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やばい人が会社にいるが、自分もまた「やばい人」かもしれない

例えば
「笑いごとじゃないんですけど」
が口癖の人がいます。

「こんなことがあった」
「あんなことがあった」
と色々な苦労エピソードを話したあとに笑うので、
こちらも調子を合わせて笑うと、お決まりの
「笑いごとじゃないんですけど」(真顔)
を繰り出します。

また、部下が本社と現場の意見が食い違って困っていたときに、本社の上司が
「おれの言うことを聞けよ!アイツ(現場の人)よりおれの方が役職上なんだよ!」
と怒鳴ったことがあります。

やばいです。色々やばい。

わたしは、なるべくオカシイことはオカシイと、それも陰口でなく本人に言うように心がけていて、
それが若者でもなく出世を控えた身でもない、一般職だが一応正社員のおばさんとしての務めだとも勝手に思っているので

「笑いごとじゃないんですけど」の人には
「だってそっちが笑うから気を遣って笑ったのにー」
と言い返しますし

「おれの言うことを聞けよ!」の人には
「わたしは大きな声を出されると自分への言葉でなくても委縮してしまうので、あのようなことは二度としないでいただけると助かります」
とお伝えしました。

やばい人は、自分のやばさに気付いていないと思います。

パワハラ体質の人は何度注意されても同じことを繰り返すし、
ヘイト発言をする人は周りが明らかにシラーっとしていても、
またわたしが「そういうことは言うもんじゃありませんよ」と注意しても、同じようなことをまた公衆の面前で言ってしまいます。

はたと、わたしのやばさって何だろう、と考えたときに
「空気読まずに本人に言いたいこと言ってしまう」
ことなのかなと思いました。

(実際は空気を読んだ上で、ここはわたしが言うべきだろうと判断して断行しているわけですが)

でもね。
やばい人は、自分のやばさに気付いていないと思うんです(二度目)。

ということは、わたしは多分、わたしのやばさに気付いていません。
わたしの知らないわたしのやばさがあるはずで、
それは知りたいような、知ったらいけないような

全然やばくない普通の人と思われているのもつまらないような
いずれにしろ多分知らずに生きていったほうが幸せのような

そもそも誰からみてどうやばいのかは人によって見解が異なるだろうし、
まあ結局

みんな違ってみんなやばい

のかなと思っています。

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