ニュートラルでありたい。
いろんな価値観があって、いろんな生き方がある。ただそれだけのことなのに、溢れる情報の中に、暗に良し悪しや優劣がつけられているようなものを感じることがある。そういうものはスルーしているが、瞬間覚える閉塞感は後味が悪い。
大事なのは、人それぞれがあるということ、それだけなのに。
昔から、一つのグループやコミュニティに縛れるのは窮屈で好きでは無いので、どんなに仲の良い人とでも「いつも一緒」ということが、あまりない。旧い親友も、その辺がとてもよく似ている。
したいことがあれば、ひとりで行ってみたい。初めての人達の中で、新しいことをしてみるのは面白い。
目の前のことに取り組む中で、似たような取り組み方の人も居れば、結構違う、いや、全然違う人も居て、いろんな考え方や、物の見方を、いろんな形で聞いたり教わったり出来るからだ。
人には、いろんな背景があって、いろんな考え方があって、いろんな価値観がある。どこでどのような生活をしていても、一度しかない人生を、そこにしか世界がないような、決められた考え方しか出来ないような、生き方の道がそれしか許されないような、そんな錯覚を覚えるような生き方はしたくない。
だからこそ、自分の在処はニュートラルな場所に置いておきたい。生身の人間、心は揺れることがあっても当たり前だと思う。ただ、心は揺れても、自分自身はニュートラルでありたいと思うのだ。
本当は、先入観の無い状態なんてあり得ないとは思うから。私自身にも価値観があるわけで、それをベースに生きている中で、偏見も先入観も無いなんて言い切れないから。
それでも、だからこそ、ニュートラルでありたい。そう意識していたい。
自由で、心地よく生きるために。
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