人類の未来2
人間の非合理さゆえに戦争や殺人などがなくならないのも確かである。
人間は非合理であるから美しくもあり、残酷でもある。
プラス方向の非合理さは倫理的と呼ぶ。
そして僕はマイナス方向の非合理さを愚かと呼ぶ。
しばしばその時代によって愚かさと倫理はひっくり返ることがある。そこは絶対的ではない。倫理と愚かさは表裏一体だと思う。倫理的という言葉を出せばたいていの人はそれ以上何も言えなくなる。そしてこの世にはバカがはびこることになる。
人類の未来が非合理な方向に進むのだとしたら非合理の中にも論理を組み立てることだ。非合理さは人の感情によって生み出されることが多い。
それゆえ非合理さは人によって時によって変わってしまう。
非合理さを通す論理が社会保障であるのだろう。
あくまでも合理的であることをベースにしたものでないと社会が崩壊する。かつての共産主義国のように。
また合理的の基準も変わってきている。かつての年功序列から実力主義になったり。
合理的なことがある程度出尽くした(と僕は感じている)。現在、非合理的なことも社会に浸透し始めている。
倫理的に正しいことが増えるのは大変喜ばしいことだがそれが愚かなことにならないように慎重にしていかないといけない。