剣鬼の帰還 第3話 聖者ファルス
■ 勇 過去回想
ナレーション〈剣鬼勇と剣姫遥の名はハンターの世界では最強の双璧として広く知れ渡っていた〉
ダンジョン内で決闘を行う勇と遥。二人は嬉しそうに微笑みながら剣を身構えている。
ナレーション〈二人は互いを好敵手と認める一方で『剣聖』を目指す障害であるとも認識していた〉
ナレーション〈同じ頂を目指す二人は出会えば必ず殺し合った。しかし、そこに憎悪は無く、十年来の友人が出会った時の様な穏やかで楽し気な空気が流れていた〉
勇と遥は無邪気に笑いながら互いに激しく斬り合う。二人の全身は、お互いの返り血で真っ赤に染まっていた。
二人の戦いの激しさに、周囲は瓦礫の山と化している。
ナレーション〈しかし、剣鬼と剣姫の戦いは、ある日、突然の終焉を迎える〉
勇「遥! オレと結婚してくれ!」
遥「はい、喜んで……!」
二人は頬を染めながら抱きしめ合った。
ナレーション〈こうして最強の名を冠した二人は夫婦になったのだった〉
■ 勇と遥の自宅 朝
勇「遥、それじゃ行ってくるよ」
お腹を大きくさせた遥が玄関まで見送りに来る。
遥「勇……やっぱり今回のダンジョン遠征は中止に出来ないかしら?」
遥は不安げな表情で勇に言う。
勇「おいおい、オレを誰だと思っているんだ? 最強のSSS級ハンターこと剣鬼伊庭勇様だぜ? 例え相手が神災級ダンジョンだろうともオレを殺せはしねえよ」
遥「勇の実力は分かっている。けど、何故かよくないことが起こるような気がして不安なの」
遥は不安げに自分のお腹をさする。
勇〈遥の勘が良く当たるのは知っている。でも……〉
勇「大丈夫。こちらにはかの聖者ファルスもいるんだ。仲間は皆S級ハンターばかりだし、余程のことが無い限り死にはしないよ。なるべく早く帰ってくるつもりだから。その後は産まれて来る子供の為にしばらく休みをとろうと思っているんだ」
勇と遥は抱き合う。
遥「約束して。無事に帰って来るって」
勇「ああ、約束する。オレは必ず遥と子供のもとに帰って来るよ」
そう言って家から出て行く勇。
勇〈まさかこれが最後の別れになるだなんて、この時のオレは想像すらしていなかった〉
勇の脳裏に神災級ダンジョン内ので裏切り事件の記憶が過る。
最後にファルスの姿を見て勇の表情が憎悪に激しく歪んだ。
──回想終了。
■ 病室 夕方
ベッドで横になっていた勇は静かに目覚める。
勇「ここは……?」
上体だけ身体を起こし、病室内を見回す。
すると、病室のドアが開かれ長い黒髪の美女──伊庭遥が入って来る。
遥を見た瞬間、勇は驚きに固まる。
勇「は、遥、遥あああああああ⁉」
勇はベッドから立ち上がると、遥かに飛びつく。
しかし、遥の鉄拳が勇の頭を直撃する。
激痛のあまり、勇は頭を押さえながらうずくまる。
遥「勇人⁉ 私は実母を呼び捨てするような礼儀知らずな子に育てたつもりはありませんよ⁉」
勇〈そ、そうだった……この身体はオレのものじゃなかったんだ〉
すると、遥は優しく勇を抱きしめる。
勇は久しぶりの遥の温もりと匂いを感じ、茫然となる。
遥「よく無事に帰ってくれました。貴方がダンジョンで行方不明になったと聞いた時は心臓が止まるかと思いましたよ」
勇「ごめん、はる……じゃない。お母さん」
勇〈お母さんでいいのかな? 他の呼び方だったらまずいぞ?〉
遥「何だか今日は様子が変ですね? まだ疲れているのでしょう。ゆっくりとベッドで休みなさい」
そう言って遥は勇を軽々と抱きかかえると、そのままベッドに寝かしつける。
勇〈高校生の息子を軽々と抱きかかえるとか、遥の奴、まだ力は衰えていないみたいだな〉
勇はベッドに横になりながら幸せそうに遥を見つめる。
遥「勇人、何故、ニヤニヤしながら母さんの顔を見ているのですか?」
勇「いや、久しぶりに会えて嬉しいなって思って」
勇〈さっき見たステータスには16歳と表示されていた。つまり、オレは愛妻と16年ぶりに再会したってことになる。嬉しいに決まっているじゃないか〉
遥「今朝も会ったばかりではありませんか。おかしなことを言う子ですね。それとも母に甘えたいのですか?」
勇〈可能なら全力で甘えたいです!〉
遥「うふふ、冗談ですよ」
そう言って遥は優し気な笑みを浮かべる。
遥「それにしてもダンジョンでパーティーとはぐれて迷子になるなんて修行が足りませんよ。それでも剣鬼と剣姫の息子ですか?」
勇「ごめんよ、お母さん」
その時、勇の脳裏に別の誰かの記憶がフラッシュバックする。
●勇の回想
ダンジョン内で重傷を負った勇人。
目の前には勇人を嘲笑う数名の男子生徒達の姿が。
彼等は勇人を置き去りにしてその場から立ち去る。
勇人は救いを求めるように手を伸ばすも、出血多量で意識を失いかける。
勇人「誰かボクのお母さんを守って……!」
勇人はそのまま息絶える。
──回想終了。
勇は全身に稲妻が駆け抜けたような衝撃を受け、頭を押さえる。
勇〈今の記憶は、勇人のもの? だとしたらオレの息子は……⁉〉
勇の表情が憎悪に引きつる。
その時、病室のドアが激しく開かれると、そこから銀髪の少女が飛び込んでくる。
ニーノ「お兄様ああああああああああ⁉」
銀髪の少女──ニーノは泣きながら勇に飛びついて来る。
勇は不意を突かれ腹部を直撃され激痛に悶える。
勇「えっと君は誰だい?」
ニーノ「まあ⁉ 勇お兄様ったらふざけるのは止してくださいましな⁉ ニーノは勇お兄様の妹でしょう⁉」
ニーノは怒ったように頬を膨らませながら勇を睨みつけて来る。
勇〈へ⁉ オレの妹だって? それはどういう……〉
ドクン! と勇の鼓動が大きく脈打った。
遥「ニーノ、勇人は疲れていて混乱しているだけですよ。じゃないと、血の繋がった妹のことを忘れるわけがないでしょう?」
勇〈まさか、遥は……〉
その時、再び病室のドアが開かれ二人の人影が入って来る。
一人はニーノと瓜二つの少年。もう一人は純白の魔法衣を身に纏った白銀の髪をした男性。
魔法衣を纏った男性の姿を見た瞬間、勇の頭に神災級ダンジョン事件の記憶が鮮明に蘇る。
ニーノ「あ、お父様⁉ 勇お兄様ってば酷いんですのよ⁉」
ファルス「ハハッ、外まで聞こえていたよ。勇人君、あまりニーノをからかうものではないよ? 皆、君のことを心配していたのだからね」
ファルスは16年前とは微塵も変わらぬ若さと柔和な笑みを浮かべながら勇に話しかけて来た。
勇「ファルス、貴様ああああああああああ⁉」
次の瞬間、勇実はファルスに襲い掛かっていた。
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