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ドラマ『海のはじまり』に登場する絵本が泣けすぎする。


愛娘に前を向いて自分で人生を切り開いて生きてほしいと願って送った絵本


『くまとやまねこ』

ある朝、熊は泣いていました。仲良しの小鳥が死んでしまったのです。
熊は森の木を切って小さな箱を作りました。
木の実の汁で箱を綺麗な色に染め、中に花びらを敷き詰めました。
それから熊は小鳥をそっと箱の中に入れました。
小鳥はちょっと昼寝でもしているみたいです。
茶色の羽はふんわりしているし、黒い小さな口ばしはオニキスという宝石そっくりにつやつやしています。

熊は昨日の朝、小鳥と話したことを思い出しました。
熊は小鳥に言ったのです。

「ねえ小鳥、今日も今日の朝だね。昨日の朝も今日の朝って思っていたのに、不思議だね。明日になるとまた朝が来て、明後日になるとまた朝が来て、でもみんな今日の朝になるんだろうな。僕たち、いつも今日の朝にいるんだ。ずっとずっと一緒に。」

すると小鳥は首をちょこんとかしげて言いました。
「そうだよ、熊。僕は昨日の朝より明日の朝より、今日の朝が一番好きさ。」

でも、もう小鳥はいないのです。

「ああ、昨日は君が死んでしまうなんて僕は知りもしなかった。もしも昨日の朝に戻れるなら、僕はもう何もいらないよ。」

熊は大粒の涙をこぼして言いました。

それからいつも、どこに行くにも熊は小鳥を入れたその箱を持って歩くようになりました。森の動物たちが尋ねます。

「熊、素敵な箱を持っているじゃないか。一体何が入っているの?」けれど、
熊が箱を開けるとみんな困った顔をして黙ってしまいます。

それから決まって言うのでした。
「熊、小鳥はもう帰ってこないんだ。辛いだろうけど、忘れなくちゃ。」

熊は自分の家の扉に中から鍵をかけました。
暗く締め切った部屋で、昼も夜もじっと座っていると、時々浅くて短い眠りがやってきます。熊は椅子に座ったまますっかり疲れきって、うつらうつらとするのでした。

ある日のことです。
久しぶりに窓を開けてみると、なんていいお天気なのでしょう。

風が草の匂いを運んできます。熊は外に出て、白い雲のしっかり浮かんだ空を初めて見るもののように見上げていました。

熊は歩き出しました。
森を抜け、川べりの土手に登ると草は青々と茂り、川はキラキラ光っています。

おや、見慣れない山猫が土手に寝転んで昼寝をしています。ボロボロのリュックサックとおかしな形の箱が草の上に投げ出されています。熊はおかしな形の箱の中が見たくてたまらなくなりました。

「君、何か用。」
山猫は片目だけ開けて言いました。

「君の持っている箱、見せて欲しいんだ。」
つっかえながら熊が言うと、「いいけど」と、山猫は今度は両目を開けました。

「熊、君の持っている綺麗な箱の中を見せてくれたら、僕も見せてあげるよ。」
熊はちょっと迷いましたが、箱を開けました。

小鳥はいい匂いの花びらに包まれて、とても気持ちよさそうです。
しばらくの間、山猫は小鳥をじっと見つめていました。それからゆっくり顔をあげると言いました。

「君はこの小鳥と本当に仲が良かったんだね。小鳥が死んで、随分寂しい思いをしているんだろうね。」

熊は驚きました。こんなことを言われたのは初めてです。
山猫が自分の箱を開けると、中から出てきたのはバイオリンでした。

「君と小鳥のために一曲演奏させてくれよ。」
山猫がバイオリンを弾いています。

音楽を聞きながら、熊はいつの間にか目を閉じていました。
すると、色々なことが思い出されるのでした。

小鳥はタカに襲われて怪我をしたのです。いく晩も眠らずに熊は小鳥の看病をしていました。

随分ひどい怪我でしたが、小鳥は決して泣き言を言いませんでした。それより、羽を食いつかれて、尾羽が抜けてしまったのを恥ずかしがっていたものです。

バイオリンの音楽はゆっくりと滑らかに続いています。
あの時、熊は小鳥のために綺麗な葉っぱを集めたのでした。

抜けてしまった尾羽の代わりにお尻に葉っぱを結びつけてあげると、小鳥はとても喜びました。

色とりどりの葉っぱを見ようと後ろ向きにくるくる回っていた小鳥の姿が目に浮かび、熊は少しにっこりしました。

それから熊は、小鳥と一緒にした楽しかったことを一つ一つ思い出しました。

毎朝、寝坊の熊を起こす時、小鳥が黒い小さな口ばしで熊のおでこをつついてくれた、くすぐったい感じを思い出しました。

木の実の数を数えるのは、何度やっても小鳥の方が早かったことを思い出しました。お天気のいい日には、森の泉で一緒に水浴びしたことを思い出しました。熊が水を跳ね飛ばすので、小鳥がいつも文句を言っていたことを思い出しました。

水浴びした後の小鳥の羽の匂いを思い出しました。時には喧嘩をしたことも思い出しました。その後の仲直りも思い出しました。熊は何もかも、全部思い出しました。

森の中にぽっかりと、そこだけいつも日の当たる場所があります。小鳥と一緒によく日向ぼっこをした場所です。熊はそこに小鳥を埋めました。

「僕、もうめそめそしないよ。だって、僕と小鳥はずっと、ずっと友達なんだ。」
山猫が小鳥と同じくらいの大きさの綺麗な石を見つけてきて、埋めたところに置きました。それから二人は花で石の周りを飾りました。

「さて、そろそろ行くとするかな。」山猫は空を見上げました。

「君、どこへ行くの?」熊が聞くと、「さあ、気の向くままさ。」
山猫はそう言って、バイオリンケースを担ぎました。

「町から町へと旅をして、バイオリンを聞いてもらうのが僕の仕事なんだ。君も一緒に来るかい?」

「ええ、僕も一緒に。」
生まれてから一度も熊は自分の家を離れたことがありません。

それに、山猫みたいにバイオリンを弾いたりすることもできないのです。
でも、知らないところを旅するのは素敵なことのように思えました。

「おいでよ、熊。」山猫はそう言って、ボロボロのリュックサックからタンバリンを取り出しました。

「叩いてごらん。」熊はタンバリンをちょっと叩いてみました。

バラン、バララン。雨が降った後、たくさんの木の葉っぱからしずくが落ちる時のようないい音がします。

それにしても随分古いタンバリンでした。手の跡がたくさんついて、茶色に汚れています。

「このタンバリンは誰が叩いていたのだろう?」
熊は山猫に昔の友達のことを聞いてみたいと少し思いました。

でも聞く代わりに言いました。「僕、練習するよ。踊りながらタンバリンを叩けるようになりたい。」


それから二人は一緒に旅を続けています。熊と山猫音楽団はどこに行っても大人気です。今も世界のどこかを巡業中ですから、今度はあなたの街にやってくるかもしれませんよ。

YouTube  朗読動画より 文字起こし したものです

『くまとやまねこ』

作: 湯本 香樹実

絵: 酒井 駒子

出版社: 河出書房新社


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