問うに落ちず語るに落つ(とうにおちずかたるにおつ)

地方都市の警察署に勤める若手刑事、リョウタは、その日も緊張感に包まれていた。彼が担当する事件は、地元で起きた連続窃盗事件。目撃証言も証拠も乏しく、犯人の手掛かりはほとんどなかった。

リョウタは、ある夜、一人の容疑者、サトシを取り調べ室に呼び入れた。サトシは地元の若者で、以前にも軽犯罪で何度か警察にお世話になっていたが、今回の事件に関与しているかどうかは不明だった。

「サトシ君、君が窃盗事件に関与していると疑っているわけじゃない。ただ、話を聞かせてほしいんだ。」リョウタはできるだけ穏やかな口調で切り出した。

サトシは椅子に座り、腕を組んでリョウタを見つめた。「俺は何も知らないって、前にも言っただろ?」

リョウタは頷きながらも、さらに問いかけた。「事件のあった夜、君はどこにいたんだ?」

サトシは目をそらし、しばらく沈黙した後に答えた。「友達と遊んでたよ。何の証拠もないのに、何で俺ばっかり疑うんだ?」

リョウタは彼の目をじっと見つめ、次の質問を考えた。しかし、何度尋ねてもサトシは同じ答えを繰り返し、決して自分の罪を認めることはなかった。

取り調べが進むにつれ、リョウタは別のアプローチが必要だと感じた。サトシに質問を続けるだけではなく、彼自身の話をさせることが重要だと気付いたのだ。

「サトシ君、最近どうしてる?何か困ったこととかないか?」リョウタは少し砕けた口調で話しかけた。

サトシは一瞬驚いたような表情を見せたが、次第に自分の生活について語り始めた。最近の友人関係や仕事のこと、そして家庭の問題まで。話が進むにつれ、サトシの緊張が少しずつ解けていくのがわかった。

そして、サトシがふと漏らした言葉にリョウタは耳を澄ませた。「そういえば、あの夜は友達のケンジが妙にソワソワしててさ…。なんか隠してるような感じだったんだよな。」

その瞬間、リョウタは確信した。サトシは自分が犯人ではないことを証明しようとするあまり、無意識に真犯人の情報を漏らしてしまったのだ。まさに「問うに落ちず語るに落つ」ということわざ通り、尋問の中では決して答えを漏らさなかったが、自然な会話の中で真実が浮かび上がったのだ。

リョウタはその情報をもとに、ケンジという人物を調査し始めた。数日後、ケンジは逮捕され、連続窃盗事件の犯人であることが判明した。彼の自白により、事件は無事解決に至った。

取り調べ室を出る際、リョウタはサトシに微笑んで言った。「君のおかげで事件が解決したよ。ありがとう。」

サトシは驚きながらも、少し照れくさそうに笑った。「俺、何もしてないけどな。」

リョウタはその言葉に軽く頷きながらも、心の中で「問うに落ちず語るに落つ」の意味を深く噛みしめた。質問だけでは得られない真実が、人々の語る言葉の中に隠れていることを、改めて実感したのだった。

ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?