Geniuses of Movie  ~『ストップ・メイキング・センス』の映画史的試論~

 『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』を観た。2024年2月2日に公開されたものの上映規模がそれほど大きくはないためこれから劇場に見に行ってほしいというのは正直難しいかもしれない。今から私がしたいと思っているのは現代的文化愛好屋の悪癖に違いない『ストップ・メイキング・センス』の映画史的文脈確認である。とはいえ、私は研究者ではないため通時的・共時的な厳密な意味での「映画史的文脈」を整理するのでなく『ストップ・メイキング・センス』にかかわった映画人がその前後に何をしてきてその後どうしたかを概略的に触れるだけである。『ストップ・メイキング・センス』という映画そのものの良さは筆舌に尽くしがたく、それでも何とかしてこの映画について書きたくて仕方がない私はこういう回りくどい手段を取ることにした。この映画の素晴らしさを真っ正面から語るための言葉を私が持たないことをどうかご容赦願いたい。

1.デヴィッド・バーン

 まず「『ストップ・メイキング・センス』はトーキング・ヘッズというアーティストのライブの様子を収めた作品である」という最も端的な説明から想起されるのはトーキング・ヘッズのメンバーであるデヴィッド・バーンのライブ映像を収めた2020年公開作品『アメリカン・ユートピア』ではなかろうか。実際『アメリカン・ユートピア』公開当時まだ日本での上映権が切れてなかった『ストップ・メイキング・センス』との抱き合わせでのスタンディング上映企画が各地で開催されていた。バーンの映画界での活動はその2作品が有名だが他にも86年監督作『デヴィッド・バーンのトゥルー・ストーリー(原題:True Stories)』の公開や翌87年『ラスト・エンペラー』での坂本龍一、蘇聡(スー・ツォン)と共同で担当した映画音楽でのアカデミー作曲賞受賞などの功績も忘れてはいけない。ちなみに今は亡きSHIBUYA TSUTAYAで『デヴィッド・バーンのトゥルー・ストーリー』をDVDレンタルして見たことがあるのだが、当時はあまりに抽象的なテーマについて行けず何だかよく理解できなかった。やたら印象に残っていたのは主要キャラのひとりを演じたジョン・グッドマン。この映画に出演後ほどなくして彼は『赤ちゃん泥棒』『バートン・フィンク』『ビッグ・リボウスキ』などコーエン兄弟の作品群で怪演を評価される。

2.ジョナサン・デミ 

 『ストップ・メイキング・センス』の話となると強烈な印象を残すボーカル、デヴィッド・バーンのイメージが先行しがちだが実際はこの映画もトーキング・ヘッズというバンド自体も彼のワンマンで成り立っているものではない。トーキング・ヘッズはバーン以外にもティナ・ウェイマス、クリス・フランツ、ジェリー・ハリスン全員が稀有な才能を発揮している奇跡的なバンドでありそのさまを確認できるのが『ストップ・メイキング・センス』なのである。そしてその傑作ライブドキュメンタリーを監督したのがジョナサン・デミという名匠なのだ。ジョナサン・デミと言えば91年『羊たちの沈黙』でアカデミー賞主要部門を総なめにした偉業が最も印象的だが、そんな彼もキャリア初期にはロジャー・コーマンのもとで『クレイジー・ママ』など低予算映画の製作をしていた。その後80年『メルビンとハワード』が高く評価され84年『スイング・シフト』86年『サムシング・ワイルド』88年『愛されちゃって、マフィア』などコンスタントに作品を作り続けていた。その間の84年に製作されたのが『ストップ・メイキング・センス』である。今回の上映に際して作られたパンフレットでティナ・ウェイマスが『メルビンとハワード』でデミのファンになったこと、クリス・フランツが『女刑務所・白昼の暴動』『メルビンとハワード』をデミとの初体面前既に評価していたことや『サムシング・ワイルド』に影響を受けたことなどが書かれていて80年代デミ作品の評価の高さが感じられる。個人的な印象でジョナサン・デミに関しては『羊たちの沈黙』とそれ以降の作品、例えば『フィラデルフィア』や『クライシス・オブ・アメリカ』のイメージが強かったのだがそういう大作やサスペンスの作風以上に80年代の作品群での人間への眼差しが有識者の中で高く評価されているような気がする。ここ数年はGucchi’s Free School主催の企画の中で『メルビンとハワード』『愛されちゃって、マフィア』の上映があり好評を博していたので、日本でなかなか見られない80年代デミ作品が今後もまた上映、さらに言えばソフト・配信化されるのを願っている(ちなみに2024年2月現在『愛されちゃって、マフィア』は配信、『サムシング・ワイルド』はTSUTAYAレンタル有)。

3.ジョーダン・クローネンウェス

 ジョナサン・デミ監督作のスタッフを見てみると80、90年代のほとんどを撮影タク・フジモト、編集クレイグ・マッケイが担当しているのだが『ストップ・メイキング・センス』は『スイング・シフト』と撮影時期が被っていたことから普段と異なるがまた才能に恵まれたスタッフを多く起用している。撮影監督のジョーダン・クローネンウェスは82年『ブレード・ランナー』(監督リドリー・スコット)での仕事が最も代表的で、他にも86年『ペギー・スーの結婚』87年『友よ、風に抱かれて』のフランシス・フォード・コッポラ監督作での仕事も挙げられる。個人的に77年『ローリング・サンダー』の撮影もしていたのが意外だったので早いうちに見たいと思っている。ちなみにジョーダンの息子のジェフ・クローネンウェスも撮影監督をしていて今回の4Kレストア時の視覚面における協力をしている。ジェフは『ファイトクラブ』以降のデヴィッド・フィンチャー作品の多くで撮影監督を担当し『ソーシャルネットワーク』『ドラゴン・タトゥーの女』でアカデミー賞にノミネートされている。こう見てみると親子そろってエイリアンシリーズで頭角を現した監督のもとで素晴らしい仕事をしていてとても面白い。リドリー・スコットはジョナサン・デミの『羊たちの沈黙』の続編『ハンニバル』の監督もしている。完全な私見だがシリーズ化しがち、させがちなリドリー・スコットはけっこう色んな文脈で顔を出しがちな気がした。

4.リサ・デイ またはハル・アシュビー

 編集はリサ・デイ。82年のライブ映画『ザ・ローリングストーンズ』を手がけた後に『ストップ・メイキング・センス』の編集を担当した。リサ・デイが編集した『ザ・ローリングストーンズ』の監督であるハル・アシュビーは『ストップ・メイキング・センス』のSpecial Thanksの最初の方にクレジットされていて、当時彼が開発したシステムで全ショットを同時に見ながら編集作業ができたのはリサ・デイの功績に違いない。ハル・アシュビーは『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』『さらば冬のかもめ』『帰郷』『チャンス』など70年代に傑作を立て続けに世に出した偉大な監督のひとりである。彼のキャリアの最初もまた編集であり名匠ノーマン・ジュイソンのもとで『シンシナティ・キッド』『アメリカ上陸作戦』『夜の大捜査線』『華麗なる賭け』といった名作を手がけ『夜の大捜査線』でアシュビーはアカデミー編集賞を受賞している。ちなみにノーマン・ジュイソンは60年代から90年代までコンスタントにヒットを飛ばし続けたこれまた名監督であり代表作にアカデミー作品賞受賞作『夜の大捜査線』、アカデミー賞候補作『屋根の上のバイオリン弾き』、ベルリン国際映画祭監督賞受賞作『月の輝く夜に』がある。他にもスティーブ・マックイーン主演『シンシナティ・キッド』『華麗なる賭け』、シルヴェスター・スタローン主演『フィスト』、アル・パチーノ主演『ジャスティス』など有名俳優の作品も多く撮っている。実はジュイソンの82年監督作『結婚しない族』の撮影監督がジョーダン・クローネンウェスであり別の文脈でも彼に辿り着くのだった。ジュイソンは21世紀に入ってからほとんど監督の仕事をしておらず動向が分からなかったがつい先日2024年1月20日に97歳で亡くなったことが報じられた。

5.ポール・トーマス・アンダーソン

 今回の4Kレストア版のSpecial Thanksのクレジットに現代映画界きっての名匠ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)の名前が見つけられた。PTAがNetflixで撮った短編映画『ANIMA』はレディオヘッドのトム・ヨークとの共同作業であり、PTA→ジョナサン・デミ、レディオヘッド→トーキング・ヘッズへのそれぞれの意識が感じられる。この作品に限らずPTAはレディオヘッドのメンバーであるジョニー・グリーンウッドを『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以降の音楽に起用していて繋がりは深い。というかそもそもレディオヘッドというバンド名自体トーキング・ヘッズ由来である。

 PTAがジョナサン・デミ作品にクレジットされたのは一度ではなく2002年『シャレード』でもSpecial Thanksで名前が挙がっている。この『シャレード』は63年にオードリー・ヘップバーン主演で撮られた作品のリメイクになっていて主演にアフリカにルーツを持つタンディ・ニュートンを起用し『シャレード』以外にも様々な映画オマージュにあふれる異色の作品になっている。オリジナル版の『シャレード』を監督したのはミュージカルやコメディで傑作を作り続けたスタンリー・ドーネンであり、『ストップ・メイキング・センス』でもデヴィッド・バーンのステージパフォーマンスにドーネンの監督作、例えばフレッド・アステア主演『恋愛準決勝戦』で運動器具を使って様々なダンスをするシーンに類似するものがあり映画からの影響が感じられる。ドーネンはほかにもジーン・ケリーと共同監督での大傑作『雨に唄えば』やオードリー・ヘプバーン主演作『パリの恋人』『いつも二人で』などを監督した。

6.あとがき

 このとりとめもない文章は『ストップ・メイキング・センス』を貫く様々な文脈の中からほんの一部を抽出し私の好きな映画監督を恐れ多くも紹介したに過ぎない。まとまりを欠いた読みづらいものになってしまったが、それほど映画というのは関わっている人間が多くその人間の数だけ文脈が生まれるものなのだと書きながら実感した。ここに書き連ねた作品はほとんどが名作であるにもかかわらずまだ見れていないものがたくさんあり、たかだか130年弱の歴史しかない映画という分野にしてこの手に負えなさ、ただただ途方に暮れるばかりである。

7.参考文献

「ストップ・メイキング・センス 4Kレストア」パンフレット
IMDbほか映画データベースサイト

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