立つ鳥跡を濁さず(たつとりあとをにごさず)

桜が満開の季節、老舗の和菓子屋「桜もち」は長年親しまれてきた町の名店だった。しかし、店主の山田隆夫さんは年齢を重ねるにつれ、体力の限界を感じていた。70歳を迎えた彼は、店を閉める決断をした。

「長い間お世話になったが、そろそろ引退する時が来たようだ。『立つ鳥跡を濁さず』、店をきれいに片付けてから閉めよう」と、山田さんは妻の美智子に話した。

「そうね。お客様や町の皆さんに感謝の気持ちを伝えたいわ」と美智子も賛同した。

閉店の日が近づくと、山田さんと美智子は店の片付けを始めた。古くなった道具や在庫を整理し、店内をピカピカに磨いた。店を訪れるお客様にも、これまでの感謝を込めて最後の和菓子を手渡した。

その日、町の人々が「桜もち」に集まり、感謝の言葉を山田さんに伝えた。「山田さんの和菓子が大好きでした。閉店は寂しいですが、長い間ありがとうございました」と、常連の佐藤さんが涙ぐみながら言った。

「こちらこそ、ありがとうございました。皆さんのおかげでここまでやってこれました」と山田さんは深く頭を下げた。

閉店当日、店の前には多くの人が集まり、最後の営業を見守った。山田さんと美智子は、笑顔でお客様一人一人にお礼を述べた。そして、最後の和菓子が売れた時、店内には暖かい拍手が響いた。

山田さんは感慨深げに店内を見渡し、「これで本当に終わりだな」と呟いた。美智子は微笑みながら「そうね。でも、私たちの心にはいつまでもこの店の思い出が残るわ」と答えた。

その夜、山田さんと美智子は店の鍵を閉め、最後にもう一度店の中を確認した。すべてがきれいに片付けられ、次の時代に引き継ぐ準備が整っていた。

「立つ鳥跡を濁さず。これで新しい一歩を踏み出せる」と山田さんは静かに言った。

数週間後、町の人々は閉店した「桜もち」の前を通るたびに、山田さんと美智子の優しさや和菓子の美味しさを思い出した。彼らの思い出は町の人々の心に刻まれ、新しい世代にも語り継がれていった。

一方、山田さんと美智子は引退後の生活を楽しむために、小さな農園を始めた。二人は自然に囲まれながら、穏やかな日々を過ごしていた。

「立つ鳥跡を濁さず。私たちは新しい場所で、新しい生活を楽しんでいるわね」と美智子が笑顔で言った。

「そうだな。これからも二人でゆっくりと過ごそう」と山田さんは優しく応えた。

こうして、「桜もち」は閉店したものの、山田さんと美智子の心には変わらぬ思い出が残り、町の人々にも愛され続けた。彼らの生き方は、まさに「立つ鳥跡を濁さず」を体現していたのだった。

ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方

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