女将ちゃん、ごっつあんです! ~伝説の大横綱、女子高校生に転生す~ 第33話 決着
……かに思われたんですけれども!?
私は死を覚悟し、目を閉じた。でも、何故だか消滅する気配が微塵もなかった。
何が起こったの? と、私は目を開く。目の前にバチバチと稲光が走っているのが見えた。それは、雷電丸が先程神氣で創り出した雷神の大槌だった。大槌は私に振り落とされることもなく、寸前で停止していた。
「あれ? 私、どうしたの?」私はいつの間にか身体の自由を取り戻していたことに気付く。
さっきまでは悪神オロチに身体の支配権を奪われていたのに、何故?
「大丈夫か、双葉よ?」雷電丸の優し気な声が聞えて来る。
雷神の大槌は突然、弾けるように消滅する。
私の身体は雷電丸に片手で掴み上げられていて土俵に倒れることもなく支えられていた。
となると、まだ勝負はついていないってこと?
「雷電丸、どうして?」
どうして、悪神オロチごと私を雷神の大槌で消し去らなかったの? と心の中で続けた。
「正直一か八かの賭けじゃった。悪神オロチが儂に恐れをなしてその肉体から逃げ出してくれれば儂の勝ち。そうでなければ……まあ、結果オーライじゃ」
雷電丸はそう言うと、いつものように、ガハハハハハハ! と豪快な笑い声を上げた。
私は自分の足で立ち上がり姿勢を正すと、背後から視線を感じて振り返る。そこには憔悴しきった悪神オロチの姿があった。
「おい、これは儂の勝ちでいいんじゃな?」雷電丸は悪神オロチにそう言うと、ふん、と鼻で笑った。
「な、なにをほざくか⁉ まだ勝負は決しておらぬ。まだ二人とも生きているではないか」悪神オロチは慌てた様子で雷電丸に反論する。
「いーや、勝負は決しておるよ。どちらかの死をもってして決着とする、じゃったか? なら、もう死んでおるではないか。あの時、儂に恐れをなして逃げ出した時点で、貴様は悪神として死んだのじゃ」
雷電丸の言葉に、悪神オロチは喉を詰まらせたかのように呻いた。
「一人の力士として土俵に上がった以上、土俵外に出た時点で貴様の負けよ。なんなら、御神々様方にお伺いを立ててもよいのじゃよ?」
「そ、それは止めろ! 国譲りの儀そのものに支障をきたしてしまうではないか⁉」悪神オロチは先程までの余裕は何処へやら、酷く狼狽えながら叫んだ。
悪神オロチの狼狽えようを見る限り、何かまずいことでもあるのだろうか?
「それで取り引きじゃ。御神々様にチクらぬ代わりに双葉は見逃せ。もし拒否しようものなら、儂は今すぐにでも……」
「分かった! ただの座興で全てを失う訳にはいかぬ。この勝負、貴様らの勝ちだ」
「漢に二言はないであろうな?」
「言霊は嘘をつけぬ。それは貴様とて承知しているだろうよ」
雷電丸は厳しい眼差しで悪神オロチを睨みつけた後、すぐに満面にみを浮かべた。
それは私達の完全勝利が確定した瞬間でもあった。
悪神オロチはスーッと宙に浮かぶと、忌々し気に雷電丸を睨みつけた。
「貴様とて、己の素性がバレでもしたらただでは済むまい。よもや神の一柱が国譲りの儀に紛れ込んでいようとはな」
「それをおのれがほざくか」そう言って雷電丸は不敵な笑みを浮かべた。
「この恨みは忘れぬ。雷電丸よ、オレは東京で待つ。大祓を楽しみにしているぞ」
悪神オロチはそれだけを告げると、全身に瘴気を纏った。次の瞬間、彼の身体は消え去っていた。恐らく、何処かに転移したのだろう。
「さて、色々とあったがこれで終わったのう」雷電丸はそう呟くと、疲れ切ったように深く嘆息する。
いえ、まだよ。本当の終わりはこれからなのだ、と私は心の裡で呟く。
「まさか、本当に終わったのか?」
沼野先輩が土俵に上がって来ると、私達をまじまじと見ながら呆然と呟いた。
「色々あり過ぎて何から聞いてよいのやら。でもまずは、何故、高天が二人もいる?」
私は沼野先輩に簡単に事情を説明する。私達は双子で、一つの身体の中に二つの魂が存在していたこと。今の私の身体は見ていた通り、悪神オロチが妖達の血肉を使って創り出した肉の器であること。今はそれだけを説明した。
「説明されても訳が分からん。木場先生ならすぐに理解するんだろうが」ふう、と沼野先輩は息を吐いた。「ともあれ、悪神オロチから大金星を掴み取ったのは喜ばしい限りだ。早く帰るとしよう。皆が待っているぞ」
「ああ、そうじゃの。とにかく後のことはアザミにでも任せて、双葉よ、共に帰ろうではないか」
雷電丸はそう言って私に手を差し伸べて来た。私は微笑みながらその手を取る。しかし、雷電丸の手を掴むことは出来なかった。
雷電丸の手を掴もうとした右手が、突然、砂の様に崩れ落ちてしまったのだ。
やっぱりか。これは仮初の肉体。そう長くは維持できないことは何となく分かっていた。
沼野先輩の顔が驚きに満ちる。
「高天!? あ、いや、どっちも高天か。白い方の高天、その右手はどうしたんだ⁉」
「大丈夫、痛みはありませんから。そろそろこの身体の活動限界が来たみたいです」私がそう呟いている間にも、徐々に全身が灰と化して崩れて行く。
不思議と恐怖はなかった。元々生まれる前に死んでいた存在が、雷電丸のおかげでこれまで生き長らえてこれたのだ。このまま消え去ったとしても何の未練もない。いや、あるとすれば、皆にお別れを言えないことだろうか。
「雷電丸、今までありがとう。お父さんとお母さんには上手く誤魔化しておいてね。貴方がいればきっと悲しむこともないでしょう。静川さんには……私のことは黙っておいてね」
元々、彼女が好いていたのは私ではなく雷電丸の方なのだ。今更私のことを持ち出されてもただ困惑するだけだろう。なら、私のことは秘密にしてもらった方が気が楽だ。
すると、何故か雷電丸は目を丸めて不思議そうに首を傾げていた。
「双葉よ、お前、さっきから何を言っているんじゃ?」
「いえ、だから、私はここで消えちゃうから、遺言を残しているのだけれども?」
おや? ここは涙の別れのシーンではないのだろうか?
「消え去るなどと縁起の悪い事をぬかすな。ほれ、とっとと帰るぞ。いつまでそんな薄気味悪い肉塊の中に入っておるんじゃよ?」
雷電丸はそう言うと、私の胸を手刀で貫いた。
「はんぎゃ!? ちょっと、止めを刺すとか、あり得ないんですけれども!? もうちょっと時間があるからちゃんとお別れを言わせてよ⁉」
「いいから、とっととこっちに戻って来んかい!?」
雷電丸はそう怒鳴ると、すいっと、私の魂を肉の器から取り出した。それこそ、ちゃんこ鍋の具を鍋から箸で掴み上げる様に軽々と、である。
魂を失った肉の器は一瞬で灰と化し崩れ去る。
そして、雷電丸は魂だけの状態になった私の身体を優しく包み込む様に抱き締めた。
「お帰り、双葉」
雷電丸がそう呟くと同時に、私の魂はすうっと雷電丸の身体の中に吸い込まれていった。
気付くと、私はいつも通り精神世界で佇んでいた。
『え、えええええええ⁉ ちょっと、これはどういうこと!? 私、あのまま消え去るんじゃなかったの⁉』
悪神オロチに魂を引き抜かれ、肉の器に入った時から、私は二度と雷電丸の身体の中には戻って来れないと思っていた。
「じゃから、その前に儂の身体の中に引き戻してやったんじゃろうが。いつでも魂を元に戻せるって、さっき言っておいたではないか」雷電丸は呆れた様に眉根を寄せて、しかめっ面を作りながら呟いた。
私は逡巡する。
『それ、聞いていないんですけれども!?』
「そうじゃっけか? まあ、結果良ければ全て良しじゃ。さ、ちゃんこを食いに帰るぞ」
そう言って、雷電丸はガハハハハ! と豪快な笑い声を上げた。
一方の私は、悲壮感に酔いしれ、何とも恥ずかしい言葉を口にしてしまったものだと、精神世界で悶え苦しむのだった。
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