元空港長の父は飛行機が苦手

 航空局職員であった父は現役時代、様々な事件や、とんでも人間を目の当たりにしてきたという。
 今から語りますのは、かつて某空港長まで勤め上げた父から聞いたお話になります。 

1,セキュリティ 
 ある日、父は空港の監視カメラを見ていると、信じられない光景が映っていることに気付いた。
 1台の乗用車が誘導滑走路を走っているのが見えたのだ。
 その乗用車は駐機場に向かい、そこで停車した。
 車の中からは中年男性が降りてきて航空機の周りをウロウロしていた。
 父は慌ててその中年男性を確保した。
 事情を聴いたところ、中年男性は
「これから飛行機に乗って出稼ぎに行くんです」と答えた。
 彼は初めて飛行機に乗るとのことで、乗り方を知らずに直接乗用車で航空機まで乗りつけてきたのだという。
 状況としてはこんな感じ。
 空港でチケットを購入した後、停めておいた車でそのまま直接滑走路に向かった。
 中年男性の行動も大概だが、侵入を容易く許した当時のセキュリティの方にこそ問題がある、と父は笑いながら話してくれた。
 いやいや、それ、全然笑い話ではありませんから、とその話を聞いた自分は震えが来たものでした。

2,スカイメイト事件
 若者であればお安く航空チケットを購入出来るこのスカイメイト。
 まさかこのスカイメイトであんなとんでも事件が起ころうとは、当時の父は相当呆れ果てたと言っていた。
 父がいつものように空港で仕事をしていると、突然、航空会社から連絡が入る。
「おたくの職員が迷惑行為を働いているので急いで来てくれ」とのこと。
 父が慌てて向かうと、そこには同僚の職員がおり、航空会社の受付の方に話を聞いた。
 何でも60過ぎの父の同僚が、スカイメイトでチケットを購入させろと暴れていたのだという。
 スカイメイトは25歳までの若者が利用できる格安航空チケットだ。それを60歳の父の同僚(上司)が年齢を偽ってチケットを購入しようとしていたのだから呆れ果てて絶句してしまった。
 いつの時代も世は末だ、ということなのだろうと思わせる事件であったと、これまた父は笑いながら話していた。

3,ゴルフバッグ事件
 当時、空港職員は研修で東京に向かう際には航空会社の好意で無料で航空機に乗ることが出来た。
 しかし、とある事件を境に見直され、無料で乗ることが出来なくなってしまった。
 それというのがこちら。通称『ゴルフバッグ事件』である。
 とある新人職員が研修で航空機に乗った際、自由時間にゴルフをやろうとゴルフバッグを持ち込んだ。
 それを見た機長が「それは何の為に持ち込んだのですか?」と訊ねたところ、
「東京でゴルフをする為です!」とその新人職員は馬鹿正直に答えたそうで。
 結果、航空会社は職員を遊ばせる為に運賃を無料にしているわけではない、と激怒し、この制度は廃止されてしまうことに。
 嘘でもいいからバレない様にしておけば良かったのに、と父は呆れ返った事件でした。

4,父は飛行機が苦手
 子供の頃から不思議でならなかったことがある。
 父は何故か頑なに飛行機に乗ることを拒否していた。
 その理由を一度、訊ねたことがあった。
「どうしてお父さんは空港でお仕事をしているのに飛行機が嫌いなの?」
 すると父は苦笑しながらこう答えた。
「知っているから怖くて乗りたくないんだよ?」と。
 当時の自分は父の言っていることが理解出来なかった。
 しかも、嫌いではなく怖いと言っていた。
 昭和の時代、飛行機に乗ったことがある子供はクラスのヒーローになれた。そのくらい、まだ飛行機というのは馴染みの薄いものだった。
 だから、頑なに父が自分ら家族にも飛行機には乗らない様に言っていたことが納得できなかった。
 しかし、後に衝撃的な事実を父から聞かされた。
 父は日本国内で発生したほぼ全ての重大旅客機事故に関わり、相当精神を病んでしまった時期があったのだという。
 大人になって、ようやく父の言葉の意味を知り、父が飛行機を怖がるのも無理からぬことだと納得した。

 
 これら父の話を聞いて思ったこと。
 とんでもない人間は何処にでもいるし、大事件というものはどんな仕事でも起こるものだな、と思い知らされました。
 あと、自分も飛行機が苦手になりました。

 以上が父から聞いた空港関連のとんでも話になります。
 ご清聴、ありがとうございました。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?