女将ちゃん、ごっつあんです! ~伝説の大横綱、女子高校生に転生す~ 第29話 穢れ祓い 其の七

 一角鬼は頭を下げ、額から鋭くそそり立った大きな角を使って雷電丸にぶちかましを仕掛けて来る。

 雷電丸の眼光が鋭く光り、角を真っ向から額で受け止めた。

 巨岩同士が衝突し合うような激しい音が響き渡った。
 
 まさか、雷電丸、強いては私の額が貫かれたかも!? と一瞬だけ心配したのだが、それは杞憂に終わった。

 雷電丸の額を貫いたかに思われた一角鬼の一撃は、雷電丸の薄皮一枚も傷つけることが出来なかった。大きな角の先端は雷電丸の額に浅く突き立ってはいるものの刺すまでには至らず、完全に防がれている。どれだけ雷電丸の石頭なんだろうか? と思ったものの、それは私の身体だった! と二度続けて驚いてしまった。

 しかし、一角鬼は自慢の角のぶちかましを完全に防がれたのを見ても驚いた表情一つ見せることなく、すぐさま次の行動に移っていた。

 一角鬼はすかさず雷電丸のまわしを掴み取る。

 それに対し、雷電丸も応じるかのように一角鬼のまわしを掴み取った。

 両者はしばし、まわしを掴んだままその場で一時停止状態になった。

 一角鬼は口元に歪な笑みを浮かべながら雷電丸に話しかけた。

「もう一度確認するが、先程の話、間違いはないであろうな?」

「くどいぞ。既に言質はとったはずじゃ。言霊に嘘偽りは通用せぬことは承知しておるよ」

「ああ、ああ、そうだ! たまらぬのう。これは予想外のことよ。よもや、今宵、この街が我々のものになるなど、誰が想像したか!?」一角鬼は恍惚な笑みを浮かべながら、発狂したように涎を撒き散らす。「今宵は宴ぞ! 人間を、しかも街に居る若い女どもを喰い放題ぞ!」

 一角鬼の叫びに呼応するかのように、周囲の妖たちからも大歓声が沸き起こる。

「まずいな……高天の奴、またさっきの様に一角鬼を前に畏れを抱かなければいいんだが……」

 沼野先輩の不安気な声が聞えて来る。

 はて? さっきも思ったのだが、いつ、雷電丸が一角鬼に恐れを抱いたんだろうか? 私は精神世界で首を傾げた。

 すると、沼野先輩の声が響いて来る。

「高天! 絶対に相手を畏れるんじゃないぞ!? 妖との戦いで最も重要なのは畏れを抱かないこと。もしさっきみたく僅かなりとも畏れを抱けば、その時点でお前は負ける。いいか? とにかくお前はいつも通り傍若無人な態度で戦いに挑むんだ、いいな!?」

 沼野先輩は必死にそう叫んで来た。

 きっとそれは沼野先輩なりのアドバイスを兼ねた声援なのだろう。でも、私はそれが不思議でならなかった。

 恐れる? 誰が何に対して?

 私は逡巡する。そう言えば、あの時、雷電丸が一角鬼の格付けが関脇A級だと沼野先輩から聞かされた時、酷く驚いた表情を見せたことを思い出した。

 まさか、その時、沼野先輩は雷電丸が一角鬼に恐れを抱いたのかもと勘違いしたのでは、ということに気付いた。
 
 だとすると、それは大きな勘違いだ。だって、あの鬼を見た時、雷電丸が感じたのは畏れなんかじゃなくって、深い落胆だったのだから。

「今日は宴だからな! 時間も惜しい。そろそろ決着をつけさせてもらおうか⁉」一角鬼は舌なめずりしながら、興奮した表情を浮かべた。

「ああ、そうじゃの。こうして組み合って理解した。やはりお前はあの時から何も変わっておらんということがの。全く、少しは期待しておったのにガッカリじゃわい」雷電丸はそう言って深く嘆息した。

「グハハハハ!? 何を訳の分からんことをほざいている? 貴様との問答も飽きた。このまま土俵の外まで放り出してくれるわ!」一角鬼は両腕の筋肉を肥大させると、力任せに雷電丸を放り投げようとする。

 その瞬間、一角鬼の顔が歪んだ。驚きに顔を強張らせ、額から冷や汗が流れ落ちる。

「何だ、これは? オレは何を投げようとしているのだ?」一角鬼の表情が焦燥に塗れた。

「どうした、先輩? 儂を土俵外まで放り出すのではなかったのかの!?」

「ぬかせ! 言われんでも、今すぐに地獄の底まで叩き落してくれるわ!」

 再度、一角鬼は力を込めるも、雷電丸を一ミリたりとも動かすことは出来なかった。
 一角鬼の額から、滝の様な汗が流れ落ちた。

「こ、これは千年樹? い、いや、そんな馬鹿なことが……!?」一角鬼は呆然と呟いた。

「先輩。まだ儂を思い出せぬかの? あの時もこうやって必死に儂を投げようとして、何度も返り討ちにしてやって、土を喰らわせてやったのを覚えておらぬか?」

「え? 貴様、何でそれを……!?」たちまち一角鬼は何かに気付き、顔を蒼白させた。

 一角鬼は慌てた様子で雷電丸のまわしから手を離すと、土俵際ギリギリまで飛び退いた。
 
「まさか、まさか、まさか、お前はあああああああ!?」

 たちまち、一角鬼の顔が恐怖に歪み、悲鳴のような叫び声を発した。危うく土俵の外まで逃げようとするも、寸前のところで踏みとどまった。

「ようやく思い出してくれましたかの、先輩」雷電丸は不敵な笑みを浮かべながら一角鬼に向かって歩き出す。

「何故、お前がここにいる!? 雷電丸、お前はあの時、確かに死んだはずだああああああああ!?」一角鬼の恐怖に塗れた絶叫が響き渡った。

「ええ、確かに儂はあの時、国譲りの儀に勝利した直後に土俵の上で息絶えました。そう言えば、あの場に、儂等を裏切って妖に成り果てた先輩もいらっしゃいましたな?」

 すると、すっかり怯え切った一角鬼は混乱状態に陥り、悲鳴を上げながら頭を下げ雷電丸にぶちかましを仕掛けて来る。鋭くそそり立った一角鬼の大きな角が雷電丸に襲いかかった。

 しかし、雷電丸は一言も発さず、鬼の形相で一角鬼の大きな角を額で迎え入れた。

 ガキン!!! 鈍い音が響き渡る。ぶちかましの衝撃波は発生しなかった。

「馬鹿な……馬鹿なあああぁぁぁ!?」一角鬼の絶望に塗れた声が響くのと同時に、へし折れた角が土俵の上に落ちた。

「何じゃ、皮の一枚くらいは裂けるかと思っておったのに、それどころか痛くも痒くもなかったぞ? 本当に貴様ってば見掛け倒しじゃのう」しょんぼりとした表情を浮かべる。「つまらん。これ以上やっても無駄じゃな。とっととケリをつけるとしようかの」

 次の瞬間、極限までに濃縮された黄金色の神氣が雷電丸の全身から噴き出した。

 それを見て、その場に居た全員が驚愕に顔を強張らせた。

 一角鬼を始めとした全ての妖の顔から血の気が失せ、恐怖と絶望に塗れているのが見えた。

 ただし、悪神オロチを除いて。彼は怯むどころか、雷電丸から放出される黄金色の神氣を見て嬉しそうにほくそ笑んでいた。

「特別に見せてやろう。これが真の金剛掌底破じゃよ?」

 雷電丸は右手に柑子色のオーラを纏わせると、瞬時に一角鬼との間合いを詰めた。右腕を引き、口の両端を吊り上げて一角鬼を一瞥する。

「た、助け……!?」一角鬼の悲鳴が小さく口から洩れた。

 雷電丸が放った張り手が一角鬼の頬に炸裂する。それと同時に、眩い光りが弾け飛んだ。

 一角鬼の上半身は粒子分解したかのように消滅し、下半身だけがその場に立ち尽くしていた。しかし、残った下半身も土俵に崩れ落ちるのと同時に光に包まれ消滅した。

「ごっちゃんです!」

 勝利した雷電丸は、蹲踞して一礼するのであった。

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