トイレの花子さん 6

実千花の叫び声に、優花が駆け寄ろうとした。
ぬちゃ。と、足元が滑った。
自分の足元を見ると、そこには真っ赤な液体が溜まり始めている。
赤く、重たい粘るような、液体がゆっくりと春美が入っている個室の床から流れていた。
辺りは騒然となった。


(誰かが呼んでいる。)
真っ白い空間の中で、小さな女の子が横たわっている。
目を開けようとしているが、寝ぼけているような、目の開け方を忘れてしまったような。
そんな鈍い動きで、瞼がひくりと動いただけのようだった。

ようやく、目を薄く開ける。
世界はまっ白で、何処が上で何処が下かも分からない、
ただ、真っ白い世界に横たわっていた。本当は横たわっているのかも分からない。
でも、そんな気がしていた。

遠くから、微かに音がした。
音がした方に顔を向けてみた。
それから、右手を自分の目の前に持ってきて、ゆっくり指を動かしてみた。

身体がある。
小さな女の子はそんなふうに思った。
そしてゆっくりと身体を起こしてみた。
自分の足が見えた。
赤いスカートも。
少し足を動かした。
スカートに触ってみた。
どうやら自分は、今、ここに居るらしい。

また音がした。
耳も聴こえている。
立ち上がってみて音がする方へ歩いてみた。

身体の重さは感じない。
手も足もある。目も見える。耳も聴こえる。考える事も出来ている。でも、自分の重さを感じない。周りは真っ白いだけで、地面のような硬さも感じない。
まるで、いつまでも夢の中に居るかのようだった。
だけど、自分の周りはずっと前からこうだったように思う。

真っ白い闇の中。
おかしいとも思えなかった。
ずっとこうだったから。
でも、前って何時だったっけ?
寝てたのか?
寝ていたような気もするけど、寝るって何だったっけ?

小さな女の子は、考えられるとは思っているけど、幾つもの矛盾には全く気が付かないでいた。

そのうち、ようやく音がする場所の真ん前まで来た。

「花子さん、遊ぼう」
今度ははっきりと聴こえた。 
 「花子さん」と呼ばれた小さな女の子は、ぼんやりしながら、遊ぼうって何だったっけ。
誰だっけ。  と思った。

それから、不意に
あ、お友達が来たんだ!一緒に遊べるんだ。開けなきゃ。この場所のドアを開けてお友達を入れてあげなきゃ。

と、合点がいったようにパタパタを動き出した。
花子さんの赤いスカートがゆるりと揺れたのと同時に、真っ白い世界の1箇所がぐにゃぐにゃと歪み始めた。

歪んだ真っ白い壁の向こうにお友達が見えた。
コッチだよ〜
一緒に遊ぼう〜
と、呼んだつもりだった。

呼ばれた女の子は、3番目の個室に入っていた春美だった。
春美は、いきなりトイレの後ろの壁から声が聴こえて驚いて振り返った。

おかっぱ頭の白いブラウスを着た赤いスカートを履いた女の子が、自分に向かって呼んでいる。

呼ばれた春美は、歪んだ空間の向こうに見えた花子さんの方へ手を伸ばし、その空間に入ろうとしただけだった。

怖くも何ともなく、お友達が呼んでいるから、振り返っただけだった。

そこから、春美の意識は無くなった。
ただ、歪んだ空間に命を盗まれたのだった。
ねじ切られる様に、スラッとした少女の身体は真っ二つに裂けられて、声を出す間も、痛みを感じる間もなく、だくだく、ダラダラと幼い生き血をを垂れ流していた。

歪んだ空間は、久しぶりの獲物に満足すると、ぶるぶると震えるようにしながら、歪みを消して行った。

せっかく目覚めた花子さんは、
そうだった。と、思い出していた。

わたしは、いつも眠っている。
でも、時々誰かに呼ばれて目を覚ますんだ。
それで、お友達が遊びに来たって嬉しくてドアを開けるんだけど、
ドアを開けるとお友達が血まみれのお化けになってしまう。
すっごく怖くて怖くて。
それからまた寝てしまうんだけど、またお友達に起こされてしまう。
遊ぼうってお友達は言うけど、遊んだり出来ない。
ここから出して。もう出て行きたいよぉ。
お友達の振りをしたお化けが来るんだもん。
怖いよぉ。誰か助けて。

小さな花子さんはぶるぶる震えながら小さく小さく縮こまって、真っ白い闇の中へと消えていった。

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