渡の周りは才ばかり 4話

 「あーーーー。暇だあああああ」
 四月末、連休前の昼下がり、日差しは既に強くなっていてもう空気は熱を帯びていた。
 「どうした才花。ぐでっとして」
 「やあ、渡さんや」
 机に脱力して突っ伏しながら、才花は顔だけ隣の席の渡の方へと向けた。彼女の柔らかい頬が机でもちのようにつぶれていた。
 「今日ってもうこれで授業終わりでしょ?」
 「おん。そうですね」
 「でさ、職員研修でさ、なんか部活もオフになっちゃったんだよね」
 「はあ、よかったじゃん」
 渡の言葉に、才花はばっと上体を起こした。
 「いいわけ、あるかーーーー!」
 才花の叫びは教室中に響いて、そこにいた全員の視線が左前方にある二人の席の方へと集まった。
 「おい、才花。うるさい」
 「あ、ごめん。つい」
 才花は舌を出しながら、ぺこぺこと集まった視線に頭を下げた。
 「で? 部活が無くなってお前は寂しいと、そういうこと?」
 「そうなんですよぉ。部活のない放課後なんて…」
 才花は少し考えるようにした。それに対して渡は、何を考えているのかと首を傾げた。
 「部活のない放課後なんて?」
 「そう、部活のない放課後なんて」
 「なんて?」
 「部活のない放課後なんて、部活のない放課後なんです」
 「いい例えが思いつかなかったのね」
 「そんなことはどうでもいいっ。とにかく私はバスケがしたいっ」
 闘志を秘めた握りこぶしが、才花の右手に作られた。
 「というわけで、東高の近くの公園にあるコートで本日はバスケをします」
 「お、おう。がんばれ」
 「もちろん来てくれるよね?」
 才花はそのつぶらな瞳を輝かせて、渡にあざとく笑いかけた。
 「ごめん、今日はちょっと用事があって」
 渡も爽やかに微笑み返した。
 「さらっと、断るんじゃあないよ。あんた、私の友達じゃあないのかい?」
 「嬢ちゃん、友達って言葉は、そう安々使っていい言葉じゃあないんだぜ」
 「じゃっ」とカバンを持ってその場を立ち去ろうとした渡だったが、制服の裾をつかまれて軽くのけぞった。
 「おいおい、危ないでしょうが」
 「ねえ、本当に来てくれないの?」
 今度は寂しそうに俯きながら、才花は言った。優しく吹き入った風が彼女の切り揃えられた前髪を揺らしてその長いまつげが陽光によって輝く。
 「今日はちょっと…」 
 「だめ?」
 才花は拗ねる子供のように口を尖らせた。ただ、その唇に幼さは感じない。どころか、ぷっくらと紅く艶やかなそれは、大人びていてそこはかとない妖しさを放って―。
 「お前それ、自分が可愛いと思いながらやってるだろ」
 「あ、ばれた?」
 「ばればれです」
 「可憐な少女を演じれば来てくれるかと思って。可愛くなかった?」
 「可愛くはあった。が、そもそも可憐な少女は一般男子高校生の服を片腕だけで引っ張って引き留めるほどの力なんてない。しかも座ったまま」
 「え? そうなの?」
 「うん。そうだよ。何なら俺。結構な力で振り切ろうとしたからね。ちょっと男としての自信失いそうになったよ」
 「大丈夫。今の時代多様性だから。力のない男性が居たっていい」
 才花はニコっとした。
 「まあ、そうかもな」と出まかせに言葉を吐きながら、渡の目は確かに才花の捲れた袖から見える腕を捉えていた。
 ぱっと見では細身、それでもよくよく見るとがっしりと筋肉の詰まった、何かの賜物がそこにはあった。
 「ねえ、本当に駄目なの?」
 「うーん。え、バスケ部の人は誘ったの?」
 「うん。朝誘ったんだけど、全員にやんわりと断られた。ちなみに男バスの人にもね。皆今日は休みたいんだってさ」
 才花はさっきと違って、本当につまらなそうに口を尖らせた。
 「それなら行きますか。久しぶりに体を動かすのもいい気がしてきたし―」
 「ほんと?」
 才花は満面の笑みでとても嬉しそうにした。渡が「うん」と頷くと、才花はその目をキラキラとさせて後ろを振り返った。
 「秋、圭介っ。渡も来てくれるって」
 「おお、そうか」
 「え、あの二人も?」
 「うん。二人もオフらしくて、誘ったらいいよって」
 「なら俺はいなくても―」
 「よっしゃ、お前らツーオンツー祭りじゃあ」
 テンションの上がり切った才花に渡は流されるまま、晴天と言っていい真っ青な空の下へと降り立った。

 「ヘイッ。渡こっち」
 「決めてくれいっ」
 「よっしゃ」
 才花がシュートを放った。彼女の手から離れたボールは、滑らかな放物線を描いて、何の迷いもなくただゴールへと向かった。そして、パシュッと小気味良い乾いた音と共にリングの中へと吸い込まれ、ネットが弾ける。
 「ナイシュー!」
 「うぃー」
 パチンと才花と渡はハイタッチした。
 「と、いうわけで、私たちの勝ちっ」
 真南より少し西にずれた太陽。才花はピースを二人に向けながら、その煌めきに劣らないほど明るく笑った。
 全員の額からは汗がにじみ出ていた。
 「渡、お前なんだかんだ動けすぎだろ」
 「ほんとに。生物研究同好会ってもしかして運動部なんじゃない?」
 圭介と秋は膝に手を突きながら息を切らしていた。
 「いやっ。俺っ。ほぼ何もしてないってっ」
 渡はその場に倒れ込んだまま、その胸を大きく上下させていた。
 「ほぼっ。この化け物が点取ってたって」
 そう言って指さすのは、やる気満々、他三人制服ズボンにワイシャツの中、短パンに半袖Tシャツの少女。
 「人を化け物って呼ばないでください。傷つくから」
 才花はボールを人差し指の先でくるくると回しながら言った。
 「それよりも。お二人さん、私なんだか喉乾いてきちゃったなー」
 才花はわざとらしく手を内輪のようにして扇いだ。
 「はいはい。買ってきますよ。ほら、何がご所望で?」
 圭介がのっそりと上体を起こしながら尋ねた。
 「スポドリでお願いします」
 「はいよ。渡は?」
 「え、俺もいいの?」
 「ああ、いいぞ」
 「じゃあ、俺もスポドリで」
 「オッケイ」
 圭介は「ほら、秋行くぞ」と、バスケットコートの隣の公園入り口にある自販機の方へと向かった。
 「私たちもあっちで休もっか」
 そう言って才花は「ほら」と渡に手を差し出した。渡は「どうも」と、それをつかんで起き上がる。まだ荒い呼吸をしたまま、渡は才花と一緒に公園隅の木陰のベンチに向かった。
 「それにしても、渡もやるね。良い動きしてたよ」
 「そりゃどうも」
 「まあでも、体力がねぇ」
 「当たり前だわ。運動部三人についていけるわけなかろうが」
 涼みながらベンチに座る二人。そのすぐそばには平屋程の高さの木が並んでいた。また後ろは背の高さほどのフェンスとなっていて、奥の道には人や車の往来が偶にあった。
 「まあでも、まさか秋があそこまでバスケできないとは思わなかった」
 「確かに、俺もあのドリブルには驚いたわ」
 「やっぱり普段足ばっか使ってるから難しいんだね」
 「かもね」
 二人の間を流れる風は涼やかで、二人して目を瞑って肌の表面に残った汗を拭い取ってもらっていた。
 「おまたせ。ほら、どうぞ」
 そこへ戻って来た圭介が一人、自分の分と二人の分のスポーツドリンクを抱えてやってきた。
 「ありがとう」
 「ありがとう。まあ、悔しかったらいつでもリベンジ待ってるから」
 才花は鼻を鳴らして控えめな胸を張った。
 「よし、じゃあ今度はバッティングセンターで勝負な。もちろん球速は同じで」
 「ごめんなさい、冗談です」
 才花は深々と頭を下げた。
 「あれ、そういえば秋は?」
 スポーツドリンクを一口飲んでから、渡が尋ねた。
 「ああ、あいつならあそこで東高のサッカー部の人と話してるぞ」
 「ほら」と圭介の顔が向いた先、公園のほぼ反対岸の入り口付近に、立って話す二人の人影があった。一人は秋、そしてもう一人隣に立つ男。
 その姿を認めると、渡と才花は同時に口を開いた。
 「赤海だ」
 圭介まではいかないがそれなりに背の高い、ジャージ姿のがっちりとした体形の男。それは二人の見知った顔だった。
 「おーいっ。あーかみーっ」
 才花が突然立ち上がって、そちらに大きく手を振った。
 それに気づいた赤海も、ぱっと手を挙げた。
 「え、何。二人とも知り合いなの?」
 「同じ中学の時のサッカー部だよ。あいつのお陰で俺らは勝てていたと言っても過言ではない」
 「中二の夏前に転校してたんだよね。ちなみに私はクラス同じだった」
 圭介は、才花の目には久しぶりに会う懐かしみと喜びを感じ取ったが、渡はというと複雑何かを見るようで、圭介の目にはその瞳が濁って見えた。
 秋と共にゆっくりと三人に歩み寄る赤海。彼が一歩一歩と近づくたびに、落ち着いていたはずの渡の心拍数がまた一つ上がった。
 「渡、才花。二人とも久しぶり」
 明るく陽気な声。
 「うんっ。久しぶり赤海。元気してた?」
 「そりゃあもう。毎日白米四合は食べてる。めっちゃ元気」
 「さすがだねぃ」
 「おうよ。うい、渡も久しぶり」
 「うん。久しぶり」
 そう言った渡の声に覇気はなく、口元からすぐ下に落ちるようだった。
 「どうした? なんか元気無さそうだけど」
 「いや、ちょっと今バスケしててさ、疲れちゃって…」
 「そうなのか」
 と赤海は才花の足元に転がるボールに目をやった。
 「あー、なるほど。それはお疲れさまだな」
 「おいおい赤海。なんですか? その含みある言葉と顔は」
 「いやいや、そのまま。字づらの通りだよ。お疲れ様って」
 「ふーん。ならいいけど」
 才花は少し目を細めた。
 「赤海君、東高なんだよね」
 そう尋ねたのは圭介だった。
 「うん、そうだよ」
 「東高も午前授業だったの?」
 「そうそう。職員研修だかなんかで。ついでに部活も休みで、落ち着かなくては知ってたとこ」
 「へぇ。それはそれは。お疲れ様です」
 「あ、それはごめん。トレーニングに引き留めちゃって」
 「大丈夫だよ山野。丁度ここで走り始めと終わりやっているから。家も近めでちょうどいい目印なんだよねここ」
 「ああ、そっか。渡たちと同じ中学なら家ここら辺か」
 「そそ」
 「と、いうことはだよ赤海。今暇ってことだよね」
 「いや、もう帰るよ」
 「へ?」と才花は間抜けな声を出した。
 「なあ、渡。久しぶりに一緒に帰らね?」
 赤海はそう言いながら、渡にウィンクした。それを受け取って渡はコクリと頷いた。
 「そうだね。帰ろっか」
 「えっ、ちょっと。二人とも?」
 才花は、赤海と渡を交互に見た。
 「あ、秋と圭介はまだ大丈夫だよね?」
 的となった二人は、互いに目を合わせた。
 「いやー。割と疲れたなあ。なあ、秋」
 「そうだね。ちょっと疲れちゃったかも」
 二人とも何か察した様にアイコンタクトで口裏を合わせた。
 「ちょとー。君たちそれでも運動部ですかー? ねえもうちょっとだけ遊んでいこうよ」
 「才花。ちょっとってどれくらいだ?」
 渡が聞いた。
 「え、一時間ぐらい」
 「よし、皆帰ろう」
 渡の声に合わせて、全員が踵を返し入口の方へ進んだ。
 「ねえ、ちょっとまってって。三十分。三十分だけでいいからさ。ね?」
 その流れについていきながら、才花は懸命に説得した。
 「お前の一時間は三時間。お前の三十分は二時間だ」
 渡はその説得を一蹴するように言った。
 「ちゃんと時間守るからさ。ね? もう少しだけ」
 「才花」
 赤海が明るい笑顔を才花に向けた。才花は期待するようにぱっと目を開く。
 「今日はやめとこう」
 「もおーーー。なんでぇーー」
 駄々をこねる才花を尻目に、気づけば全員公園の外へと出ていた。
 「それじゃあ、ここで。三人ともまた―」
 「またねー」
 圭介と秋はそこで別れて駅の方へと向かった。
 「あの三人、仲良さげだったね」
 背後でまだ騒がしくしている声を聞きながら秋が言った。
 「…うん。まあ、そうだな」
 それに対して圭介はどこか浮かない表情をしていた。
 「どうかしたの?」
 「いや、まあ、なんていうか渡がさ…」
 「ああ、確かに最初いずらそうだったね」
 「まあ、その後見た感じは大丈夫そうだったけど」
 そう言って二人振り返ると、まだ公園の入り口で三人何やら話して、笑い合っていた。
 「大丈夫そうだな」
 「そうだね—」
 「全然大丈夫じゃない。まだ動き足りないっ」
 「もう落ち着けって。高校生でしょうが。見てみろ渡のこの凛とした歩きを」
 秋と圭介が公園を後にして五分ほど、ようやく才花の説得が終わり三人とも帰宅していた。公園を出てすぐの大通りを渡って、その奥ブロック塀に囲われた住宅街を進んでいく。
 「にしても久しぶりだなー、二人共」
 「ね。どのくらいぶり?」
 「もうちゃんと会うの一年ぶりくらいなんじゃね? 俺と才花が部活で忙しいからほんとに会ってないし」
 「そうだねぇ」
 才花と赤海はどこか懐かしむように、この時間を噛み締めるように一歩一歩進む。
 「才花は部活の方はどう?」
 「うん、絶好調だね」
 才花は惜しげもなく両手でピースを作って「チョキチョキ」と人差し指と中指をくっつけては広げた。
 「それは素晴らしいことで。で、渡の方は何だっけ? 生物…なんちゃらみたいな」
 「生物研究同好会だよ」
 「あ、そうそうそれそれ。で、それって何するとこなの? やっぱり解剖とか?」
 「解剖は極たまにやるけど、ほとんど先輩と雑談みたいなのしてる」
 「そうなんだ。同級生とかいないの?」
 「幽霊会員ならいるけど、ちゃんといるのは僕と先輩の二人かな」
 「え、もしかしてその先輩って女子?」
 少し高揚した声で赤みは尋ねた。
 「いや、男だよ」
 「なんだー。そうなのか」
 「でもその人めっちゃ頭いいんでしょ?」
 才花がゆらゆらと左右に揺れながら尋ねた。
 「うん。入学当初からずっと主席らしい。大学ではブレインなんちゃらってのの研究したいって言ってた」
 「ほお。それはすげぇ人ですな」
 「そうなのよ」
 「手か渡って、生物そんなに好きだったの?」
 「いや、特には」
 「じゃあなんで入ったの?」
 「まあ、なんとなくどこかには入ろうと思ってて、楽しそうだったから入った」
 「なるほど」
 赤海は少し浮かばない顔をした。
 「ん? どうかしたの?」
 それに気づいた才花は赤海の少し下げた目線に潜り込むように見上げた。
 「いや。どっかに入ろうと思ったらサッカーでも良かったんじゃないかと思って」
 「あー、それはね赤海。渡には根性が―」
 「もうその話はいいって」
 渡は少し面倒くさそうに苦笑いをして言った。
 「え、なになに。どういうこと?」
 才花は「いやー、実はねえ」とこの前の休み時間の話を小声でした。渡はその声が聞こえていながらも、呆れたようにため息をついていた。
 「なんだよそれ。まあでも、俺もそれされたら逃げるかもな」
 「良かったね渡。味方がいて」
 才花は意地悪な顔で歯だけ見せるように渡に笑いかけた。
 「まあでも、渡は小学校の時は知らないけど、中学の時は根性なしなんかじゃなかったよ」
 「そうかなあ」
 「おん。だってこいつ、試合の時とかありえないほど走ってたからね。偶に敵チームに相手十二人いない? って言われてたもん」
 「へぇー。渡意外と頑張ってたんだね」
 「いや、お前は知ってるだろ。なあ渡」
 「そうだったっけ」
 渡はきまり悪そうに笑った。
 「そうだったけどなあ」と赤海はぼやいた―。
「あ、話変わるけどさ、渡。純太と会った? あいつ西高行ったらしいじゃん」
 「ん? ああ、この前会ったよ」
 渡はどこかきまり悪そうに頷いた。
 「え、純太ってあの純太? 葛西―だっけ?」
 「そう。あいつうちの高校来ると思ったんだけどな」
 「そうだね。あいつ赤海のことずっと尊敬してたからな」
 「へぇー。そうなんだ。赤海って後輩から尊敬されてたんだ」
 「おい才花。俺に失礼だぞ」
 「ごめんなさい」
 そんな軽口叩く二人を尻目に、渡はどこか気まずそうにしていた。
 「そっかー。純太うちにいるんだー。いたら声掛けとこ」
 と歩く三人、才花との別れ道に来た。
 「じゃあ、私はこれで。バイバイ」
 胸の下あたりで控えめに手を振って、才花は体を翻すとスキップするように跳ねていった。
 「相変わらず元気いっぱいだなあいつ」
 「そうだね」
 渡と赤海、二人きりで帰り道を歩く。二人の真上は相変わらずの晴天だが、遠く山の上には重たい灰色の雲ができていた。
 「なに、バスケそんなに疲れたの?」
 「なんで?」
 「なんか元気無さそうだから」
 「まあ、結構疲れた」
 「さすが才花様」
 とぼとぼと二人歩を進める。道端、コンクリートの割れ目からタンポポが黄色い花を開いていた。すぐその横では、タンポポが綿毛の抜けた裸のタンポポが立っていた。
 「あのさ、赤海」
 「ん?」
 「この前純太と話したって言ったじゃん」
 「おん」
 「実はその時、あいつめっちゃ態度冷たかったんだよね」 
 その言葉に赤海は笑った。
 「マジかあいつ」
 「うん。なんかどうしてサッカー辞めたんですかって聞かれて。もういいかなって、周り皆うまいしって言ったら、“先輩らしくないですね”って吐き捨ててったよ」
 「言うねえ。全くどうしたんだか」
 「まあ、明らか俺のせいなんだけどね」
 「え、お前あいつの彼女でも奪ったの?」
 「違うわっ」
 「冗談だよ冗談」
 少しからかい気味に赤海は笑った。
 「その純太とあったとき、偶々秋もいて同じこと言われたわ」
 「うわ、それめっちゃ山野きまずいじゃん」
 二人の横を、配達のトラックだろうか、狭い中ゆっくりと通り過ぎようとしていた。それに気が付いて渡が赤海の後ろについて通りやすくした。そして、ブオォと轟音を鳴らしてトラックは前へと進んでいった。
 「まあ、俺も実際驚いたけどな。お前が高校でサッカー続けなかったの」
 「そんなに?」
 「うん。だってサッカー好きだったじゃんお前」
 赤海がそう言った瞬間、渡の瞳孔がギュッと小さくなった。
 「そんなことないよ」
 渡の口から出たのはなにもこもっていない空っぽの言葉だった。
 「あ、そうだったんだ」
 「うん、そうだよ」
 ゆっくり歩いてきたのにもかかわらず、いつの間にか赤海の家の前にたどり着いていた。
 「今日は久しぶりに会えてよかったわ。またどっかでできたら球蹴ろうや」
 「うん、そうだね」
 二人は「じゃあね」と声を合わせて、それぞれが進む方へと一歩踏み出した

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