年寄りの冷や水

小さな山里の村、カスミ村には、齢七十を越えた元気な老人、タツオが住んでいました。タツオは若い頃から山を駆け巡り、猟師として生計を立てていました。今は年老いても、その冒険心は衰えることなく、村人たちからは「山のタツオ」として親しまれていました。

ある日、タツオは村の若者たちと一緒に山に登る計画を立てました。彼は昔からの馴染みの道を案内し、若者たちに山の知識を伝えることを楽しみにしていました。しかし、村の長老たちは心配していました。「年寄りの冷や水にならなければいいが…」という声が囁かれました。年寄りの冷や水とは、無理をして危険なことに挑む年寄りを揶揄する言葉です。

登山の日がやって来ました。タツオは若者たちを引き連れ、山道を進んでいきました。初めは順調でしたが、次第に険しい道が続くようになりました。タツオは息を切らしながらも、若者たちに励まされて歩き続けました。

やがて、一行は美しい山頂の湖にたどり着きました。湖の水は透き通り、まるで宝石のように輝いていました。若者たちは歓声を上げ、湖畔で休憩を取りました。タツオもその美しい景色に目を細めました。しかし、疲労が溜まっていた彼は足を滑らせ、湖に転落してしまいました。

若者たちは驚きましたが、すぐに協力してタツオを引き上げました。幸い、タツオは大きな怪我をすることなく助かりましたが、その冷たい水は彼の体力を奪い、一時的に体調を崩しました。村に戻ると、長老たちは心配そうにタツオを見守り、「やはり年寄りの冷や水だったか」と嘆きました。

しかし、タツオはその夜、若者たちと共に村の広場でこう語りました。「確かに私は年老いています。しかし、若者たちと一緒に山に登り、彼らの力を感じることができた。それが私にとって何よりの喜びでした。年寄りの冷や水と言われても、挑戦することは大切だと信じています。」

タツオの言葉に、若者たちは深く感動しました。彼らはタツオの冒険心と勇気を尊敬し、その教えを胸に刻みました。その後、タツオは無理をせず、若者たちに山の知識を伝える役割に徹しました。彼の経験と知恵は、次の世代に受け継がれていきました。

タツオの物語は「年寄りの冷や水」という言葉の新たな意味を示しました。それは、年齢に関係なく挑戦し続けることの大切さ、そして若者たちと共に学び合うことの尊さを教えるものとなりました。カスミ村では、タツオの勇気と知恵が語り継がれ、村の人々に希望と勇気を与え続けました。

ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方

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