つと予想して質問を準備します。インタビューでは「よりよい住環境とは自然環境のことですね?」と論拠を確認するのです。そして藤沢よりもっと自然豊かな地域も検討したのではないか?その比較した結果はどうか?との質問も準備できます。ひょっとすると、「住環境には自然も重要ですがLGBTフレンドリーなところも考慮しました。藤沢市と違って神奈川県西部は同性パートナーシップ制度を導入していなかったから検討しませんでした」という別の論拠が返ってくるかもしれませんよ。ちなみに2022年10月の時点で、神奈川県では小田原、箱根、湯河原などはこの制度を導入していません。
雅:それだと思ってもみない情報を載せた記事が書けるかもしれませんね。
尚:また、取材先の人のおっしゃることを鵜呑みにせず、例えば証拠と論拠が関係ないことがわかった場合、もっと適切な事例を証拠として探してあげることができたら、信頼を得られるかもしれません。これもディベートの効果でしょうね。間違っても取材先を論破してはいけませんが。


取材先の方の主張、論拠、証拠は何か?

ライターはディベートの試合をするわけではありませんが、そのスキルである論理的な考え方と、相手の言うことを本当かどうか吟味する姿勢は役に立ちそうですね。

3.編集者との意思統一に役立つ

雅:そのほかにライターにとって役に立つと思われる部分はありますか?
尚:ライターが書く記事で「〇〇してはどうか?」と何かアクションを起こすことを促す記事ですが、これはディベートの論題に当たりますので、三角ロジックが成り立っているか、自分で確認できるということですね。企業や学校のディベートの論題でも、何かをすべし、と現状を大きく変える政策を扱うことが多いですね。肯定側は、なぜ変える必要があるのか?と変えることが実現可能か?ということを説明しないといけません。ライターさんの記事も、その政策を実行したほうがいい理由と、しかも実現可能なお話ですよ、と説明しないといけないのと同じですね。

雅:文章の書き方に関する書籍はいっぱい出ています。それらの書籍の方法とディベートを学ぶことの違いはなんでしょう?
尚:ディベートは試合なので、必ず相手が反撃してくることを想定して何を言うか?どう言うか?を検討します。相手に正しく伝わるかだけでなく、自分が反対側ならどこを攻撃するかも考えます。

雅:私たちが書く記事には「〇〇してはどうか?」のほかに、「こんな情報がありますよ。こんな事象がおこっていますよ。こんな風習がありますよ」という情報提供だけの記事もあります。これは論題にはならず、単なる事実のような気もします。
尚:こういう情報紹介型の記事に対してのディベートの活かし方ですが、二つ考えられます。一つは記事中の情報は正確か?というチェックに使います。二つ目ですが、記事を載せる媒体の編集者への説得です。この情報を読者層に知らせる価値があるのか?ないのか?ということが論題になります。また、この事象を記事にすることでその地域やモノがブレークすると思われる場合、その理由を考察して、同じ理由で次にブレークする他の地域を予測するのです。今回の記事にそこまで書くかどうかは別ですが、書く場合、最初の事象だけを扱うよりも内容が膨らんだ記事になるでしょう。
雅:なるほど。発想方法が豊かになりそうですね。

3.あとがき

雅さんは、「これは役に立ちそうだ。三角ロジックから始めて、ディベートのスキルを身に着けてみよう」と思いました。インターネットで検索すると、地域住民を対象にしたディベート教室やオンラインでの講座もありそうです。取材先や編集者を論破するのではなく、相手の議論の弱い所を見つけて補強してあげる、そんなスキルの応用ができるとよいですね。
 
***
この記事はフィクションであり、登場する人物や数値データは仮想のものです。尚、記事の校閲や情報提供には以下の方々にお世話になりました。しかし、文中のディベートの説明や資料の内容の解釈などは、全て筆者に責任があることを申し添えておきます。
 
お世話になったディベート講師


別所栄吾 氏

株式会社BCL 代表取締役、産業カウンセラー、ディベート・トレーナー。
著書:
・「で、結局何がいいたいの?」と言わせない ロジカルな文章の書き方 超入門(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
・「お前の言うことはわけがわからん!」と言わせないロジカルな話し方超入門(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
など多数。
https://www.bizcom.jp
 


西部直樹 氏

有限会社N&Sラーニング代表、ディベートトレーナー、産業カウンセラー。
著書:
・はじめてのディベート 聴く・話す・考える力を身につける―しくみから試合の模擬練習まで(あさ出版)
・論理的な話し方が面白いほどできる本―「手にとるようにわかる話」の技術(成美堂出版)
など多数。
https://nands3.wixsite.com/nandslearning/home
 
参考文献:
・「で、結局何がいいたいの?」と言わせない ロジカルな文章の書き方 超入門(別所栄吾著 ディスカヴァー・トゥエンティワン)
・はじめてのディベート 聴く・話す・考える力を身につける―しくみから試合の模擬練習まで(西部直樹著 あさ出版)
・即興型ディベートの教科書 ~東大で培った瞬時に考えて伝えるテクニック (スーパー・ラーニング)(加藤彰著 あさ出版)
<以下 余白>
 

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