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1970FIFAワールドカップメキシコ大会

画像は決勝トーナメントの結果と3枚の写真で、写真の説明は画像中にあります。
メキシコシティ五輪の2年後、サッカーの第9回W杯が5月31日から6月21日にかけてメキシコで行われた。W杯が2年前の五輪開催国で開催されたのは初めてで、この後も1972年ミュンヘン五輪-1974年西ドイツW杯の1例のみである。逆にW杯開催の2年後に同じ国で五輪が開催されたのも1994年米国W杯-1996年アトランタ五輪、2014年ブラジルW杯-2016年リオデジャネイロ五輪の2例有る。試合会場は五輪で使用されたメキシコシティ、プエブラ、グアダラハラ、レオンに加えてメキシコシティ郊外のトルーカが使用された。日本はアジア・オセアニアの一次予選リーグで敗退しており、アジア・オセアニアからはイスラエルが出場している。高地開催という動機もあり、2年前の五輪と同様、2名の交代枠が今大会から適用された。また警告・退場のシステムも今大会から採用された。懐かしい白と黒の亀甲模様のボールが使われ始めたのもこの大会である。試合開始時刻は予選リーグの24試合中19試合と準決勝2試合と3位決定戦は16時だったが、FIFAの商業主義はこの頃から顕著だったようで、予選リーグ5試合と準々決勝4試合と決勝は欧州のゴールデンタイムとなるように、12時とした。三菱ダイヤモンドサッカーなどで映像を見るとセンターサークル内に何やら影ができている。フィールド中央の上空に設置されたカメラだかスピーカーだかの影だと知ると、正に炎天下・酷暑のフィールドで行われた試合である事が実感できる。
予選リーグの結果のみ示す。当時は勝利の勝ち点は2で、1勝1敗と2引分けの勝ち点は同じである。
A組(メキシコシティ)
順位  国      勝ち点  得失点差 総得点
1位  ソ連       5   +5     6
2位  メキシコ     5   +5     5
3位  ベルギー     2   -1     4
4位  エルサルバドル  0   -9     0
 
B組(プエブラ/トルーカ)
順位  国     勝ち点  得失点差 総得点
1位  イタリア    4   +1     1
2位  ウルグアイ   3   +1     2
3位  スウェーデン  3    0      2
4位  イスラエル   2   -2     1
 
C組(グアダラハラ)
順位  国      勝ち点  得失点差 総得点
1位  ブラジル      6   +5    8
2位  イングランド    4   +1    2
3位  ルーマニア     2   -1     4
4位  チェコスロバキア  0   -5     2
 
D組(レオン)
順位  国    勝ち点  得失点差 総得点
1位  西ドイツ   6    +6      10
2位  ペルー    4    +2     7
3位  ブルガリア  1    -4      5
4位  モロッコ   1    -4      2
 
記憶に残っている事を列記する。
A組のベルギーは中盤に”ベルギーのチャールトン“と称されたバン・ヒムストと”ベルギーのベッケンバウアー“と称されたバン・ムールがいてバン・ムールは2点取ったが、1勝2敗で敗退している。
B組はカテナチオ(かんぬき)と称された堅守速攻型で知られたイタリアが初戦でスウェーデンを1-0で下すと、ウルグアイ、イスラエルにスコアレスドローを演じ、1勝2引き分けで1位通過する。予選リーグを無失点で突破する例はいくつも有るだろうが、総得点1で突破する例は珍しいのではなかろうか。
イスラエルは初戦でウルグアイに敗れ、スウェーデン、イタリアと引き分けるが、4位で敗退する。
C組はブラジルが前評判通りの強さを見せつけ3勝で1位通過する。一方3戦全敗で敗退したチェコスロバキアは初戦でブラジルに1-4で敗れるが、先制点を上げ、前半を同点で折り返した善戦であり、その攻撃スタイルはウルチカ(小道)パスと称される細かいパスを敵陣中央でつなぐ玄人受けするもので、子供心にもすごいなと思ったものである。
ブラジルの第2戦の相手は前回優勝国のイングランド。1-0でほぼ危なげなく勝った印象だが、大会で最も美しい試合とも評された。右ウィングのジャイルジーニョの高速クロスをゴール左の至近距離でゴール左下隅に叩きつけたペレのジャンプヘッドを右手1本ではじき出したGKバンクスのセービングは大会屈指の名場面で、後に三菱ダイヤモンドサッカーのオープニング映像にも使用された。ゲームが動いたのは後半14分。左からつないで、ゴール正面でパスを受けたペレが右前方に流し、走りこんだジャイルジーニョが右足で強烈なシュートを左隅に決めた。バンクスは果敢に飛びだしてシュートコースを狭めたが、シュートの強度が上回った。
D組では西ドイツが全チーム中最多の10得点及び+6の得失点差で3勝して1位通過する。中でも後に爆撃機と称されたゲルト・ミュラーが2回のハットトリックを含む7得点と爆発する。
アジアと同様当時は弱小地域だったアフリカから唯一出場したモロッコは1引き分け2敗で総得点でブルガリアを下回り、4位で敗退する。
準々決勝ではウルグアイが延長の末ソ連を1-0で下す。
ブラジルは前半15分までに2点を上げ、後は取られたら取り返すの繰り返しでペルーを4-2で下す。
イタリアは予選リーグ総得点1が嘘のように爆発し、地元メキシコを4-1で下す。但し先制点はメキシコで、後半18分まで1-1だったので、満員の観衆はさぞ盛り上がった事だろう。
大会で最も劇的な逆転勝利を収めたのが西ドイツだ。前半イングランドのマレリーが右サイドからのクロスをニアで収めて素早くゴールすると、後半4分にも右サイドからのクロスを今度はゴール左に走りこんだピータースがダイレクトで蹴りこんで2点差とする。しかしドイツは23分にベッケンバウアーが右45度付近から糸を引くようなミドルシュートを左下隅に決め、31分にはドイツ魂の権化と言われたゼーラーがルースボールに反応してゴールに背を向けて頭頂部或いは殆ど後頭部でヘディングシュートを決めて同点に追い付く。そして延長後半3分、右からの大きなクロスボールが左から折り返され右ゴールポスト付近にふわっと落ちてきたボールをミュラーが右足を高々と上げてボレーシュートを決める。イングランドの敗因であるが、2-0の場面でチャールトンを下げてしまった事が大きいと言われている。また正GKのバンクスが試合当日に腹痛に襲われ控えのボネッティが出場した事も惜しまれ、特に1点目のベッケンバウアーのシュートはバンクスなら止められたのでは?とも言われた。
この大会で私の印象に残ったイングランドの選手はリベロのムーアである。優勝した前回に引き続き主将を務め、読みの深い守備が印象的だった。相手がドリブルやパスをつないで前進してきて、味方ディフェンス陣がマーク相手を見ながらじりじり下がる時に、彼は下がらずにパスコースを見極めて見事にインターセプトするのだ。同じようなプレーは後年ベッケンバウアーにも見られた。その後の選手は良く知らないが、日本では井原正巳が代表チームやJリーグで同様の読みの深さを発揮していた。
さて準決勝の南米同士の1戦ブラジル対ウルグアイは前半19分にウルグアイのクビヤが先制点を上げるが、ブラジルは44分にクロドアウドのゴールで追いつき、後半残り15分を切った所でジャイルジーニョとリベリーノが得点し3-1で勝利する。クビヤの本大会の得点はこれ1点のみだが、三菱ダイヤモンドサッカーの金子アナに個人技ナンバーワンと称され、ちょっとトップアスリートと言い難いお腹の膨らみかけたおっさんで勝負を度外視して心からサッカーを楽しんでいるようなプレーだったと記憶している。
さてもう1試合のイタリア対西ドイツは壮絶な打ち合いとなった。前半8分にイタリアのボニンセニアが先制点を上げ、西ドイツは後半アディショナルタイムに右SBのシュネリンガーが同点弾を決める。西ドイツはミュラーが延長前半4分と後半5分に得点するが、延長前半8分にブルニチ、14分にリヴァ、延長後半6分にリベラが得点したイタリアが4-3で決勝進出を果たす。実は覚えている得点シーンはイタリアの3点目となったリヴァの左45度からの利き足の左足のミドルシュートとリベラの決勝点のみである。リヴァはカリアリ所属のエースストライカーで、サルジニアの太陽と称され、代表でも通算35点を上げている。いかつい風貌と分厚い胸板が印象的な選手だった。一方イタリアの決勝点は左からのクロスを中央でどフリーになったリベラがワンタッチで右足のインサイドキックで左隅に流し込んだもの。蹴り終わったリベラと逆を衝かれて無念そうにボールを見送るGKマイヤーと二人の間で棒立ちのベッケンバウアーが写った印象的な写真があった。実はベッケンバウアーはこの試合中に肩を脱臼したが、後半18分までに2人の交代枠を使ってしまったドイツはテーピングをしてベッケンバウアーに出場させ続けるしかなかったのである。120分中96分をリードされた状態でプレーしたドイツにとっては準々決勝での延長の疲れもあって非常にきつい試合だったことだろう。
話はだいぶ逸れるが、大会の数か月前(前年かもしれない)にサッカーマガジンが”クラマーが選んだ世界のベストイレブン“という記事を載せ、11人の選手が似顔絵と共に紹介された。GKはソ連のヤシン、DFは西ドイツのシュネリンガー、イングランドのムーア、アルゼンチンのペルフーモ、イタリアのファケッティ、MFはイングランドのチャールトン、西ドイツのベッケンバウアー、イタリアのリベラ、FWは北アイルランドのベスト、ブラジルのペレ、イタリアのプラティである。直接W杯を意識した記事ではないので、W杯に出場していないアルゼンチンや北アイルランドの選手も含まれている。ポジションごとにサブの選手も挙げられてGKにはイングランドのバンクス、LWにはユーゴスラビアのジャイッチ、CFにはポルトガルのエウゼビオなどの名前も見られたが、クラマー氏らしく「メキシコシティ五輪時の釜本は世界のベストイレブンに匹敵する」とCFの控えに挙げている。そんな中MF3人については「彼らに代わる者はいない」と断言し、控えの選手を挙げなかった。そんな訳で、この記事で初めて知ったリベラには注目していたのだが、ふたを開けてみるとイタリアのゲームメーカーはマッツォーラだった。予選リーグ3試合のメンバー表は手元にないが、準々決勝以降の3試合ではマッツォーラが先発し、リベラは準々決勝と準決勝では後半開始から出場しているが、決勝では大勢が決していた後半39分から出たのみである。一方クラマーがLWに挙げたプラティは登録22人には入っていたが、見た記憶がない。少なくとも準々決勝以降は出場していない。今回調べてみて、なぜクラマーがこの二人を選んだのかわかった。彼らはACミランの所属で、ミランは1967-1968のセリアAを制し、1968-1969のUEFAチャンピオンズカップを制し、1969インターコンチネンタルカップも制して世界一になっていたのだ。リベラは1969年にバロンドールを獲得し、プラティは1967-1968セリエAの得点王で、1969年にはUEFAチャンピオンズカップ決勝でハットトリックを決めている。クラマーがサッカーマガジンの企画を引き受けた時、ちょうどACミランの二人の活躍が印象的だったのだろう。一方イタリア代表のバルカレッジ監督はカテナチオ戦法を標榜し、クラブチームのACもインテルも率いた経験は無いもののインテルのDFファケッティを代表チームのキャプテンとし、インテルのマッツォーラをゲームメーカーにしたのだ。事実リベラはカテナチオを批判し、メディアから「走らない、守備をしない、泥まみれにならない」とこき下ろされる事もあったという。1964年東京五輪でイタリア棄権の原因となったプロ選手2名がリベラとマッツォーラだったという笑い話のような裏話もある。一方のプラティもセリエAの得点王は1度のみで、その前年と翌年、翌々年の3度得点王となったリヴァより下に見られたのはやむを得まい。
さて3位決定戦はドイツがウルグアイを1-0で下す。この試合以外の5試合で得点したミュラー(24歳)が西ドイツの全17得点中10点を上げ大会の得点王に輝く。
ブラジルとイタリアの決勝は前半18分にブラジルが先制する。左サイド、ゴールラインから5~10mほど手前でのスローインをリベリーノが利き足の左足でワンタッチで山なりのクロスを上げ、ゴール右のゴールエリアのすぐ外でペレがヘディングシュートを右下隅に決めた。身長はイタリアDFより低かったはずだが、位置取りとジャンプ力が光った。イタリアは37分にボニンセニアのゴールで追いつく。同点で迎えたハーフタイム後、ブラジルはわざと遅れて出てくる。正午開始だから、まだ13時前でイタリアイレブンはじりじりした太陽の下で待たされる。ブラジルが出てくると同じ大陸のよしみか観衆が大歓声で迎える。準決勝での死闘の疲れとこのような心理戦にもよってイタリアは後半守勢に回る。21分にMFゲルソンのミドルシュートでリードを許すと、26分にジャイルジーニョ、41分にアルベルトの追加点を許して1-4で敗北する。4点目は珍しく左サイドに回ったジャイルジーニョからのパスをゴール正面で受けたペレが右前のスペースに流し、走りこんだ右SBのアルベルトがワンタッチでゴール左隅に突き刺したもの。右足のアウトフロントで、かすかにスライスがかかったものの曲がりより速さが際立った強烈なダメ押し点だった。このゴールシーンもペレの先制点と共に三菱ダイヤモンドサッカーのオープニングに採用されている。今大会でのアルベルトの得点はこの1点のみ。個性豊かなブラジルチームをまとめた25歳のキャプテンに、29歳のペレが御祝儀として譲ったような形だが、シュート自体も素晴らしく、観衆は熱狂し、我々サッカー仲間はこのシュートパターンを繰り返し練習し「やっぱりできないなあ」と嘆くのだった。
尚、Jリーグ創立後まもなく名古屋グランパスで活躍した長身DFのトーレスがアルベルトの息子と知ったのは本記事の執筆中である。
全6試合で得点という快挙を成し遂げたジャイルジーニョが7点、ペレが4点、リベリーノが3点、トスタンが2点、クロアドアウド、ゲルソン、アルベルトが各1点、計19点を上げブラジルは6戦全勝で優勝した。地区予選から本大会まで全試合で勝利したチームはこの時のブラジルのみだという。ザガロは選手と監督でW杯優勝を経験した初めての人物となった。

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