世界の黄昏にあやかしの王は私に恋をする 第2話 妖の王ビャクガ
■ 加奈の教室 朝
騒然となる教室内。教室内は人間以外の物がビャクガの氷結妖術によって凍り付いている。
加奈を苛め、窓から突き落とそうとした田中洋一に、ビャクガは激しい殺気を迸らせた鋭い眼光を放っている。
ビャクガ「ボクの花嫁を傷つけようとした罪は万死に値する。死ぬがいい」
そう言ってビャクガは禍々しい妖力を迸らせた右腕をかざすと、田中洋一に向かって放った。
加奈「ダメ!」
咄嗟に加奈は田中洋一を庇う様に前に躍り出る。
加奈は両腕を広げ、田中洋一を守るポーズで立ち塞がった。
しかし、ビャクガの放った妖力は加奈に直撃する寸前で弾かれ霧散する。
驚き戸惑う加奈。
加奈「え? 今、何が起こったの?」
加奈〈大怪我の一つでもしちゃうかと思っていたのに……〉
ビャクガ「安心して。その青薔薇のペンダントを持っている限り、ボクの妖力を無効化出来る。それ以外にも、いかなる妖の力も封じる効果がそれには付与されているんだ。それを身に着けている限り、妖は加奈に手出しすることは不可能だ」
加奈はその時、胸元にある青薔薇のペンダントから神々しい光が溢れ出していることに気付く。
加奈「青薔薇のペンダントが光っている……?」
ビャクガ「加奈、あの時の約束を守ってくれていたんだね?」
ビャクガは嬉しそうに微笑む。
加奈の脳裏に、子供の頃のビャクガとの記憶が過る。
●加奈の幼少期 回想
子供の頃のビャクガ「お願いだ、加奈。青薔薇のペンダントを肌身離さずつけていてもらえないかい?」
子供の頃の加奈「うん、いいわよ。でも、どうして?」
子供の頃のビャクガ「そ、それにはボクの妖力が込められていて、何かあった時、加奈を守ってくれるお守りなんだ」
ビャクガは加奈に送ったプレゼントの意味を思いながら話していたので、顔が赤く染まっている。
子供の頃の加奈「分かった。私、一生大事にするね? ありがとう、ビャクガ。大好き!」
ビャクガは加奈の笑顔に見惚れた後、嬉しそうに破顔する。
子供の頃のビャクガ「加奈、今度会えたらボクと結婚して欲しい。ダメかな?」
子供の頃のビャクガは不安げな表情でそう訊ねる。
子供の頃の加奈「もちろんよ。だって私、ビャクガのこと大好きだもん! 喜んでお嫁さんになるわ!」
子供の頃のビャクガ「約束だよ⁉ ボクが妖の王になったらすぐに迎えに行くから、それまで待っていてね」
──回想終了。
加奈はビャクガと結婚の約束をしていたことを思い出し、焦った表情を浮かべる。
加奈〈確かに5歳の頃、ビャクガと結婚の約束をしていたのを思い出したわ⁉〉
ビャクガ「加奈が危機を感じたら自動的にその青薔薇のペンダントからボクの妖力が放出されるようになっているんだ。大抵の妖ならボクの妖力を感じた瞬間に屈服するだろうし、普通の人間でも恐怖を感じ逃げることしか出来なくなる」
加奈は朝、バス停で起こった一件を思い出す。それ以外にも、学校で虐められていた際、負けるものか! と相手に立ち向かうたびに勝手に向こうが怯えた様子で逃げて行ったのを思い出す。
加奈〈つまり、今まで私はビャクガに守られていたってことなの?〉
加奈は青薔薇のペンダントを優しく握り締めながら嬉しそうに頬を染める。
加奈「ありがとう、ビャクガ。今までずっと私を守ってくれていたんだね?」
ビャクガ「それについては謝罪しておかなければならない。今回は加奈を危険な目に遭わせてしまった。本当なら、もっと早く加奈を迎えに来たかったんだが……話は後にしよう。加奈、そこをどいて。後ろの男を処刑するから」
後ろで縮こまっている田中洋一は、ビャクガの言葉を聞き恐怖に顔を凍てつかせる。
加奈「だから、それはダメ! お願いだから殺さないで!」
ビャクガ「加奈、どうしてそんなクズを庇うんだい? そいつは加奈を窓から突き落とそうとした大罪人だ。妖の王の花嫁を殺そうとした時点でそいつはもう終わりだ。ボクは可能な限りその男の一族を連座制で根絶やしにしようと考えている。最低でも九族まで処刑しなければボクの怒りはおさまることはないだろう」
ビャクガの全身から膨大な妖力が立ち上る。
教室内にいた生徒達はビャクガの妖力にあてられ、次々と気絶し床に倒れていく。
加奈「ビャクガ! 私のお願いを聞いてくれなきゃ、二度と口を聞いてあげないわよ⁉」
ビャクガ「加奈と二度とお喋りが出来なくなるだって……? そんなの、絶対に嫌だ!」
ビャクガは狼狽えた表情で加奈を見る。
加奈「ならお願いを聞いて。その代わり、私もビャクガのお願いを一つだけ聞いてあげるから」
ビャクガは驚いたように両目を見開くと、加奈を見て嬉しそうに微笑む。
ビャクガ「うん、分かった。その男の罪は問わないよ。約束する」
ビャクガはそう言って指をパチンと鳴らす。すると、教室内の氷が一瞬で消滅する。
ビャクガ「これでいいかい、加奈?」
加奈「うん、ありがとうね、ビャクガ」
加奈はふう、と安堵の息を洩らす。
すると、加奈は突然、背後からビャクガに抱き締められる。
ビャクガ「それじゃ、次は加奈がボクのお願いを聞いてくれる番だね」
間近でビャクガの美貌の直撃を食らった加奈は顔を真っ赤にして激しく狼狽える。
加奈〈子供の頃も可愛くて女の子みたいだったけれども、今はただの美の化身じゃない⁉ ど、どうしてこんなイケメンが私なんか劣等市民なんかと結婚したいと思うのか理解不能だわ⁉〉
加奈は顔を真っ赤にさせ、目をぐるぐる回らせる。
加奈「か、簡単なお願いなら……!」
ビャクガ「それじゃ、今からボクのお家に行こう!」
加奈「あ、私、これから学校が……!」
ビャクガ「大丈夫。そんなの、後でボクが総理大臣にでも言って、今日は休校にしておいてあげるよ」
加奈「そんなこと出来るの⁉」
ビャクガ「ボクは妖の王だよ? この国でボクに逆らえる奴なんて存在しない。だから加奈、安心してくれ」
ビャクガは一瞬だけ鋭い気配を立ち昇らせたが、すぐにクスリと優し気に微笑む。
加奈〈今、ビャクガのことを一瞬だけ怖いと感じてしまった。でもそれ以上に素敵だなって思った〉
加奈はビャクガの無邪気な笑みに見惚れる。
すると、ビャクガは加奈を胸に抱いた。
ビャクガ「ジンマ、来ませり」
ビャクガが将来呪文を唱えると、目の前に真っ白で巨大な『シマエナガ』が現れる。
通常のサイズとは違い巨鳥ではあったが、それでも変わらず愛くるしい姿のシマエナガを見て加奈は破顔する。
加奈〈なにこの白くてふわふわでもこもこの鳥は⁉ 可愛すぎるわ⁉〉
ビャクガは加奈を抱いたまま、ふわりと浮き上がると、シマエナガの背中に乗る。
ビャクガ「加奈、さあ、行くよ。落ちない様にしっかりとボクにつかまって」
ビャクガがシマエナガに合図を送ると、巨鳥は嬉しそうな鳴き声を上げ、勢いよく教室の窓と壁を突き破って大空に羽ばたいた。
■ 街 上空 朝
大空から下の景色を覗き込む加奈。
加奈「あっという間に街があんなに小さく……!」
ビャクガ「加奈は空を飛ぶのは初めて?」
加奈「ええ、飛行機に乗ったこともないわ」
ビャクガ「気に入ったのなら、いつでもボクが大空を散歩させてあげる。それ以外にも加奈のやりたいことは何でもやらせてあげるよ」
加奈「ならさっそく一つ、お願いがあるのだけれども?」
ビャクガ「何だい?」
加奈「可能なら降ろして。ちょっと酔ったみたい……」
加奈は顔を青ざめながらそう言った。
ビャクガ「分かった! すぐにボクの家の前に降りるから頑張って!」
■ 壁の向こう側 妖の住まう区間 鎮守府内にある宮殿前 朝
二人が降り立ったのは豪華な宮殿の前。
臣下達「ビャクガ陛下、お帰りなさいませ!」
礼服に身を包んだ妖の臣下達が、大勢宮殿の前で列を作ってビャクガに首を垂れている。
ビャクガは加奈を抱いたまま、首を垂れる臣下の前を悠然と歩いて行く。
加奈は目の前の光景に唖然となり、驚いた様子でキョロキョロと周囲を見回す。
そして、出入り口の前に到着すると、ビャクガは加奈を降ろした。
ビャクガ「さあ、ここが今日から加奈とボクの住む家だ」
加奈は目の前に佇むお城の様な宮殿を愕然としながら見上げる。
加奈〈これはもうお家ってレベルじゃないんですけれども⁉〉
ビャクガ「気に入らないなら新居を建てるから遠慮せず言ってね」
加奈「気に入らないわけないわ! お、お気になさらず!」
加奈〈叔父叔母夫婦の家では物置小屋に押し込められていたから、この宮殿を家だって言われても実感が湧かないわよ〉
加奈は狼狽えた様子で宮殿を眺める。
すると、ビャクガは加奈の肩を抱くと、列を作って首を垂れる家臣達に振り返った。
ビャクガ「皆の者に伝えておく。ここにいる高天加奈を正式に余の后に迎えるものとする。一切の異論は許さぬ故、皆には快く受け入れてもらいたい。そして加奈には国母同様の待遇で接することを皆に命じる」
臣下達「ハハッ! ビャクガ陛下の御心のままに!」
加奈〈えええええ⁉ 何だか予想よりも大事になっている気がするんですけれども⁉〉
あたふたする加奈。
すると、その時、加奈に憎悪の眼差しを向ける者がいた。
武人の礼装に帯刀した若い女妖のカシャである。
カシャ「穢れた人間の分際でビャクガ猊下の花嫁になるなど、このカシャが許しはしない」
カシャは刀に手を置きながら、愛おし気にビャクガを見つめる。
カシャ「きっとこのカシャがビャクガ様の目を覚まして御覧にいれますから」
カシャはニタリとほくそ笑む。
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