大勇は闘わず(たいゆうはたたかわず)

山崎徹は、柔道の有段者であり、地元では「山崎先生」として親しまれていた。彼は若い頃から数々の試合で優勝し、その実力は誰もが認めるところだった。しかし、彼が本当に尊敬されていたのは、その強さだけではなかった。

ある日、山崎の道場に新しい生徒が入門した。彼は町の不良グループのリーダーで、これまで喧嘩に明け暮れていた青年、田辺剛だった。田辺はその腕っぷしの強さに自信を持ち、道場でもすぐに他の生徒を挑発するようになった。彼は自分が最強だと思い込んでいたが、内心では本当の強さとは何かを知りたいと思っていたのかもしれない。

ある日、田辺はついに山崎に挑戦状を叩きつけた。「先生、俺と勝負してくださいよ。俺が勝てば、この道場のトップは俺のものだ。」

道場内は一瞬で静まり返った。山崎がどう答えるのか、誰もが息を呑んで見守っていた。

山崎は穏やかな表情で田辺を見つめ、静かに言った。「田辺君、君が強いことはよく知っている。でも、真の強さは勝負で証明するものではない。『大勇は闘わず』という言葉があるんだ。」

「何ですか、それは?」田辺は不満げに問い返した。

「本当に強い者は、闘わなくても自分の力を示すことができるという意味だ。闘うことが全てではなく、時には闘わずに相手を理解し、自分自身を制することが必要なんだ。」

田辺はその言葉に驚いた。自分の強さを誇示するために闘いを挑んできた彼にとって、それは理解しがたい考えだった。しかし、山崎の目には確かな自信と落ち着きがあり、田辺は次第にその言葉の重みを感じるようになった。

「もし君が本当に強くなりたいのなら、自分の力を他人に示すためではなく、他人を守るために使うべきだ。それが本当の強さだ。」

田辺は黙って頭を下げた。彼はその日から、山崎の教えを受け入れ、自分の力を他人との闘いではなく、自分を成長させるために使うようになった。そして、彼の心は次第に穏やかになり、以前のように他人を挑発することはなくなった。

数年後、田辺は山崎の教えを胸に、新しい道場を開き、若い世代に柔道を教える立場になった。彼はもう「強さ」を証明するために闘う必要がないことを知っていた。そして、彼自身が山崎から学んだ「大勇は闘わず」という教えを、次の世代に伝えていくのだった。

ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?