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ジンマ、来ませり 第3話 『天獣 其の二』

■ 同刻 岩戸の入り口 夕方

 里中、けたたましい警報音が鳴り響いている。
 義輝は岩戸の入り口まで逃げ帰ると、すぐさま岩戸の扉を閉じた。
 扉を閉じると、警報は止んだ。
 そこには里長や他の護衛士たちが血相を変えてやってきた。

里長「義輝。これは何事だ!?」

義輝「愚息が岩戸の封印を解いてしまいました。この罪、親である自分が命に代えましても贖いますゆえ」

 里長や護衛士たちは顔を蒼白させ、騒然となった。

里長「なんたることだ。今宵、里は……いや、アマテラスは滅ぶぞ」

 里長達は憎悪の眼差しを桜花に向ける。
 その時、岩戸の内側から扉を叩く音が。
 身構える義輝達。
 しかし、扉の奥から聞こえて来たのは子供達の救いを求める声。

??「お師様。お願いです。ここを開けてください。私たちを助けて」

桜花「さ、早苗ちゃん! お父さん、扉を開けて! あれは早苗ちゃんだよ!?」

義輝「早苗は死んだ! お前も見たであろうが!」義輝の脳裏に過る子供たちの骸。

 桜花、突然、岩戸に走り出す。

義輝「止せ、桜花! それは友ではない! 奴らぞ!!」

 桜花、義輝の制止を振り切り岩戸の扉を開く。
 桜花、他の護衛士たちに取り押さえられる。
 そして、扉の向こうから、血塗れの早苗たちが姿を現した。

早苗「桜花、ちゃん」苦しそうに倒れる。

 他の友人たちも瀕死の重傷を負いながらも扉から現れ、次々と倒れていった。
 護衛士たちは慌てて子供たちを助けると、義輝の手によって再び扉は閉ざされた。

護衛士A「重傷だが、手当てをすれば助かるぞ!」

 その場はたちまち騒然となった。
 子供たちは護衛士たちの手によって診療所に運び込まれていった。

里長「桜花よ。お主には罰を受けてもらう。極刑を覚悟せよ」

義輝「里長、なにとぞそれだけはお許し願いたい。代わりに父である私が娘の罪を贖います」

里長「ならぬ。事態が落ち着いた後、桜花にはしかるべき罪を償ってもらおう。それまで牢獄に閉じ込めておくことにする」

義輝「ですが!」

里長「くどい! お主は護衛士長の責務を全うせよ。これは里長たる我の命令じゃ」

義輝「かしこまりまして、ございます」膝をつき頭を垂れる。

 
■ 牢獄 夜

 義輝によって投獄される桜花。
 義輝はドア越しに桜花に話しかける。

義輝「案ずるな。きっと父がお前を助けてやる」

桜花「お父さん……ごめんなさい。私が掟を守らず岩戸の扉を開けちゃったから、大変なことに」グスグスと泣きじゃくる。

義輝「早苗たちも辛うじて命は助かった。罪は免れぬが、極刑だけは許されるだろう。しばらくの辛抱だ。しばらくそこで頭を冷やせ。ではな」

 義輝、立ち去る。

桜花「お父さん! 行っちゃいやだ!」

??「うるせえぞ、ガキ!」

 突然、桜花は何者かに怒鳴りつけられる。

桜花「そこにいるのは、誰?」

 桜花、振り返ると室の奥に目を凝らす。
 雲間から満月が現れ、その明かりが牢獄内を照らす。
 牢獄の奥、壁際に鎖に繋がれた少年の姿が見えた。

〈そういえば、この牢獄には子供を喰らう悪神が投獄されているって早苗ちゃんが〉

 桜花、怯えた表情を浮かべる。

??「オレが怖いか?」

桜花「お前は子供を喰らう悪神?」

??「ガキなんざ誰が喰らうか! だが、悪神には違いねえ」

桜花「そ、それじゃ、やっぱり悪い奴なのね!?」

??「ああ、天下の悪神、オロチとはオレのことだ」

桜花「何をして捕まっちゃったの?」

オロチ「強い奴を探して暴れ回っていただけだ。くそ忌々しい。この里の神魔剣士に負けちまって、以来、ここに封じ込まれているってわけだ」

〈この里の神魔剣士ってお父さんのこと?〉

 しかし、オロチの脳裏に浮かぶ神魔剣士は銀髪の女剣士の姿であった。

オロチ「で、ガキ。お前は何者だ?」

桜花「名前は桜花よ」

 オロチ、ふん、と鼻で笑う。

オロチ「で? どうしてただのメスガキが投獄されたんだ?」

桜花「い、岩戸の扉を開けて、それで……」

 その瞬間、オロチは目を点にして絶句する。そして、すぐに大口を開けて爆笑する。

桜花「な、なにがそんなに可笑しいの!?」

オロチ「これが笑わずにいられるかよ。オレは天下の悪神だが、お前は世界の大罪人ってことじゃねえか。どの口がオレを悪者呼ばわりしたんだか」

 桜花、怒りに顔を真っ赤にさせ、プルプルと身体を震わせる。

オロチ「オレの封印を解け。そうしたら、お前を助けてやるよ、ガキ」

桜花「はあ? 別にお前に助けられるまでもないわ。明日にはきっとお父さんがなんとかしてくれる」

オロチ「バーカ。明日なんか来るかよ」

桜花「それはどういう意味……」

 その時である。里中にけたたましい警報音が鳴り響いた。

オロチ「ここにいるだけでプンプン匂って来やがるぜ。果てしない絶望の匂いがよ」不敵にほくそ笑む。

■ 同刻 診療所 夜

 早苗の母親と弟が、ベッドで眠る早苗に面会に訪れていた。
 そこに鳴り響く警報に母親は驚いた表情を浮かべる。

母「また警報? 今日はなんだっていうの?」困惑した表情。

弟「母ちゃん! 見て見て! 面白いぞ!」

母「なんだい。静かになさい」

 早苗の弟、病室にある鏡を指さしながら言った。

弟「化け物が鏡に映っている!」

母「なにをバカなことを言っているんだい、この子は」

 その時、早苗がゆっくりと起き上がった。
 そして、母親と弟を見ると、ニタリ、と微笑んだ。

■ 同刻 牢獄 夜

桜花「警報? な、なんで?」

オロチ「いいからとっとと封印を解け! でないと死ぬぞ」

桜花「脅すつもり!?」

オロチ「分からねえのか! 奴らがすぐそこまで迫っていることに!」

桜花「や、奴らって?」

オロチ「決まっている。お前が解き放った死と絶望の根源。『天獣』だ」

 絶句する桜花。
 すると、牢獄の扉がドンドン、と静かに叩かれた。

??「桜花ちゃん。開けて?」

 早苗の声が静かに聞こえて来た。

桜花「早苗ちゃん? 早苗ちゃんなの!?」

 桜花、扉に近寄ろうとする。

オロチ「動くな! 殺すぞ、ガキ!」激しい怒気を桜花に放つ。

 桜花、驚き身体を硬直させる。
 カリカリカリと、扉を爪で引っ掻く音が響いて来る。

早苗「開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて」

 早苗の不気味な声が響いて来る。
 その後、突然、静まり返る。
 息を呑む桜花。ほくそ笑むオロチ。

早苗「開けろって、言ってんだろうがああああああ!!」

 轟音と共に破られる扉。
 そこに現れたのは巨躯の異形。しかし、そこにある顔は桜花の友人早苗だった。
早苗は血走った眼で桜花を見つめると、口から瘴気を吐き出し微笑んだ。

早苗「みーつけた。桜花ちゃん。あ・そ・び・ま・ショウ」
 
 桜花に襲い掛かる早苗。

??「ジンマ、来ませり!!」

 何者かの叫びと同時に鬼武者が現れ、早苗の背中を刀で斬りつけた。

早苗「ぎゃあ! 痛い、痛いよ!!!」
 
 早苗は悲鳴を上げると、猿の様に素早い動きで森の方角に逃げ出した。
 牢獄の入り口に、血塗れの義輝が佇んでいた。
 義輝に駆け寄る桜花。

桜花「お父さん!」

 義輝、片膝をつき吐血する。

義輝「桜花、逃げよ。今から里長の館に行き、船に乗れ。もはや里の命運は尽きた」

桜花「お父さん、なにを言っているの?」

義輝「お前の友達はやはり全員死んでいた。奴らに殺され身体を乗っ取られていたのだ。全ては岩戸の扉を開け、同胞をこの里に引き入れるための策略であった」

桜花「や、奴らってまさか……」

義輝「そうだ。『天獣』よ」

 義輝、桜花に神魔刀を手渡す。

義輝「これは百魔を封印した剣聖の『神魔刀』。これを桜花、お前に託す」

 義輝、オロチに目線を移す。

義輝「桜花。オロチと従属の契約を交わすのだ。この者はきっとお前の助けとなろう」

オロチ「ああん? 勝手に決めつけんじゃねえよ。こんなクソガキの使い魔になるなんざ、御免だぜ」

義輝「ここを抜け出すまででよい。その後は好きにせよ。でなければ、封印は解かぬぞ」

 オロチ、舌打ちする。

オロチ「ここから逃げ出すまで。それ以上は知ったこっちゃねえぞ?」

義輝「それで充分だ。桜花、刀を抜きなさい」
 
 桜花、言われるがまま刀を抜く。
 桜花、神魔刀の刀身を見て驚く。刀身に閉じられた目玉が七つもついていたのだ。

義輝「第一の封印門、開眼」

 義輝が刀身の一番上にある目玉に指先を向け、霊力を送ると目玉が開いた。

義輝「桜花。柄の先をオロチの胸にあててこう言うのだ。従属の鎖よ、我が魂と共にあれ、と」

 桜花、言われた通りに刀の柄の先をオロチの胸にあてる。

桜花「従属の鎖よ、我が魂と共にあれ」

 次の瞬間、刀から眩い光りが発せられると、オロチを拘束していた鎖が刀の柄に吸い込まれていった。

義輝「これでオロチは一時的にお前のジンマとなった。後のことは『知世』に聞くがよい」

桜花「ち、知世って誰のこと?」

 義輝、それは、と言いかけたところで背後より現れた異形━━天獣に気付く。
 義輝、桜花を立たせると叫んだ。

義輝「行くのだ! 決して後ろを振り返るではないぞ!」

 義輝、腰に差していたもう一本の刀を抜くと、桜花に背を向けて身構える。

桜花「嫌だ! お父さんも一緒に逃げようよ!!」

義輝「父には里の護衛士として果たさねばならぬ使命がある。オロチよ、後は頼んだぞ」

 オロチ、桜花を肩に担ぎ上げると走り始めた。

桜花「オロチ、降ろして!」

オロチ「あー、うるせえな! 黙ってろ、舌を噛んでもしらねえぞ!」

 義輝は一瞬だけ桜花に振り返ると優し気な微笑を浮かべる。

〈さらばだ。桜花、愛しき我が娘よ〉

 義輝は天獣を睨みつけると、怒声と共に突撃していった。

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