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貴方の心を溶かすので。


"あなたの太陽みたいな暖かさが私の心の氷を溶かしたの‼︎"


そう言ってテレビのイケメン俳優に抱きしめられる女優を見て思う。


溶けて仕舞えば"水"にでもなって液化するだけだろ。

なにが"太陽"だ。


——あぁ、クソしょうもねぇ。


テレビの電源を消して、少し夜風にでもあたろうと家を出る。


時期で言えば秋。


とは言っても近年稀に見る寒波が来てるらしく体感ではもう1月ほどだろうか。


枯れ葉がまばらについた木々の並木を歩いていく。


ただ街灯が10メートルおきにあるくらいで外は明るくも暗くもなかった。


その中で、僕の前にただ一人だけ歩いている人を見つけた。


後ろ姿から推測するに女性。


後ろ髪が長く、歩く度に右往左往している。


そんな時、突然彼女が振り返った。

♢♢♢

今思えば、この時にはもう惚れてたんだと思う。


生まれて初めての恋だった。

「飛鳥は、水でもいるか?」

『ん。』


飛鳥と同じ大学とわかり追うようにして入ったサークルの飲みの二次会。

「はい。」

僕はコップに"氷"を入れて水を冷やして渡した。

『なに?私を"氷の女王"とでも言いたいの?』

「あはは…自虐ネタはやめてよ。」

飛鳥はサークル内でも大学内でも発せられる雰囲気から"氷の女王"と呼ばれている。

『まぁ、ありがと。』

周りの皆は酔い潰れている。

ある一人は見た事もないくらいに甘えた声で彼女らしき人物の名をあげているのが可笑しい。



またある一人は"ママぁ"なんて…大学生だぞ。

「みんな寝てるね。」

僕はチビチビと水を飲んでいる飛鳥を横目に言った。

『まぁ、みんな飲みすぎだよ。』

「確かに。」

誰かがつけたままにしている換気扇の音だけが部屋に響く。

「飛鳥はなんでこんなサークルに入ったの?」

ただ1週間に2回飲みに行っては酔い潰れての典型的なダメ大学生の過ごし方。

それを促進するサークル。

どうも"氷の女王"が入るには違和感を感じた。

『好きな人いるから。』

「え?」

僕は思わず飛鳥の顔を凝視してしまう。

『ふふっ…なに氷の女王に"太陽"があるのかって?』

「いやいや、そんなことは言ってないけど…誰なの?」

『バカだよね。ちょっと優しくされたら、溶かされたみたい。』

飛鳥は名前を出さずにそう言うがきっとアイツだ。

ただ女を喰っては捨てて、それでも顔も良ければ話も上手い。そんな奴。

「●●さん?」

『ふふっ…大正解。』

「もう、飛鳥は溶けきったの?」

『んー、どうだろうね。でも最近はまた"氷"出来てきたかも。』

「そっか。●●さんあんまり良い噂は聞かないよね…」

僕は余計なお世話かもしれないと感じながらも正直にモノを言った。

『まぁね…○○はいないの?ほら、さくちゃんとか可愛いよね』

「僕は…まぁどうだろうね。」

"飛鳥だよ"なんて言えない。

臆病者なんかじゃない。

きっと伝えてしまえば僕は飛鳥とこうして話してはいられないから。

『まぁ、頑張りなよ。さくちゃんもいっぱいライバルいるからね。』

「まぁ、●●さん程では無いと思うけど。」

『良い勝負だよ。さくちゃん隠れファン多いんだから。』

「てか、遠藤さんじゃ無いし。」

『へぇ、じゃあ"わたし?"』

思わずチビチビ飲んでいた水を吹き出しそうになる。いや、少し垂れてしまった。

「は、はぁ?ちょ、ちょっとやめてよ。」


『あれ?もしかして正解?』


「さ、さぁ、どうでしょう。」



図星すぎて何も言えない。


『ふふっ…なによそれ。でも私なんかやめときなよ。』


「どうして?」


『私は"氷の女王"だよ?私の"氷"はきっと分厚いから。』




"それなら僕が"太陽"なんかよりももっと熱い男になるよ。"

なんて、僕は出かけた言葉を水でグッと押し込んだ。


飛鳥のコップに入れた氷は確かに少しずつ溶けていた。

♢♢♢

「あーすかっ」

1限の終わりにカフェに立ち寄るとあの飛鳥の背中が見えたので思い切って話しかけてみた。

『…』



反応せずにどこか一点を見つめ続ける君。

「どうしたの?」

そう言いながら僕は飛鳥の目線の先に目を移した。

そこにいたのは、楽しそうにお茶をする●●さんと遠藤さんの姿。

「飛鳥?大丈夫か?」

『○○か…あの二人仲良いよね…』

「んー、まぁ見る限りはな」

●●さんが遠藤さんの右手に触れながら笑って話してる。

遠藤さんも満更でも無さそうに笑顔で応じる。

幸せとはこういうものかと再認識させられそうだ。

『んー、あの二人付き合ってんのかな。』


飛鳥は心ここに在らずというような感じでそう言った。

「この際、良いんじゃない?」


僕は無関心を装うようにして言った。

『…』

「諦めれるじゃん。だって正直●●さんクズだよ。どうしようもないほどの。」

『…』

「どうしたの?大丈夫、きっとあんなやつより良い人なんて沢山いるから。」

『…』

僕は何を言っても反応がない飛鳥の顔を覗き込む。

『…あのさ』




飛鳥は僕の目をさすようにしてボソッと呟いた。


———"それ本当に私の気持ち考えて言ってる?



「え…?」


『ごめん…ちょっと風に当たってくるね。』

そう言って飛鳥は立ち上がりこの場を立ち去ろうとする。

「飛鳥……‼︎」

僕の振り止める声なんか届いてないように飛鳥はこの場を後にした。

何がいけなかったのか。

本当の事を言っただけのつもりだった。


それでも飛鳥にとってはきっと………


♢♢♢


次に飛鳥に会ったのはサークルの飲み会だった。

「飛鳥…この前はごめん。」

僕は一人でチビチビと酒を飲む飛鳥の隣に座って声をかける。

『ん。』


「本当に悪かった。ごめん。」

少しだけ気まずい沈黙が流れた。

そして…飛鳥が口を開いた。


『私さ…この前●●さんに告白したの。』

「え…?」

『ふふっ…バカだよねぇホント。なんなんだろう。やめとけって言われたのに。』

飛鳥は悲しそうに笑う。

その声を聞くだけでこっちまで心が締め付けられる。

『"好きでした"って言ったらなんて言われたと思う?じゃあホテル行こうって。馬鹿じゃないの。』



『嫌ですって言ったら、じゃあ何の為に告白したの?ってホント私ダメみたい…』

口数が決して多くない飛鳥がここまで気持ちを吐露することは初めてだった。

「…」

『ははっ…ごめんね、こんな事。』


飛鳥の乾いた笑いは今にも瞳に潤いをもたせそうだった。

「あのさ…飛鳥。俺じゃだめかな。」

僕は今まで言えなかった正直な気持ちをぶつけた。弱々しい声だった。

「俺なら飛鳥を悲しませない…」

『ふーん。本当に?この前悲しかったけど?』

「あ、あ、あれは違う。」

『ふふっ…なにテンパってるの。でも、私もごめん。正直周りが見えてなかったの。』

「恋は盲目ってやつかな?」

『ふふっ…そうだね。』

僕らの関係が元に戻れた…気がした。

そんな時だった。

「お、飛鳥じゃん。なになにもう浮気?」

ダボっとしたジーパンを着たアイツがきた。

「なんですか?」


僕はすぐに立ち上がり飛鳥の前に出る。


「お前、○○だよな?人の女に手を出すなよ。」

威圧的に僕に迫ってくる。身長は180はあるだろうか。

「あなたの?笑わせないでください。」

僕は負けじと睨み返す。

ここで負けたらきっと僕は飛鳥の"太陽"なんかにはなれない。


「俺のだよ?だって俺のこと好きだし。」

「それなら…●●さんは飛鳥の何なんですか?」

「んー、お洒落に言うと"太陽"かな。」

「は…?」

思ってもない答えに僕は少し身じろぎしながらも睨み続ける。

「じゃあ逆に君は飛鳥のなに?」

僕は飛鳥にとって——


何なのだろうか。想い人でもなければ、おしゃれな言い回しもなかなか思いつかない。

"太陽?"いや、ここでソレは間違いなく違う。

それなら、なんだヒーターか?いや、太陽よりか温度も低けりゃお洒落でも無い。

それなら——


「俺は飛鳥の" 水 "だ。」


「は?なにそれダッサ。あははっ、めっちゃおもろいんだけど。こんなやつ置いといて、飛鳥もあっち行かない?」

そう言って●●さんは飛鳥の手を取る。

飛鳥も手を伸ばす。

あぁ、やっぱり自分じゃダメなんだ。

そう思った時だった。

———パチンッ

飛鳥が●●さんの頬をぶっ叩いた。

そして僕の手を取った。

『○○‼︎行こう‼︎』

そう言って外に走り出す。

"おい待て"なんて声は聞こえないフリをして全力で走った。

♢♢♢

行き着いたのはまばらに枯れ葉のついた木々が並び立つ通り。

ただ街灯が10メートルおきにあるくらいで外は明るくも暗くもなかった。

「飛鳥…」

一つの街灯の下、僕は飛鳥を呼び止める。

『ふぅ、疲れたね。』

「なんで…」

『ふふっ…こっちのセリフだよ‼︎なに"水"って馬鹿にしてるの?』

飛鳥は小馬鹿にするようにニヤニヤとしてそう言った。

「馬鹿にしてなんかいないよ。」

さっきまでの雰囲気からは考えられないくらいの真面目な表情で僕は飛鳥を見つめた。

『え?』

「俺さ、恋って何か知らなかったんだ。飛鳥に出会うまでは。」

『ふふっ…いきなり何言ってるの。』

「"クソしょうもねぇ"って思ってた全てに色が付いたんだ。」

『やめてよ。私にはそんな力は無いよ…』

飛鳥の言葉を無視して僕は話を続ける。

「だからさ、飛鳥は俺の"太陽"なんだ。俺の"氷"を溶かして、"水"になったんだ。」

飛鳥の瞳が潤み始める。

「飛鳥は"氷の女王"なんかじゃない‼︎」



「だから、だから…"迷惑じゃなければずっと僕のそばにいてくれませんか?"」


『…私なんかで良いの?』

「飛鳥が良いんだ。」

『たまに氷河期になるかもよ?』

「その時は僕も氷になるから二人でくっついて暖め合おうよ。」

僕はそう言って飛鳥を力強く抱きしめた。

『あったかくないね。』

「仕方ないよ。"水"と抱き合ってるんだから。」

『ふふっ…確かに。』

「よろしくね。"太陽"さん」

『なに?もう氷河期?』

「ふふっ…じゃあずっと抱き合ってなきゃ。」

誰かにクソしょうもないなんて思われても良い。

それでも、この恋だけはずっと続いてくれ。

———ただそれだけを願いそっと唇を寄せた

…end

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