平伏
前の日の晩に何度目かのリストカットをした細い手首に、包帯を自分で巻いて、袖が長めの薄いピンク色のジャケットを着て、表参道に行った。
何か用事があったんだろうけど、覚えていない。
虚ろになった頭を載せた私の身体は、青山方面に坂を登る。
当時はカリスマ美容師が席巻していた頃で、
ヘアスタイリストを名乗る青年達が、いつも路上でカットモデルを物色していた。
私は特別かわいいわけでも目立つ雰囲気もないし、肌もニキビがあるし、背も低くてぽっちゃりしていたので、そういう人たちに声をかけられるわけがないと普段から思っていたけれど、
一人の青年が私に近づいてきて、話しかけ、「これから用事がある」と伝えたらショップカードと名刺を渡してきた。
帰り道、虚ろなままの頭を載せた私の身体は、ショップカードの地図の通りに進む。
手前で店に連絡をしたら、青年が出てきた。
そのまま店には入らず、細い道に進んでいくのをついていった。
あたりは暗くなっていて、誰も入ってこなそうな路地に街頭が一つ、お互いの顔が見える程度の明るさだった。
向かい合い、青年は私の髪に触れ、何か褒めていた。
その後、私の胸のあたりを眺め、「触ってもいい?」と聞いてきたので、頷いた。
ため息と感嘆の声を漏らしながらしばらく触り、
やがてジャケットのボタンを外し、シャツを胸の上までめくりあげた。
街頭に照らされた私の肌は青年の手によって、寄ったり伸びたりした。
「きれいだね」
「すごいよ」
何してるんだろ私。
まっすぐ帰ればよかった。
またやってしまった。
私の胸はきれいなの。
これだけは私の自慢なの。
誰もがひれふせばいいのに。
季節はまだ肌寒かったはずだけど、
青年の手の温度も、さらされている肌にふれる空気も、何も感じない。
誰か来るんじゃないかってことだけは常に考えていて、
呼吸が浅くなっていたので、時々大きく息を吸う。
「気持ちいい?」
何も感じないので、下をうつむく。
青年は満足したようで、私の服を下げ、私が整えるのを待っていた。
「今日はカットモデルはできないんだけど、よければ連絡して」と言って、
明るいところまで送ってくれた。
笑顔だった気がする。
胸は私の、唯一だった。
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