大欲は無欲に似たり(たいよくはむよくににたり)

村田智也は、若くして起業し、瞬く間に成功を収めた実業家だった。彼の会社は急成長を遂げ、大手企業からの投資も引き寄せた。しかし、智也の心の中には常に満たされない何かがあり、さらなる成功を求めて事業を拡大し続けた。

「もっと大きなプロジェクトを手掛けたい。もっと多くの人に影響を与えたい。」

彼の欲望は尽きることがなく、常に次の目標を追い求めていた。だが、その一方で、彼はふとした瞬間に自分が何を追い求めているのか分からなくなることがあった。

ある日、智也は高校時代の親友、佐藤直樹に誘われて田舎にある古い寺を訪れることになった。都会の喧騒から離れ、静かな山奥に佇むその寺は、智也にとって久しぶりの安らぎを感じさせる場所だった。

寺の住職は、年老いたが目に穏やかな光を湛えた老人だった。直樹が智也を紹介すると、住職は静かに微笑み、「何か悩みがあるのか」と問いかけた。

智也はしばらく考えた後、自分が抱えている焦燥感を語り始めた。「私は常に成功を求め、より大きな目標を追い続けてきました。でも、気づくと、何をしても満たされないんです。もっと欲しい、もっと成功したいと思う反面、何をしても虚しいんです。」

住職はしばらく黙って智也の話を聞いた後、「大欲は無欲に似たり」という言葉を静かに口にした。

「大欲は無欲に似たり…ですか?」

「そうです。大きな欲望を持つ者は、その欲望があまりに大きすぎて、最終的には無欲と同じように見えることがある。欲望に囚われ続けると、それが本当に必要なものかどうかを見失い、結局何も得られなくなることがあるのです。」

智也はその言葉を聞いて、ふと胸の中に何かが落ちる感覚を覚えた。彼の中で、成功や富を追い求めることが全てだと思い込んでいたが、それは果たして本当に自分が望んでいるものだったのか。もしかすると、彼はただ形のない満足を求め続けていたのかもしれない。

「では、私はどうすればいいのでしょうか?」智也は問いかけた。

住職は微笑みながら言った。「まずは自分の心を見つめ直し、何が本当に自分にとって必要なものなのかを考えることです。大きな欲望を持つことは悪いことではありませんが、その欲望に囚われず、自分自身を見失わないようにすることが大切です。」

智也はその言葉に深く頷いた。それから彼は、成功や富だけではなく、自分が本当に価値を感じるもの、心から満たされるものを追求することを決意した。

帰り道、智也は風に揺れる木々の音を聞きながら、住職の言葉を噛み締めた。大欲は無欲に似たり。彼は自分の欲望を再定義し、真の意味での満足を求める旅を始めたのだった。

ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方

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