ゆめおいびと

病室で点滴をつけてベッドに寝かされている少女と、彼女に寄り添うようして手を握っている40代くらいの男と女がいる。彼らは、悲しそうに、不安そうに、ベッドで寝ている少女を見つめていた。


「失礼します!!」

「どうも~」


病室内に元気に挨拶をする女性と、けだるそうにしている男性が入ってきた。二人が入ってくると男と女は立ち上がり、軽く会釈をする。病室内に入ってきた若い男女はそれぞれ名刺を取り出し夫婦に手渡した。


「はじめまして。夢人対策科、新井祐実です」

「どうも、有川鋼です」


有川鋼と名乗った男は、口を大きく開け欠伸をしながら眠そうに頭を掻いている。けだるそうにしているその態度に、二人はそれぞれ、不安そうに、訝しそうにその男を見ていた。二人の視線気付いたのか、祐実は隣にいる荒川の体を肘でつついて、姿勢を正すように促していた。


「はじめまして。近藤佐枝です。彼は・・・夫の雅之です」

「どうも。はじめまして。あの、失礼ですが、本当に彼は大丈夫なんでしょうか?娘の睡眠時間は増していく一方で、医者もこのままでは起きなくなるかもと。それなのに、さっきからだるそうにして、あくびまでして」

「あはは、申し訳ありません。主任は寝ていないので」

「寝てない?」

「今から俺たちは、娘さんの夢の中に入ります。眠りの深度は深ければ深いほどいい。こいつはすぐに寝れるけど、俺は眠りが浅い、なんで仕事の時以外は基本的に寝てないんです。もう三日近く寝てません。心配しなくても仕事はちゃんとしますよ」

「はあ・・・」

「あの、奥さん。私たちはもうすでに資料として娘さんの概要について聞いていますが、夢の中に入る前に、奥さんの口からも説明してもらっていいですか?」

「わかりました。・・・娘は明るく元気で、友達も多かったです。・・・それに夢がありました。お菓子作りが好きで、パティシエになることが夢でした。でも・・・うぅっうぅ・・・前の旦那が、私を保証人にして、多額の借金をして事故死して、借金を返すにも、弁護士を雇うにも、お金が必要で娘を学校に通わせることが出来なくなってしまって・・・それから娘は・・・ううぅ、うっ、わたしのっ、せいなんです・・・」

「お母さん、大丈夫ですよ。きっと、娘さんも理解してくれます」

「お父さんは、どうですか?娘さんについて何か気がつくことは?」

「私は、娘の本当の父親ではありません。もっと言うと、佐枝の夫でもないんです。娘が大きくなって自立したら、再婚しようと話していて」

「なるほど。前の旦那さんとは会っているんですか?」

「いいえ、元旦那とは家庭内暴力で別れました。娘も3歳になる前で、元旦那のことは怖いおじさんだったぐらいで、ほとんど覚えていないみたいです」

「どう思いますか?主任」

「まあ、共棲型だろうな」

「・・・共棲型?」



2023年、地球は宇宙人の襲来を受けていた。それは、大量の宇宙船が地球を攻めてきたり、隕石に乗って謎の宇宙生物が襲来するような劇的なものではなく、いつの間にか、だれも知らない間に、襲来していた。人々が宇宙人の襲来に気がつかなかったのは、宇宙人を目で見ることが出来ないからであった。彼らは特殊なエネルギー生命体で、例外を除いて人間は彼らを関知することが出来ない。目に見えない彼らに気がついたのは、世界各地で不眠症や突発性過眠症などの睡眠障害を発症する患者が爆発的に増え、彼らの多くは共通して夢を見ていた。その夢は、自身が楽しいものやつらいものなど人によって様々だったが、一つだけ共通しているものがあり、それは隣で見たことのない生き物が耳元でずっと何かをささやいているというものだった。同じ症状を訴えるものが、世界各地で散見されたことと、とある宇宙人の登場によって、発見された宇宙人を『夢人(ムーンウォーカー)』と名付け、日本では彼らに対抗するために、夢人対策科がもうけられた。



「共棲型は見たい夢を被曝者に見せ、喜びを共有する存在です。常に眠りたいという欲求があり、睡眠時間がどんどん延びていきます。早めに対処しないと、起きても後遺症がひどくなるので、早速処置をはじめましょう。新井」

「はいっ」


新井は鋼の呼びかけに返事をすると、円柱型の鉄とガラスで出来た空の容器を二つ取り出した。そこから何か楕円のついたチューブを伸ばすと、寝ている娘のおでこに貼り付ける。


「あのっ・・・それは?」

「ああ、ここには『夢人』がはいているんです」

「えっ?」

「ここに入っている『夢人』は特殊で、一日との夢を共有することが出来るんです」

「こいつを使って俺たちは、娘さんの夢の中に入ります」

「なるほど・・・」

「そういえば、娘さんのお名前は?」

「・・・近藤のぞみです。希望を持って生きて欲しいという意味で私が名前をつけました」

「そう、なんですね。素敵だと思います」

「あの!娘とは血がつながっていませんが、それでも大切な娘です。どうか娘を助けて下さい。お願いします」

「お願いします」


頭を下げる雅之の肩に手を乗せ「任せて下さい」と言い、眠っているのぞみと同じ楕円型の装置を額につけ、左右それぞれの空いているベッドに鋼と祐実は横になる。


「これからのぞみさんの夢の中に入ります。お二人は我々とのぞみさんが起きるのを待っていて下さい」

「わかりました。おねがいします」

「新井、準備はいいか?」

「はいっ!」


二人はまぶたを閉じ体を脱力させる、起きている二人は気を遣って静かにしているのだろう、クーラーの音だけが聞こえていたが、それもだんだん遠くなり体が沈んでいく感覚がする。


-ベッドの上、真っ暗な中、手首を押さえられ誰かにのしかかられている感覚がする。耳元で吐息と共に-


いくつも団地が建ち並ぶ中、“104”と描かれた団地の階段の前で、祐実は吐き気に襲われていた。


「うっ、うえっ」

「大丈夫か~」

「主任、今のって・・・」

「ああ、悪いな俺の勘違いだったみたいだ。いこう」


エレベーターのない団地、階段を6階まで上ると近藤と書かれた表札を見つける。扉を開けるとすぐ横にキッチンがあり、目の前のふすまが閉じられていた。


「ここだな」

「主任、前から思ってたんですけど、どうして毎回名前を聞くんですか?資料読むときに見てるのに」

「寝てても耳は機能してるからな、名前を呼ぶってのはそれだけで意味があるさ。それよりふすま開けてみろ」


鋼に言われたとおりふすまに手を掛け開けようとするが、ふすまは全く動かなかった。すると中から小さく声が聞こえてくる。


『怖いね、やだね、出たくないね。じゃあ、出ないで一緒にいようね』

「・・・近藤のぞみさん。我々は夢人対策科です。あなたの目を覚ましに来ました」

「こないで!!どうせ起きたって、いいことないんだから!!!」

『そうだね、怖いね。一緒に怖がろうね』

「・・・のぞみさん、ここに来るときあなたの見た、夢を見ました。義父の、いや、あいつがやったことも」

「ひどい、見られたくなかったのに!!ひどいよぉ・・・やっぱり、出たくない・・・」

「のぞみさん、同じ女性としてあなたの気持ち理解できます。でも

「理解できるなんて嘘!!私の気持ちが分かるのは、この子だけだもん」

『わかるよ、悲しいね、つらいね、恥ずかしいね、全部わかるよ』

「あなたと一緒にいる“夢人”が、あなたに夢を見せているの。彼のせいなの」

「そう、そして私はこの子のおかげで、起きなくていい。現実に戻らなくていいの」

「お母さんは?お母さんを残していってしまうの?」

「・・・」

「それにパティシエになるのが夢だって、お母さんがそう言ってたよ」

「無理よ。もう、なれないもん」

「のぞみさん。夢から覚めれば、希望が待ってるとそんなこと言うつもりはない、でも、このままいけば君を含めた多くの人が不幸になる。君は、俺たちなんか無視すればいいのに、それでも返事をしてくれるって事は、君はそれだけ優しいってことだ。俺たちが出来ることは何でも協力する。だからここを開けてくれ」



二時間ほど経過して、鋼と祐実はベッドから起き上がる。二人が起き上がったのを見て、佐枝はすぐさま娘に駆け寄るが、一向に起きる気配はなかった。


「すみません。娘さんは心を閉ざしたまま、出てきませんでした」

「ふざけるな!!」


胸ぐらをつかみ、怒号を飛ばす雅之を、怒りながら止めに入る祐実を制止し、鋼は深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。私どもの不徳のいたす所です。しかし、全霊を掛けて娘さんを助けると誓います。ですからどうか、我々のことを今一度信じては貰えないでしょうか?」

「そんなわがままが通用するわけ!!

「まって、雅之さん。鋼さん。娘を助けてくれるんですか?」

「はいっ、お約束します」

「・・・よろしくお願いします。どうか娘を助けて下さい」

「・・・はいっ」

「・・・佐枝さん。二人だけでお話ししたいことがあります」



病院の屋上、青いベンチに座り二人は夏の空の下、二人は冷たい風に煽られていた。


「これから、どうなりますかね?」

「さあなぁ・・・」

「私たちの仕事って何なんですかね?時々分からなくなります」

「人助け、だろ?」

「そう、ですか?」

「ああ、夢人にささやかれてる人間は軒並み精神的に参ってる人ばかりだ。一度夢に入って説得したからって、それだけでよくなったりはしない。だから俺たちは、税金泥棒ってよばれてんだろ」

「夢人は、どうしてこんなこと、してるんですか?やっぱり、地球を侵略しに来たんですか?」

「そんなんじゃねえよ」

「じゃあ、どうして・・・」

「趣味」

「趣味!?」

「ああ、寿命はない、基本的に死なない、食べ物必要ない。あいつらは生物ってよりも、石とかの方が近いって偉い学者が言ってた。そして、あいつらには感情がないんだとよ。その感情を感じるために、人間に夢を見せて、共感してんだってさ」

「趣味で、人を苦しめてるんですか?」

「人間だって趣味で他の動物を殺すだろ」

「それは・・・そうですけど」

「悪意はないんだよ、別にな」

「・・・」

「まっ、俺たちはその趣味をめちゃくちゃ邪魔するけどな」

「・・・そうですね!めちゃくちゃ邪魔して、他の趣味をはじめるぐらいに、邪魔してやりましょう!!」


祐実が拳で空を切るのを見て、鋼はけらけらと笑っている。夢人を含め、睡眠障害に悩む人は数多く存在する。日本では特に被害が多く、全人口の約15%が何らかの形で睡眠障害に悩まされている。そんな彼らに寄り添い、一人でも多く救うのが、夢人対策科の仕事である。

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