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離婚道#43 第6章「ザ・ファーム 酒が豊富な法律事務所」

第6章 離婚後の人生へ

ザ・ファーム 酒が豊富な法律事務所

「まどかさん、お誕生日おめでとう!」
 別居して2回目の誕生日を迎えた。
 緊急事態宣言が令和2(2020)年5月25日に解除され、その直後、雪之丞から裁判を起こされて「被告」になった私は、その年の7月、51歳になった。
「上野さくら法律事務所」で打ち合わせ後、弁護団の3人の先生方が誕生日会をしてくれたのである。
 さっきまで資料を広げていた会議室のテーブルを片付け、近くの人気ビストロからのデリバリーが広げられた。スペインバルのタパスのようなバラエティー豊かな前菜盛り合わせがとても華やかで、たちまち会議室にガーリックやフリッターの香りが広がった。
 ここは法律事務所なのに、どういうわけか、常時すぐにでも居酒屋営業できるほどの酒類がある。
 ボスの久郷弁護士が冷蔵庫からシャンパンを出してきて、小島弁護士に渡した。
「小島、蛍光灯を割るなよ。絶対に割るなよ」
 しきりに久郷弁護士がクギを刺しているが、そこは三代目。
「久郷先生、それ、蛍光灯を狙えっていうフリじゃないですよね?」
 と、とぼけたことを言いながら、焦らず平然と「ポン!」と抜いた。
「おぉ~」と地響きのような歓声と拍手。
 そうして、なぜか法律事務所に揃えてあるシャンパングラスで、
「カンパ~イ!」
 新入りの醍醐弁護士が、奥からオレンジ色を基調とした可愛らしい花束を持ってきて贈呈してくれた。2年連続で誕生日を代理人弁護士に祝っていただき、誠にありがたいことだ。
 
 少しさかのぼって、そのひと月前の6月。
 この法律事務所では、「事務所リニューアル記念&醍醐松也弁護士の歓迎パーティー」が開かれ、私も参加していた。
 久郷弁護士の所属する複数の委員会の弁護士たち約20人が、法律事務所や委員会の垣根を超えて「上野さくら法律事務所」に集まり、アットホームながら盛大に行われたパーティーだ。
 久郷弁護士から「まどかさんもおいでよ。弁護士モノを書く時に参考になるかもよ」と言われて、断れずに参加した。
 弁護士たちは30代から50代。女性が5人程度いたと思う。ぱっと見は全員、トム・クルーズ主演の『ザ・ファーム 法律事務所』に出てくるようなバリバリの弁護士。その中で、弁護士でないのは私だけである。
 離婚道に悶々もんもんとたたずむ無職の私は、「早く私も社会的活動がしたい」という焦りとわずかな劣等感を抱いたが、久郷弁護士が場を回して陽気な会話が展開し、仕事の話は一切ない。最初の気後れはすぐに吹っ飛び、朝方までひたすら大笑いするという、ただただ愉快な飲み会だった。
「こちら依頼人の吉良まどかさん。別居して山の手の方から下町の西日暮里に引っ越してきたから、ご近所づきあいしてます」
「え⁈ 久郷先生、事件の最中さなかに、依頼人と一緒に飲む関係になってるんですか? すごいですね。僕はそもそも依頼人とは食事をしたこともないから、信じられない。いやぁ、さすがですよ」
 ほかの弁護士たちから驚かれている。
 たしかに、裁判の代理人弁護士と依頼人が飲んでいるのは珍しいことかもしれないが、久郷弁護士の場合、顧問契約している会社の社長と飲むのはしょっちゅうだし、離婚や相続、債務不履行の事件解決後、その依頼人が飲み仲間になることも少なくない。
 弁護士たちの飲み会で、もっとも盛り上がった話題は、独身弁護士の婚活について。その話題の中心にいたのが、パーティーの主役でもある醍醐弁護士だ。
 醍醐弁護士は35歳、婚活真っ只中である。
 先輩弁護士から「最近はどうだ?」と話題を振られ、かなり踏み込んだ質問も飛び交う中、醍醐弁護士は気の利いた返答をしつつ、正直に、そしてなんとも爽やかに、婚活話を自供している。
 どうやら醍醐弁護士は、大学時代からマッチングアプリを活用しているベテランで、弁護士になってからは本気で婚活のためにアプリを活用しているらしい。弁護士登録後の3年間で約200人の女性と出会ったという。
「それって、出会い系サイトとどう違うの?」
 と、ある50代弁護士の素朴な質問。それ、私も訊きたかった。
「先生、そんな基本的な質問、やめてくださいよ」と言いつつ、醍醐弁護士はいかにもトム・クルーズのごとくスマートに、出会い系サイトとマッチングアプリとの違いを説明した。
 要約すれば、出会い系サイトでは本人確認の手続きが不要だが、マッチングアプリはトラブル防止や違法業者の排除の目的から、登録時に身分証の提示と本人確認手続きが必須という。
 また、結婚相手だけでなく恋人を求めて活用するマッチングアプリは女性が無料の場合も多いが、婚活に特化した婚活アプリだと男女ともに有料の場合が多いそうだ。
 婚活アプリ、マッチングアプリをうまく活用することは、理想の結婚相手に出会う最短かつ最善の道なのだとか。メールやSNSのやりとりで相手の性格をよく見極め、会ってからもデートを何度も重ねることなど、正しく活用する方法なども熱弁した。
「でもさ、醍醐先生はイケメンだし、話も面白いんだから、婚活アプリに頼らなくてもモテるんじゃないの?」
 女性の先輩弁護士が疑問を呈した。
 そう、醍醐弁護士はスラッとした高身長のうえ、人気歌舞伎役者のような端正な顔立ちをしている。ついでに声もいい。なにより弁護士という花形職業は最大の武器である。婚活サイトを活用しなくても・・・・・と思うが、醍醐弁護士は「その考えは違います」とピシャリ。
「私の妹もマッチングアプリで結婚しました。みなさんの時代と違って、アプリで相手を探す人が急増していますので、社会でモテないとか奥手だとか、そういう人ばかりじゃないんです。かなり幅広いタイプが目的を持って登録しているので、気の合う人や理想のタイプと出会う確率は、実社会で見つけるよりも高いと思います」
 なるほど・・・・・。
「小島さぁ、三代目なんだから、親から四代目を期待されてるじゃないの?」と久郷弁護士。
「えぇ、まあ・・・・・」
 小島弁護士もパーティーに参加している。
「あの、情緒不安定のとんでもない女と別れてから、彼女は?」
「えぇっと、3年くらい、彼女いません」
「醍醐さ、小島に婚活アプリのコーチしてあげれば?」
 小島弁護士はピクンと反応し、
「え? いいんですか? 醍醐先生、お願いします」
 わが弁護団は、みな素直で好感が持てる。
 というわけで、その場で小島弁護士はマッチングアプリに登録した。
 プロフィールをどうするとか、希望の相手はどうだと、みんなでワイワイと大盛り上がりであった。・・・・・
 
 さて、その1カ月後の私の誕生日パーティーに戻ろう。
 弁護士3人と依頼人の計4人のうち、女性2人は離婚問題を抱えている50代、男性2人は30代と40代の婚活中の弁護士である。
「醍醐先生、その後の婚活はどうなりました?」
 私の興味津々の質問に、
「ええっとですね、実は彼女ができまして、いい感じです」
「えぇ⁈」
「すごいじゃないですか!」
 小島弁護士と私が、ほぼ同時に驚嘆の声をあげた。
「そうなんですよ、醍醐、彼女ができたんですよ。メールで数カ月やりとりしてた人で、もう何度もデートしてるんだよね?」
 ボスの久郷弁護士には報告していたらしい。
「で、どうなの? その後? どこまでいった?」
 ボス弁の質問は直球だ。
「えっ?」と戸惑う醍醐弁護士だが、
「ですから醍醐先生、彼女とはどこまでいったんですか?」
 ボス弁の質問は押しが強い。
「久郷先生、それは明らかにパワハラですけど、でも、まぁ、久郷先生と私の関係なので、それに皆さんも身内なので申し上げますが、実は昨日、初めて彼女がウチに泊まりまして・・・・・」
 と醍醐弁護士は激しく頭をかいている。
 一堂、いっせいに「えぇ⁈」とも「ギョ⁈」ともいえる爆発的な反応となった。
「なんだなんだ、まどかさんの誕生日は、醍醐の記念日じゃないか。さぁ、乾杯するよ!」
 ボス弁の掛け声で、みんな一斉にグラスをあげた。
「醍醐の彼女の初お泊りに、カンパ~イ!」
 ・・・・・ザ・ファーム、「上野さくら法律事務所」でのひとコマであった。

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