異世界転生者がクズだったので、人格を矯正します(未定) 第三話

六月十二日


朝起きて目に入るのは、天井に張ってある深夜アニメの最推しキャラクター、海辺の砂場で長い赤髪をおさえ水着姿でこちらに笑いかけている。どれだけ眺めても、学校に行きたいとは思えなかった。きっかけは些細なことだった。私立中学の受験に失敗し、意気消沈していたが、公立の入学式で心機一転、友達を作り中学校生活を楽しもうと思い、名前順で並んだ前席の同級生に肩をたたき、声を掛けた、稲葉紅、この男に話しかけたこと、それが悪夢の始まりだった。未だに振り返った時の紅の笑顔が忘れられない。声を掛けた後、学校の帰り支度をしていたとき、一緒に帰りたいと言われ喜んで了承したが、人目のつかないところで取り巻きに囲まれリンチされた。入学式で初めて着たおろしたての制服は、土とほこりと血でひどく汚れ、つなぎ目はほつれ穴が開いてしまっていた。ぼろぼろになった制服姿で家に帰ると、母親が口元を押さえて涙目で汚れた制服を着た自身の姿を見ていた。心配してくれたのだと、受験に失敗し、溺愛する兄の足下にも及ばなかった弟で、見限られたのだと思っていたが、まだ自身を愛してくれていたと、そう思った。しかし現実は全く違っていた。母親はボロボロに汚れた自分の息子を見て「なんで目立たないようにすることすら出来ないの!」この言葉を聞いた後、何を言われたか覚えていない。けがをした息子を心配もせず、怒鳴りつけるだけだった。この日を境に、紅からひどいいじめを受けることになる。殴る蹴るの暴行は当たり前で、虫を食わされ、裸で土下座させられ、万引きを強要され、スパイごっこと称して拷問されたこともあった。いじめられどれだけ制服を汚して帰っても、両親は心配するそぶりすら見せなかった。約一年間いじめられ続け、二年生になればクラスも変わり、いじめの標的から逃れられると思っていたが、紅とは同じクラスで逃げることは出来なかった。もう限界だった。家にも学校にも居場所はなく、趣味のアニメでノベル時代から追っている「死後に夢見る幽霊少女」も最終話を迎え、生きる目的も無くなってしまった。ベッドで小さく丸まっていると母親の怒号が飛んでくる。学校を休む権利など、この家の疫病神である自分にはないのだ。


電車を降り、胃がキリキリと痛むのを我慢して、重い足取りで学校へと向かう。学校を休むと親に連絡が行ってしまうので、一時間目が始まる前、ホームルームの時間に遅刻するように学校に行くのがお決まりになっていた。学校に行くと、これもまたお決まりのように先生が「ま~た遅刻か?家が金持ちだと、その子供も重役出勤かよ」と馬鹿にすると、それに呼応するように他の生徒も笑い、いじめの首謀者である稲葉紅が「ホントのこと言ったらかわいそうですよ、先生」と馬鹿にして、またクラスの皆が笑う。おれはここでは、ただのピエロなのだ。何をしてもいいピエロ。


休み時間に入ると、後ろからいきなり頭をどつかれた。


「おい、飯買ってこい。2分以内に買ってこないと、お前の裸の写真、Twitterにさらすから」


死ねば、この苦しみからは解放される。学校に行かず、家の中で自殺しても良かったが、首をつるのは怖くてなかなか出来ず、結局高いところから落ちるのが一番いいと結論づけた。そのために学校に行き、最後の一押しに学校でいじめを受けている。いじめの原因に自殺する後押しをしてもらう、ひどく皮肉めいていた。


「は~い、残ね~ん。二分過ぎているので罰ゲームで~す」


そう言うと、走って息の切れてる俺から、売店で買ってきたあんパンを奪い取り教室の床に落とすと、何度もそのパンを踏みつけた。潰れてぐちゃぐちゃになったパンを指さし、食べろと命令すると、周りからも「くーえ」と野次が飛ぶ。「手は使うなよ」としゃがみ込んで、頭を下げたところを、思い切り踏まれ、食べるように強制された。ホコリと土とあんこの甘い味がして、気分の悪さにそのまま吐くと、思い切り顔を蹴り上げられた。こんな毎日も今日で終わると思うと、全部どうでも良く思えた。


学校の屋上は太い鎖で扉が閉められており、出入りすることは禁じられている。鎖を外すために、ワイヤーカッターとかかれた道具を購入して、学校に持ってきていた。この道具で、稲葉紅を殺せるかもと思ったが、そんな勇気も力も気力も無く、こうして扉の鎖を断ち切り学校の屋上で自らの命を絶つことを決めたのだ。両親といじめた同級生への恨み言を綴った遺書を、内ポケットに忍ばせてある。せめてもの抵抗として、死んだ後にSNSで話題になればいいと、昨日一枚だけ書いておいたのだ。グラウンドよりも強い風が吹く屋上で、あと一歩足を踏み出せばグラウンドまで真っ逆さまという所まで来た。不思議と恐怖心は無く、ただやっと終わるという開放感の方がずっと大きかった。大きく前足を踏み出すと、誰かに腕をつかまれ後ろに引っ張られてしまい、そのまま学校の屋上に倒れた。体を起こし、振り返ると、いじめの主犯で自殺を決意させた男、稲葉紅が走ってきたのだろう大きく息を乱し、この地獄から逃がすまいと強く腕を握っていた。




「はぁ、はぁ…黒瀬、こんなことやめろよ」


全く本心にない言葉を彼にかける。黒瀬英雄、村人を焼き殺し幼なじみを殺したグレンにとって最も憎むべき相手、このまま死んで二度と顔を見なくてすむのならどれだけうれしいことだろう。だが、運命はそうはさせてくれなかった。ここで死んでも、彼は勇者として異世界に招かれ、多くの人を殺す。故郷である国を、村のみんなを、フレアを救うためにはグレンはこうするしかないのだ。ふぬけた彼の手を強く握りしめる。


「わるかった。…俺がわるかったよ。こんなことすんな。これからは、俺が守ってやるからさ。もう二度といじめたりなんかしないから、だから…こんなことやめろよ、な?おれがお前の人生を変えてやるから」


-そう、俺はこいつを、心の底から死んで欲しくて、殺したいと願っている黒瀬英雄を救う。みんなを救う方法はこれしかない。壁となる障害は全て取っ払い、邪魔をする人間は排除する。たとえ、俺の体や感情や魂を捨て去ることになっても、目的を達成するために、どんな犠牲でも払う。この男が、復讐相手のこの男が、愛されることを知って、まっとうな倫理観を持ち、誰かのために力を扱うような人格者にするために、この男の人生を救う。-



これは『復讐譚』ではない、だれも知らない『英雄譚』である


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?