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集中治療室と救急車

6月15日(木曜日)

右目はものもらいができていて、左目の半分しか開かなくなっていた。水を飲みたいとお願いしたら、ガーゼに染み込ませた水をチューと吸わされた。全然満足できなかったので、飲まないから口をゆすぎたいとお願いし、やっと口内がスッキリした。でも喉の奥が痛いような気がする。乾燥のせいだろうか。産婦人科の医師が往診で集中治療室まで来た。内診と超音波をしてもらい、ピルの処方はなしとなった。
血液内科のあるさらに大きい別の病院へ転院することになり、11時半に消防署の救急隊がやってきた。熱のせいか、全員がとんでもないイケメンに見えた。ドラマ俳優みたいだ。輸血と点滴をされたままストレッチャーに乗せられて、救急車に人生初ライドオン。車内では、イケメン隊員に沢山質問を受けたが、頭の中では「救急車って結構揺れるのね」とか「譲らない車が注意されまくってる、ウケる」とか、関係ないことをボーっと考えていた。救急車には病院の医師も同乗してくれた。

20分かけて大きい病院の救急に到着し、再び採血。転院前の医師と転院先の医師が挨拶を交わす中、また看護師さんが血管探しに苦戦していた。最終的に足の内側のくるぶしから採血。新しい主治医は小柄な女性で話しやすい感じの医師だ。全然関係ないけど、上の子と通ったベビースイミングに似た雰囲気のお母さんがいたな。もしかしてその人かな、いや違うか、を心の中で10回くらい繰り返し、結局ご本人には聞かなかった。多分別人だろう。そうこうしているうちに夫も到着。転院前の病院で渡された紙袋を持ってきてくれた。中心静脈カテーテルを検討することになり、別の担当医がエコーを使って診察。血液内科病棟に入院する前に、再度コロナの検査。陰性を確認して病棟へ。血液内科には感染症に弱い患者さんが多いので面会ができないらしい。病室に入る前に、骨髄検査。小柄な主治医が麻酔を使って上手に骨髄液をチューッと抜いてくれた。病室に入って荷物を置き、夫と主治医から説明を受ける。骨髄検査の結果、病名は「急性骨髄性白血病」で、急性前骨髄性白血病疑いとのこと。治療や副作用、入院期間などを丁寧に説明された。熱でボーっとしていたから、別世界の話のようだった。

胸のレントゲンを撮ることになり、車椅子で移動。夫は一度家に帰り、夕方また来ることになった。レントゲン撮影後、再び輸血と点滴と採血。もう何度採血したかわからない。腕は採血の痕だらけだ。喉の痛みが酷くなってきている。夕方夫が来たが、紙袋を忘れてしまい充電済みの携帯だけ持ってきてくれた。抗生物質の影響でお腹の調子が悪い。携帯で職場の人にLINEで状況を伝え、休職手続きをお願いした。実家へは夫から連絡してもらうことにした。

18時に夕飯が出た。サワラの西京焼きと白飯、野菜の小鉢、味噌汁、オレンジだったと思う。空腹ではなかったが、久しぶりの食事で嬉しかった。でも喉が痛すぎて飲み込むと痛い。口を大きく開けるのも痛い。温かいお茶と水を飲みながら、食べられそうなものを一口二口食べた。オレンジは絶対喉が痛いと思ったけど、無理して食べた。食後から1回目の投薬治療でベサノイドというカプセルを飲んだ。

少ししてまた点滴と輸血。また悪寒ガクブル地獄→アッチッチ状態で朦朧としながら消灯。夜中も輸血と点滴の繰り返しでなかなか眠れず、ネトフリのサンクチュアリとAgustDのD-DAYが混ざったような夢を見てすごく疲れた。汗だくになってしまったので看護師さんを呼び、温かいタオルを持ってきてもらった。体を拭いて解熱剤を飲んで寝た。