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庭の陽だまりで優しく問いかける父

筵の上に母が干した野菜を目を細めて眺める父

「愛理、雄介、幼稚園は何処行きたいかなあ?」

雄介は父の肩に背後から纏わり付いて
「うーん!どこでも」

久しぶりに側に居てくれる大好きな父、
雄介はうれしくて仕方ないのだろう

幼稚園の事なんかどうでも良いみたいだ
「ねえ!父ちゃん、川つれていって」
「ねえ、字おしえて!本よみたい」

父はいっそう目を細めて
「よしよし、後で行こうな」
「愛理は何処が良いのかなあ?」

少しばかりおしゃまな愛理はツンとして
「私、お母さんと一緒の町の幼稚園が良い、一緒に帰れるから」

父は、自分の勤め先が遠くて無理なのは解っていても、心なしか寂しげに無言で頷いた。

こうして雄介と愛理は、幼稚園から小学校まで「越境入学」と言う当時は珍しい選択をした。

近所の子供達と遊ぶ事は殆ど無くなった。
その代わりに新しい友達が沢山できた。

中にはいじめっ子もいたけれど、愛理も雄介も逞しかった。

帰りには、定時に仕事を終えた父が迎えに来た。
雄介は、大好きな父と一緒に帰れる事が嬉しくて無欠席を成し遂げる予定だった。

何事も起きなければそのはずだった。

愛理は
「お母さんと帰るから先帰ってよ!」
といつも友達と遊び呆けていた。

愛理は、父がくれた小銭で、毎日ショートケーキを食べた。

甘い匂いがするのか、帰宅すると雄介が、愛理の周りを鼻を鳴らしながら怪訝そうに飛び跳ねた。

幸せな日常に、突然終わりが来ることなど、誰が想像しただろうか。

朝笑顔で出社する父の帰宅を、愛理も雄介も信じて見送った。

母から
「お父さん、入院したよ」と聞かされた。

そして3日の後、冷たくなって横たわった父を見ても、雄介は眠っているだけだと思っていた。

「ねえ!父ちゃん一緒に寝ようよ」
布団の中に潜り込んだ。

「なんだか、つめたいね、さむいの父ちゃん?」
「もっと、おふとんかけようか?」

陽だまりの中の父の笑顔が雄介と愛理の心の奥で輝いていた。

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