【プレモルはほろ苦い記憶と共に】
終バスに間に合わず、
コンビニでビールを買って飲みながらいつもの倍の距離の夜道を歩いていたら、ふと思い出した。
「そんなに、しなきゃ、ダメ?」
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自分の部屋なのに、隅のほうに座り込んで壁をみながら呟いた、彼の言葉。
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あの頃の私は、私生活が荒みに荒んでいたが、表面上は何事もないかのように必死に生きていた。
未経験ながら、飲食店の経験があることだけを売りにして雇ってもらった新橋の小さな広告会社。
現状を抜け出したかったから、なけなしの気力でチャレンジしてみた。
月曜から金曜までスーツの男性にまじって、ただ一点だけを見つめて出勤していた。ㅤ
そこに入ってきた、インターンの大学生の男の子。
若さを最大限利用した軽やかさと、大人がつい可愛がってしまう愛想のよさ、真剣に取り組む姿勢が、ワンマン社長が振りまく独特の緊張感を緩和していく。
あえて視線で追いかけていたわけではないけど、マスコットに対する癒やしに近いものを感じていたようで、ふとしたときに見てしまっていた。
時々目が合う。
微笑まれる。
びっくりする。
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視線を感じる。
彼が見ている。
微笑まれる。
微笑み返す。
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きっかけは忘れてしまったけど、そのうち付き合うことになった。
彼は私に興味を持ってくれて、私は初めての年下の彼氏にときめいていたし、(やっとまっとうな付き合いってやつができる・・・)とも思っていた。
仕事は難しくて、ずっと気を張っていたから、日々疲れていたけど、
たまに目配せし合う秘密の関係が楽しくて、頑張ってパソコンに向かっていた。
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週に1回ほど彼の家に遊びにいくのが、私にとっての休日。
彼は、当時発売されたばかりのプレミアムモルツのキャンペーン担当になっていた。
飲みに行くのは、クライアントの店ばかりだし、
家には、いつでも金の缶が沢山あって、
2人で積み上げてみたり、
「そろそろ飽きたかな?」「飽きないでよw」なんてことを言い合いながらプルタブを開けていた。
あの頃の私にとってのおうちデートは、ごはん、酒、いちゃいちゃ、セックスだった。
自然にそういう流れになることを望んでいたし、そうなれば嬉しかった。
好きな人、可愛がってくれる人に抱かれる幸せを味わっていた。
2ヶ月くらい経った頃、いつもと同じように時間が過ぎていたと思ったけれど、彼の手と動きが途中で止まった。
「どうしたの?」
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彼は私から離れて、部屋の隅に行き、呟いた。
「そんなに、しなきゃ、ダメ?」
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言葉が出なかった。
いや、何か言ったかもしれないけど、空回りでしかなかった。
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それから、少しずつ会うペースが減って、彼のインターン期間の終了と共に関係も終わった。
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あの頃の私は、鬱とセックス依存症に近い状態から抜け出そうとしていた。ただただ彼に食らいついていたのかもしれない。
プレモルの彼と別れたあとは、それまで関係を持っていた男とよりを戻し、またゆっくりと病んでいった。
高級路線で売り出されたプレミアムモルツ。
今では居酒屋でもレストランでもメニューに乗っている。
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部屋の隅に積み上がった、金色の缶のピラミッドの映像が頭に浮かんでくるのをそのままに、
そっとジョッキに口をつける。
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