女将ちゃん、ごっつあんです! ~伝説の大横綱、女子高校生に転生す~ 第34話 帰還

 私達は鬼門を通り、儀式の間を後にした。

 最初はどうなることかと思っていたが、結果は悪神にも勝利するという大金星獲得で終わった。話が確かならば、二度とこの街が悪神に狙われることはないだろう。私達は平和を勝ち取ったのだ。もう家族が妖の餌食になる心配をする必要も無くなった。明日からはまた元通りの生活を送ることが出来るのだ。

 少し前の自分なら考えもしないことだった。あんなにも憂鬱だった日常が戻って来るだけでこんなにも嬉しいと感じるだなんて。私もちょっとは成長したのかも、とちょっぴり嬉しくなった。

 雷電丸は沼野先輩を背負いながら千本社の道を歩いている。間もなく出口の鬼門が見える頃合いだろう。そんなことを考えていると、沼野先輩が話しかけて来た。

「もう大丈夫だから降ろしてくれないか?」

「何じゃ、遠慮は無用じゃぞ?」

「いや、流石に女子に背負われての凱旋だなんて格好がつかないだろう? 少しくらい見栄を張らせてくれ」

 雷電丸は、分かった、と呟くと沼野先輩を下ろした。

「やはり錦も男の子ということか。女子に格好つけたいのじゃな?」雷電丸は鼻の下をのばしながら言う。

「い、いや、オレは木場先生のことをそういう目で見ているわけじゃ……!?」頬を薄く染めながら、沼野先輩は慌てた様に返してくる。

「あ? 儂はのぞみのことを言ったんじゃが……ほうか! 錦は年上好みなのか⁉」雷電丸は頬を緩め、嬉しそうに言う。

 沼野先輩は、しまった! と言わんばかりに顔を強張らせ、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めた。

 そうだったのね? 沼野先輩は木場先生のことが……まあ、木場先生は絶世の美女と呼んでも差支えの無い美人さんだし、沼野先輩が恋をしちゃうのも仕方がないわよね。

 私は心の裡で呟き、深く嘆息する。さようなら、私の恋。告白する前に勝手に失恋するだなんて、相変わらず私らしいな、と苦笑いが込み上げて来た。

「ああ、もう、余計なことを言った。さあ、下らないお喋りは止めにして帰るぞ。早く木場先生に勝利報告したいからな」

 すると、沼野先輩は真剣な眼差しで雷電丸を見据えると、柔和な笑みを口元に浮かべた。

「高天、お前は大した奴だよ。いや、雷電丸と呼んだ方がいいか?」

「苗字は一緒じゃからどっちでもいいわい。好きな方で呼べ」

「ああ、それじゃ、これからも高天と呼ばせてもらおう。何せ、お前の中には二人分の魂が存在しているから、名前で呼んでいたらややこしいことこの上ないしな」

 沼野先輩は踵を返すと、足を引きずりながら歩き出す。しかし、一旦立ち止まると、振り返らずにぼそっと呟いた。

「高天、街を呪いから解放してくれてありがとう。心から感謝する」

 沼野先輩はそう呟くと、再び足を引きずりながら歩き始めた。

 そうして、私達も沼野先輩を追いかけるように歩き始めた。
 
「高天、さっきのことだが、木場先生には内密にな。ばらせば絶対に許さんぞ?」そう言って沼野先輩は目を鋭くさせると雷電丸を睨みつけて来た。

 雷電丸は、はいはい、と返しながらも顔を緩ませながらニヤニヤと笑い続けた。

 しばらくして出入り口の鬼門が見えて来た。

 もう二度とここに戻って来なくてもいいんだ。私達は鬼門を開くと、後ろを振り返らずにそのまま中に入って行った。

 こうして、私達の戦いはようやく終わりを告げたのだった。

 鬼門を潜ると、その先に木場先生と静川さんの姿が見えた。二人の姿を見た瞬間、たちまち胸が安堵感で満たされる。

 木場先生と静川さんは、笑顔を浮かべて私達を出迎えてくれたが、私達のボロボロな姿を見てたちまち顔を蒼白させた。

「ちょ、二人ともボロボロじゃないかね!? 沼野君に関しては足の肉が抉られているではないか。いったい何があったんだ⁉」

「妖頭の一角鬼と戦ったらこんなことになってしまって。すみません、オレはまたあいつに勝てませんでした」沼野先輩は申し訳なさそうに頭を下げた。

「君の格付けではまだ一角鬼に勝つのは無理だ。そんなことはどうでもいい。いますぐヒールをかけてあげるから待っていたまえ」

 木場先生は慌てる様に沼野先輩の前で屈むと、両手をかざしてヒールの魔法を発動させる。たちまち沼野先輩は淡い光に包まれた。

「高天君、申し訳ないが君の治療は後回しだ。少し待っていてくれたまえ」

「いえいえ、儂は大丈夫ですよ。見た目ほど傷は深くないですので」

 雷電丸がそう言うと、静川さんが笑顔でやって来ると、雷電丸の腕にしがみついてきた。

「双葉っち、お疲れ様! んで、お相撲はどうだったの?」静川さんは無邪気な笑顔を浮かべながら雷電丸の顔を覗き込んで来る。

「おおよ、もちろん勝ったぞ。偶然知っているクソったれな先輩がおってな、それはもうコテンパンにしてやったわい」

「何だかよく分からないけどおめでとう、双葉っち」

「うん? それは鬼に知り合いがいたということかね?」木場先生は目を点にしながら訊ねて来る。

「儂の同門の元先輩でな。昔の四股名は……まあ、忘れたが、今の名を確か一角鬼とか言っておったな」

「ほう、それは妖頭の名前と同じではないかね。奇妙な偶然もあったものだな」

「いえ、木場先生。高天の先輩というのがその妖頭だったんです」

「……え? まさか、そんな……うん? それはつまり、どういうことかね? まさか妖頭の一角鬼から白星を勝ち取ったわけではないんだろう?」

「それどころか悪神オロチも現れて、高天の奴、大金星をもぎ取ってきたんですよ」

 その瞬間、木場先生は笑顔のままフリーズする。沼野先輩にかけていたヒールも止まってしまったが、既に沼野先輩の傷は完治していた。

「落ち着け、少し整理しようか」木場先生はそう言って煙草をくわえると火をつけようとする。しかし、かなり動揺しているのか、ライターをくわえて煙草で火をつけようとしていた。

「アザミよ、まずはお主が落ち着くんじゃ」呆れた様に雷電丸は呟いた。

「つまりはこういうことかね? 妖頭に勝った後、呪いの元凶である悪神オロチまで現れて高天君が金星を取ってきた、そういうことかね?」木場先生は身体をワナワナと震わせながら興奮した様子で沼野先輩に訊ねた。

「有り体に言えばそういうことです」

 その瞬間、木場先生は立ち上がると顔を垂直に上げて天井を見上げた。その頬に涙が伝い、喜びに打ち震えた声色で呟いた。

「何ということだ。まさかこんな日が訪れるだなんて思いもしなかった」

 木場先生は大粒の涙を零しながら感極まったように屈むと激しくガッツポーズをとって見せた。

「これは前代未聞の大金星だ! ただの勝利ではない。初めて人類が悪神から街を完全に奪還したのだ!」

「それって、街が救われたってこと?」静川さんは首を傾げながら木場先生に訊ねた。

「そうだ、その通りだよ、静川君! もうご家族が妖共の生贄に捧げられる心配をしなくてもいいんだ。この街は悪神からの呪いから解放された。私は、もう二度と教え子達を死地に送らなくてもいいんだ……こんなに嬉しいことはない」そう言って、木場先生は膝を落とすと泣き崩れてしまった。

 すかさず沼野先輩が木場先生に駆け寄る。泣き崩れる木場先生の肩に手を置くと、木場先生は沼野先輩の胸に飛び込み、わんわんと泣き叫んだ。

 沼野先輩は少し動揺した表情を見せるも、すぐに柔和な笑みを口元に浮かべながら木場先生を優しく抱き締めた。

「恋の匂いがするし」静川さんは瞳を輝かせると、ほくそ笑みながら呟いた。

「泣いて喜ぶのも良いが、そろそろちゃんこを食わせてもらえるとありがたいんじゃがの?」雷電丸は自分のお腹をさすりながら呟いた。雷の様な腹の虫の音が響いて来る。

 すると、木場先生は雷電丸の言葉に反応し、ようやく我に返った。眼鏡を外すと涙を拭い沼野先輩の胸から離れると何も無かったかのように立ち上がった。

「そうだったね。儀式の後はちゃんこを皆でつつくのが習わしだ。でもね、一つ、残念な報告があるのだよ」木場先生は赤く腫れ上がった眼を泳がせた。

「まさか、用意しておらぬ、とは言わぬよな?」

「その通り! よく分かったね?」木場先生は不敵にほくそ笑む。「静川君が意識を失ってしまったからね。故に、ちゃんこを用意することが困難的不可能な状況だったのだ」すまん、と頭を下げる。

 その瞬間、雷電丸は絶望の淵に叩き落されたような顔をすると、力なく崩れ落ちた。

 悪神オロチと戦った時でさえ決して絶望の色を顔に浮かべなかったのに、ちゃんこを食べられないのってそれ程なの⁉ と私は逆に驚愕してしまった。

「取組後のちゃんこが無いなんて、それは死ねと言われているのと同じじゃよ」

『それなら、木場先生が作れば良かったのではないですか?』

 私は素朴な疑問を口にする。

「いいかね、高天君。良い女というものはだね、古来より部屋の片づけと料理が出来ない者のことを言うのだよ」木場先生はそう言うと、自慢げに胸を張って見せた。

 そこは自慢するところなのかしら? と思ったのだが、私は色々と察して口には出さなかった。木場先生ってミステリアスな雰囲気はあるけれども、きっとただの天然なんだわ、と妙に納得してしまった。

「それで、どうしますか、木場先生? オレは別に食わなくても平気ですが、流石に功労者の高天には腹一杯ちゃんこを食わせてやりたいと思います」

「また私の店に行くか……あ、しまった。今日は日曜日か。予約で一杯だったはずだ」

 その時、私はあることを思い出す。

『あ! そう言えば、忘れていたわ』

「何がじゃ、双葉よ? ワシは腹が減り過ぎて一言も喋ることも出来ぬぞ」

『木場先生、よろしければ家に来ませんか?』

 私は今日、お母さんに晩ご飯はいらないと伝えるのを忘れていたことを思い出したのだ。
 今頃、お母さんは張り切っていつもの様にホテルのビュッフェ並の量の夕飯を用意してくれていることだろう。

 私が事情を説明すると、木場先生はその提案を快諾してくれた。

 こうして私達は初勝利を祝う為に我が家に向かうことになった。

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