ケッショウー敵は蹂躙するー#2

魔王城正門前

ゴゴゴゴゴゴゴ…………!

上空には暗雲が立ち込め、周囲を巨大な堀と街が囲む魔王城。

この城の正門には巨大な南京錠が取り付けられ、二人の門番がそれを守っている。

ワムパ「…………あー、飽きるわーー、この仕事。 毎日毎日ここにつっ立って、敵が来たらとっちめて、その繰り返し。 『ワークライフバランス』って知らねえのかって聞きたくなるよなー、ホント」

ラビティー「はあ……またその話? もういいじゃない、決まったことなんだし。 『人事』には人間だろうと魔物だろうと逆らえないわよ」

『ワムパ』と『ラビティー』。

無名の魔族の中ではそこそこ強い、厄介な2人だ。
この2人は元々前線で戦う軍人であったが、そのチームワークと実力が認められ、魔王城正門の番人という名誉ある地位と仕事を与えられた。

しかしその実態は敵が来た時に戦う以外はほとんど立ち仕事。
さらに来る敵もワムパやラビティーに勝てる実力を持ち合わせていないという、魔王軍の仕事の中でもかなり退屈な仕事だ。

ん? 何で重要な門なのに強敵が来ないのかって?

決まってるだろ? 本気で城に入りたい強敵が、わざわざ正門から入ってくるかって話だよ。

でも誰もいなかったら誰もいなかったで敵に入られるので、一応警備しておくのだ。

ワムパ「いやー、でもあれか。 本気で死ぬような体験をしないで済む分、恵まれてる方なのかもなー。
他の隊員たちは危険に晒されながら戦地を駆け抜けてるんだもんなー」

ラビティー「そうだよ。 皆みたいに瀬戸際で戦わなくていい分、しっかりここを守らなきゃ」

ワムパ「ああ、そうだな……ん?
なあラビティー、あそこに『人間』、いるよな?」

ラビティー「え?」

ワムパが急に神妙な顔をして前方の森を指差した。
それは人間が来たことを意味し、同時に不毛な戦いの開戦を意味する。

しかしラビティーがワムパが指差す方を見ると、そこには明らかに若く、背の高い少年がいた。

ラビティー「え、ええ……いるけど」

ワムパ「……あいつ、大丈夫か?
今まで見てきた人間の中で一番異質だぜ」

ラビティーはワムパがそう思うのも無理はないと思った。

その少年は部屋着をそのまま着てきたかのようなゆったりとした格好で、しかも敵の城の前だというのに武器さえ持ち合わせていない。
かといって肉体を武器にしているのかと思えばそうではなく、見るからに鍛えていなさそうな体つきをしている。

正直幻覚なのではないかと思うくらい、この場に見合っていない格好だ。

ワムパ「…………あいつ、もしかすると夢遊病とか自殺志願者とか、そういう類いの人間かもしんねえぞ。
あんま無益な殺生はしたくねえし、ちょっと話聞いて上手いこと追い返すか」

ラビティー「ええ……それに、あの子は私たちに敵意がないのかもしれないしね」

ラビティーはノソノソとこちらに近づいてくる少年を警戒しながらも、常套句を少年に投げかける。

ラビティー「はーい! それ以上近づかないでくださーい!
ここより先に足を踏み入れた場合、我々はあなたを敵とみなし、攻撃しまーーす!」

ラビティーが大声を出して少年に忠告すると、少年は口を開いた。

トルバ「……わかってる……リーグスに会いたい……いける?」

ラビティー「リーグス?…………あっ!」

ラビティーはその名に聞き覚えがあった。

今日は魔王と勇者(とお供3人)が戦う、人間と魔物の大事な代表戦なのだが、その勇者の名前は『リーグス』なのだ。
おそらくこの少年は勇者に接触する気なのだろう。

しかしそうだとしたら、この少年の様態は一体何なのだろうか?

もしかすると、この少年は勇者リーグスが戦うと知って急いで家から出てきた、世間知らずの一般人なのかもしれない。
とどのつまり、この人間は私たちの敵とはまだ判断できないわけだ。

ワムパ「おいおい少年、残念だがなー、代表戦は勇者とそのお供以外は立入禁止なんだ。 不正か何かがあるといけねえからな。
その格好から察するに、応援かなんかに来たんだろうけど……悪いが、入場はできないよ」

どうやらワムパも同じことを考えていたようで、少年に関係者以外立入禁止の旨を伝える。

しかし少年は意外な返答をこちらにしてきた。

トルバ「いや……俺はリーグスと勝負をしにきた」

ワムパ「でぇぇ!?」

ラビティー「嘘でしょ!? その格好で!?」

少年はコクリと頷き、道を開けてほしいと言わんばかりにこちらを見つめている。

ワムパ「お、お前、よっぽど頭がおかしい奴なんだな……まあいいや。
じゃあ俺に力比べで勝てたら、ここを通してやるよ。
勇者に挑む気概があるってんならよ、少しは根性見せてみな」

ワムパは少年を何も知らない子供だと思って憐れみ、ここは1つ勝負だけして、負けたら帰ってもらうことにしようと考えた。この方法なら彼の好まぬ『無益な殺生』はしなくて済む。
すると少年は乗る気になったようで、おずおずと両腕をワムパに差し出した。

ワムパ(腕か〜、俺腕力強えから、折っちまうかもなー。 まっ、その時は自己責任ってことで)

ワムパは少年のペースに振り回されつつも、少年の手を握って勝負をスタートさせようとした。

トルバ「そうか、お前らは"そういう奴ら"か」

ドゴンッ!

ワムパ「うっ!」

ラビティー「えっ!?」

突然少年は恐ろしい力でワムパを蹴り飛ばした。

ワムパ「は、はうう……!」
(お……重い!! 何だ!? 
このA(攻撃)とS(素早さ)は!?)

ワムパはあまりに重い一撃を受けて、体を門に強く打ちつけ、悶絶して地べたにうずくまる。

トルバ「忠告しておく。 そんな態度でいつもここの門番をやっているというのなら、直に死ぬぞ。
魔物と敵対している人間が、素直にお前が見るからに有利な勝負に応じてくれると思うのか? よく考えるんだな」

ラビティー「ひ、ひいぃ……」(な、何なのこの子!? さっき、一瞬だけど足が異常に太くなったような……!? それにそんな力、魔法なしでどうやって出してるの!?)

この少年の名はトルバ。
どこにでもいそうでいない謎の人物であり、本作の主人公である。
少年はラビティーの方にチラリと視線を向ける。

トルバ「……あんたはラビティー。 重力を倍に倍にとどんどん重くしていく魔法を持つ、厄介な魔法使い……らしいな?」

ラビティー「ヒッ!」(名前も魔法もバレてる!!)

それまでの一種の油断がすっかり恐怖に塗り変わってしまったラビティーは、ヘビに見込まれたカエルのようにすくみ上がってしまう。

トルバ「どうする? 俺を魔法で止めるか、それとも、この門を捨てるか?」

ラビティー「は、はわわわわ……」

トルバ「今すぐ決めろ。 あんたの運命は……そこで決まる」

トルバはゆっくりとラビティーとの距離を詰めていき、ラビティーの心を限界に追い詰めていく。

ラビティー「いやあ! 来ないで!! 『グラビティー』!!」

ボクッッッッッ!!!!

トルバ「甘いな……何のために俺が距離を詰めたと思ってる」



ラビティーの頭が真っ赤に染まったーー


ーーかに思えるほどの大きなたんこぶができた。

ラビティー「ふええ……痛いよぉ……!」

ラビティーは涙目になって頭を抱え、すっかり戦意を喪失してその場にへたり込む。

トルバ「判断を誤ったな……打撃の威力まで計算して使うようにしろ。
昔はどうだったのかは知らないが、戦闘に対する意識が甘すぎるぞ、お前ら」

トルバは呆れた様子でラビティーから目を逸らすと、今度は門の方に目を向けた。

トルバ「ところで、この門は『結界』と『南京錠』による二重ロックらしいが……ワムパ、お前の頭を貸してくれるか?」

ワムパ「な、何だよ……フガッ!?」

ワムパが痛みを堪えながら顔を上げた瞬間、トルバはワムパの顔を右手で鷲掴みにした。

そして中央の南京錠に向かって

ガスンッッッ!!!

ワムパ「ブグッ!?」

ワムパの後頭部を思いっきり叩きつけた。

ガキンッ!

すると南京錠は粉々に砕け、見るからに頑丈そうな鉄製の門の扉がキィィ……と音を漏らしながら開いた。

トルバ「よし……! おい、ワムパ? ちゃんと失神してるか!?」

トルバは門に叩きつけられてのびているワムパを地面に降ろすと、耳元で大きな声を出した。

ワムパ「…………はっ! な、何だ今の!? 流れ星が見えた!?」

トルバ「……悪いな。 お前の"意識"を奪わなければ、ここの『結界』は解除できない。
そこで安静にしていろ。 やっておいて悪いが、後頭部を強く打った奴は時間差でポックリ逝ったりするから」

ワムパ「やめろーー! それ以上言うんじゃねえーーーー! わかってるけどてめえが言うと怖えんだよーーー!」

ワムパとラビティーは久々に戦地に赴いていた頃の『恐怖』を味わった。



魔王城 本丸

点々と光を灯すシャンデリア。

日光を受けてキラキラと輝くステンドグラス。

そして真紅の絨毯と玉座があるだけのだだっ広い空間。

いかにも王の間と言わんばかりのこの場所は、魔王城の本丸である。

そしてそこでは今、この城の主である魔王と、4人の"人間"がしのぎを削っている。

リーグス「く、ダメだ……よしカジル!! もう全てを諦めて『封印オチ』にしよう!!」

カジル「はあ!? お前、分かってんのか!? 封印に手つけた奴は死ぬし、封印できる期間はたったの4年だぞ!? 昨今叫ばれている『笑止英雄化』ってやつになっちまうしよ〜! しかも俺、お前の腰巾着!? それだけは嫌だね! ぜっっったい考え直したほうがいいぞ!!」

リーグス「いいやもう封印でいい!!! だって勝てる要素存在しないだろ!?
状況鑑みるに、どう考えても魔王が勝つってこの勝負! 生物学的に魔族と人じゃあさ! 同じ体力の消耗でも差があるって!」

トルバが会いたがっていた『リーグス』、そして同じパーティーの『カジル』、『メーシャ』、『ラティス』。
人間サイドのこの4人は、代表戦にて最も恐れていた事態に直面していた。

それは『スタミナで魔王に負けること』である。

魔王「ど、どうした……?まだ、まだ俺はやれるぞ!」
(はあ……はあ……いや、もう無理!! 本当はそうでも言っておかないと、後で野党から『あなたはリーダーシップとMPが足りない!』とか糾弾されて不信任ルートだから言ってるだけで!? ぶっちゃけあと二、三回しか特技・呪文は使えない!!
とはいえ下手に殴り合えば…………4対1でボコボコにされるという最悪の未来しか待っていない! フィジカルだけのゴン攻めで勝てるのって……いや、マジの猛者|《勇者》くらいだろ?
かといって、勇者リーグスは国民の期待を背負っているから、絶対に引けないし!!
俺も魔族の世を背負っているから絶対に引けない! あの、何ですかねこの地獄の空間? 古い歴史のおかげでかろうじてこの戦いこの時代まで続いてますけども!? 誰も救われないし、"あの方"がいらっしゃる限り、こんな非効率な勝負しかできないもんねーー!?
ごめん、皆からしたら敵サイドの俺がこんなこと言うのもあれだけど……やっぱ戦争ってやっちゃダメなんだわ!?)

一方、魔王の方も既にかなりキている模様。

今朝の8時から始まった代表戦。
魔王は持ち前の戦闘能力、リーグスは鍛えたフィジカルと相手の技をコピーし、その技の性質を反転させて使うスキル、『裏習得』を駆使して戦い、さらに魔王が勝ちそうになったところでリーグスの仲間が厄介な妨害を積む。

この一進一退の攻防が、いつまで経っても形勢が変わらない地獄の戦いを生んだ。

メーシャ「くそ! 『対策魔法』をバンバン打ってもダメなのか……!
私の力量が足りなかった……!」

ラティス「しょ、しょうがないですよ……こんなに魔王が揺るぎない存在だとは、想像できませんでしたし……」

対策魔法とは、魔法の操作を完全なものにできるスキル『無双操作』によって使えるようになる『概念魔法』の一種。
この魔法は敵に回すとかなり厄介で、どんな防御、攻撃手段も魔法で無効化することができる。
しかし、魔王程の相手にそれを使うと、下手をすれば発動タイミングを読まれて逆に対策されるという事が起こり、意外にも戦況はなかなか良くならない。

結果、このまま行くとこの試合は確実に人間サイドの負けだ。だからリーグスは『一人の命と引き換えに一年敵を封印できる魔法』を使い、負けてしまう前に悪あがきをしようと考えている。

魔王「フ、フハハハ……我の強さを推し量るなど、お前らごときには不可能だ! 思い上がるのも甚だしいぞ!!」
(くそ! 魔王の知能を持ってしてこの展開を予測できなかった自分に腹が立つ! 俺が変に頑張っちゃったせいで俺の内閣は支持率だだ下がり間違いなしの状況になっちゃってるわけだし! ぶっちゃけこいつらより思い上がっていたのは俺の方なのではないだろうか!?)

前言撤回、魔王も下手をすると負ける可能性アリだ。

リーグス「くそ、万事休すか……」

エクス「大変です魔王様!!」

リーグス「……ん?」

魔王「何?」

そんな入ったら逃げられない泥沼の空間に、不意に魔王の側近『エクス』が入ってくる。

エクス「この魔王城に侵入者が現れて!! えっとえっと! 死にそうです!!」

魔王「はい?」

何やらエクスは気が動転している様子だ。魔王にとってこの側近はいつも賑やかでうるさい奴だが、こういう日に意味もなく騒ぎ立てるようなマネをする奴ではない。

魔王「ふう……! 待て、落ち着いて詳しく話すのだ、エクス」

エクス「あ、ああ! えっと、ししし侵入者は人間で、えっとえっと、あっ! 死にそうなのは私なんです!!」

魔王「ええ? あっそう、お前なあ!
ここを警備してんだからいつか戦死するかもしれないくらいの覚悟は持てよ!? そのくらいでいちいち我に報告してくん」

ドガシャンッ!!

魔王「ぐっ!?」

エクス「うわーー!? 来たーー!?」

ーー唐突に本丸の天井が崩れ、突如側近の頭上から"人間"が現れた。

リーグス「!? お前は……!?」


リーグス
職業 勇者 適性 勇者

魔法 反転魔法

トルバ
職業 中小企業の社長 適性 戦士

魔法 ???,???



ズドン!!


エクス「グアア!?」

エクスは"人間"の凄まじい腕力によってねじ伏せられ、激しく床に叩きつけられる。

リーグス「ト、トルバ!?お前……!」

トルバ「……久しぶりだな、リーグス」

リーグスは旧友との思わぬ再会に開いた口が塞がらない。

トルバ「お取り込み中悪いな」

リーグス「ああ、うん……えっと、新居にポストとかないの?」

エクス「ホ、ホントだよお前! こんなことしてただじゃ済まさ」

ガシンッ!

エクス「ギエーーーーー!」

エクスはトルバに頭を潰され、無惨な最期を迎えた。

リーグス「いぃぃ……相変わらず容赦ねえ……!」

あまりに容赦なく一瞬で殺してしまうので、リーグスはトルバと学生時代を共にしていたにも関わらず、ドン引きしてしまう。
久方ぶりにあってこれなのだから、いくら修羅場をくぐり抜けてきた勇者であろうともこうなるのは無理もない。

ラティス(何ですか彼は? お知り合いですか?)ゴニョゴニョ

リーグス(え……ううん…………他人かな〜)ゴニョゴニョ

メーシャ(嘘つけよ! 見るからに昔の付き合いだろうが……!)ゴニョゴニョ

ラティスはこの"侵入者"の異質さに気づいて、すぐさまリーグスに小声で彼が何者かについて聞く。
しかし当のリーグスは状況が状況なので、この期に及んで他人のフリを決め込んだ。

トルバ「……昔みたいに勝負がしたくてここに来たんだが……邪魔が多いな」

トルバは魔王の方をジロリと睨みつけた後、ゆっくりと魔王の方へ歩み出した。

カジル(な、何だこいつ……ここ魔族の拠点だぞ!? どうしてあんな部屋着みたいな格好でピンピンしてここに来られんだ!? そ、それに今、魔王の側近を片手で圧倒していたような……!?)

カジルはあの男とは代表戦の道案内でしかあったことはないが、いかにも強そうだと思った覚えがある。

そんな幹部クラスの魔物をあそこまで追い詰めて、紙くずをグシャグシャにするかのように軽々と頭を握りつぶすとは何事だろう。

カジルはトルバから漂う威圧感に気圧されて思わず身構えた。

魔王(うん、ごめん側近!! 確かにこれはやばすぎる事態だ! しかもあの男の衣服についた血! あれ確実に"魔物"のだよね!? ちょっとやだそれって返り血じゃない!?
やめてくれよ〜!! 急にこんな心臓に悪い人お出しされても……てか、ただでさえ余裕ないのに、この流れ大分まずくないか!?
やだなー、マジで嫌な予感するんだよなーー!
この人から『友好的ではありませんよ』オーラがビンビン感じとれるんだよなーー!?)

いきなり出てきた謎の少年にはこの魔王とて気が気ではない。
トルバは血まみれのTシャツとズボンを履いていた。
鎧をしていないどころか、武器も盾も持っていない。
しかし彼は無傷だった。服についている血は全て返り血。
一目見ればどれほどの手練れであるかは誰でも想像がつく。
トルバは魔王の前まで来るとゆっくりと息を吸い、何か言いたげな様子で魔王の目を見る。

そして魔王は情けないことに目を逸らしながらこう言った。

魔王「しょ、勝負がしたいのならすればよい。 くくく、悔いが残らぬようにな……ハハッ……」
(あの、トルバさん? あなた何でそんなに僕に近づいてきてるんです!?
僕としては『この間にMPと英気を養って、もう一度ジリ貧にならないようにしてから勝負してやるぜ!』って流れなんですけど!?
このチャンスを無駄にしないためにも、ワインでも飲みながらゆっくり観戦して戦闘データを採取したい所存なんですが)

トルバ「生かしておくと面倒だからな、死んでもらう」

魔王「…………何?」(うん! 知ってた!!)

トルバは肩をゆっくりと回しながら、魔王に殺害予告を行う。

悲しいことに魔王に逃げ場はもう残されていない。

魔王「……ほう」(いやー、内閣の支持率と俺の命、短かったなー!! 
でもこういうイレギュラーのせいで死んだってことにすれば?
まーだワンチャンこいつが強すぎたって話になるかもしれないし?
魔由党が来年与党になれてるかもしれないし?
ここは腹をくくって潔く負けるしかないでしょう!!)

魔王は自身の政党を守るために敗北も辞さないつもりだ。
死んでも『勇者に負けて終わる』という結末だけは避けようと必死である。

魔王「調子に乗るなよ小童が!

『カッターボール』!!」

魔王は魔弾のようなものを両手で生成した。
すると、その魔弾から大量の斬撃波が飛び出し、素早く風を斬りながら宙を泳いでいく。

トルバ(安全策を取ったな。 だがその程度の技では)

ヒュンッ

トルバは瞬発力で自分に飛んできた斬撃波を避けてみせた。

魔王「何!?」

トルバ「造作もなく避けられる……」

メーシャ「お、おいおいどうなってんだ!? 動きの軌跡が全く見えなかったぞ!?」

メーシャはトルバのこれまで見たこともないような異常な速さに驚く。

カジル「な、何だあいつ……どうやったらあんな速さ出るんだよ!?」

リーグス「……あいつはフィジカルに関しては基本化け物なんだ。
俺とあいつは昔、一緒に勇者を目指していて、同じ厳しいメニューを2人でやったもんだが……
不思議なことにあいつと俺の身体能力には気付いたら差ができていた。
しかもあいつは、鍛錬をしているというのに体格が変わらなかったんだ……
あいつの筋肉はどういうわけか、力を出す時以外は常に弛緩していて、体内の奥底で眠っている。
そして力を出す時は、ほんの一瞬だけその姿を現し、出し切った後はすぐにまた緩んで姿を消す。
そんな調子だから目に見える形で筋肉がつくことは決してない。
だから体格がいつまで経っても変わらなかったんだ。

しかし、普通の人間の体は、いくら器用にやってもそんなことまではできない。
何かやってたのかと聞いてみたりもしたが、結局それらしい理由もナシ。
おそらくトルバは他の人間とは肉体の"強さ"が違うんだろう…………そのくらいしか、俺に分かることはなかったよ」

リーグスは親友との突然の再会に未だ驚きつつも、その変わらぬ強さを目の当たりにして深い溜め息をついた。

リーグスはMPを消費し、体力を消耗した魔王がこの後どうなってしまうかを知っている。
そしてこの泥沼の戦いが、"彼の手によって終わってしまう"ということも。

ルーシャ「な、なあ、もしそうだとしたら、打撃の威力もすげえんじゃねえのか……? 鍛えてるし、肉体も一味違うとしたら、今のうちに地震の1つや2つ起きるくらいの覚悟はしねえと……」

リーグス「ああ、それは」

ボグッッッッッッ!!!!

突然凄まじい打突音と強い衝撃が地面に走った。

カジル「うわっ!?」

ラティス「きゃっ!?」

リーグス「くっ………」

メーシャ「いぃぃ……!?」

リーグスのお供たちは、想像を絶するその打撃に驚きを隠せない。
魔物のように強靭な肉体を持つ者や、魔力によって肉体を底上げした者からこのような音や衝撃が出るのは分かる。
しかしトルバはそんな彼らの常識を一瞬にして覆した。

トルバは魔力を自由に扱えるような恵まれた才能を持って生まれてはいない。
今の打撃は魔力を使わない、純粋な肉体の力のみの打撃だ。

魔王「コ、コォ゙ォォォ…………!」(や、やばい……今の打撃の衝撃で、心臓が……と、止まっている……!?)

しかしこの打撃には、魔族の王である彼もこの有り様である。

リーグス「あはは……しといたほうがよかったね」

カジル「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな?」

リーグス「同意するよ」

魔王(く、くっそ……今まで戦ってきたどの勇者よりもやばいスピードだ……! 下手をすれば本当に死ねる!?
でももうしょうがない……どうせ死ぬんだったら、せめて楽に死ねるように残り少ないMPを使うしかねえ!!)

「フ、フハハゴホゲホゴホ……ゼェ……ゼェ、ふうう〜〜、仕方あるまい……あ、あの特ゲホゴホゲホ技を、ハア〜〜……使うしかあるまい!

これで最期だ!! 『岩石封じ』!!」

魔王が咳き込みながら何とか詠唱すると、魔王の周りに無数の岩石が生成され、それがアーマーのように魔王に装着されていく。
そしてその岩の鎧は魔王を巨大な巨人のような容貌に変えた。

まるでガ◯ダム。

魔王「ハッハッハ! これで楽に死ねるぞーートルバーー!」

カジル「ん? ごめん? それどっちに言ってる?」

メーシャ「な、何てこった……! あの技を使いやがったぞ!」

カジル「強引に白熱したムード作ってる!?」

トルバ「……馬鹿な奴だ。 だが、それでいい。 正直俺もお前の相手を長くはしたくないのでな」

トルバは当然動揺せず、いつでも来いと言わんばかりに軽い腿上げをしている。

カジル「どう考えても物理では突破が難しいと思うけど……」

突破されるね! 間違いない!!

カジル「おい、飲み込んだのに言うなよお前!?」

バシュン!!

魔王は巨大な岩の腕を振り下ろして、遂にトルバに"宣戦布告"をする。
しかしトルバは巨大なガ◯ダムと化した魔王の股をくぐり、魔王の左足のかかとをつま先の向いている方向に後ろから蹴り飛ばした。

魔王「のわ!?」

魔王はバランスを崩して簡単に転倒し、背中のアーマーに巨大なヒビが入ってしまう。

メーシャ「ま、本気か!? あの魔王が簡単に!?」

魔王「こ、こいつ、人の努力を何だと思っていやがるーー!?」

魔王は見るからに取り乱して巨大化した岩の体を持ち上げると、即座にトルバに殴りかかった。
しかしこの判断がよくなかった。

スタタッ!!

魔王「何ぃ!? こ、こいつ…………

"登ってきている"!?」

そう、この体で殴るということは、トルバに『道』を作ることと同義語なのだ。

トルバはその高い素早さで魔王の巨大な岩の腕を駆け抜け、魔王の背後に出るとすぐに背中に飛び蹴りを打ち込んだ。

ドガガッ!

魔王「し、しまったあ!?」

背中のアーマーが崩れ、魔王は自身のガ◯ダムから放り出されてしまった。

リーグス「いや〜、なかなか高度な試合だね〜」

3人「ね〜」

リーグス「俺たち完全に脇役だね〜」

3人「ね〜」

リーグス「俺らの約1時間の戦い、何だったんだろうね〜」

3人「ね〜」

そしてその様子を体力を回復しながら見る勇者一行。
パーティーが逆に追放される(?)という珍しいパターンである。

魔王「クッ……ぐぬぬぬ……」

トルバ「……散々茶番に付き合わされたが、これで王手だな……」
リーグス「まるで将棋だな!」

トルバ「ここぞとばかりに出てきて言わないでくれ」

リーグス「はい…………」

カジル(何しに行ったんだあいつ?)

魔王(くっ、まずいぞ……このまま行くと俺の楽に逝く"計画"が、完全に破綻する!!
それどころか内閣のトップとしても差し障りがある死に様を全魔族世帯のお茶の間に提供してしまうぞ!!)

そう、この様子は全て、МHKというテレビ局にて生配信されている!
ここでトルバにボコボコにされて負けると、今まで魔王軍が広げてきた全勢力範囲にその様子が生放送されることになるのだ!

魔王「おおお、落ち着いてくれトルバ君!!!
君が今やるべきことは、リーグスと戦うことなんだ!!
俺のような雑魚と戦っているような場合ではない!
今すぐにでもやるんだ! そして君のことを大切に想っている人達の所へ今すぐに帰っ」

ズドンッ!

トルバ「"戦時中"だということを忘れるなよ?」

トルバは魔王の頬に容赦なく拳を叩き込んだ。

魔王「くっ………! 調子づくんじゃないぞ!! このちっぽけな若造がぁぁぁーーーー!!!」

魔王は今世紀最大のキリッとした顔をその場で作ると、トルバに向かって大きく拳を突き出して殴りかかった。

しかしそんな攻撃がみすみす通じるはずもなく、

ドガンッッッ!!

魔王「ぐおお!?」

逆にカウンターを食らって後ろの壁まで吹き飛ばされ、そのままトルバにタコ殴りにされた。

魔王「グワアアァ゙アァ゙ァァア!!!!」

魔王の体は肉片が細かく飛び散り、徐々に原型を留めないモノへと変わっていく。

メーシャ「……冗談抜きに魔王の体がグロくなってくんだけど」

リーグス「『情けなし』って感じだねぇ……二重の意味で」

グシャ!



魔王がこの世から消えた。

トルバ「…………するか、勝負…………」

カジル「!!」

トルバがほんの一瞬向けた強い殺意をカジルは本能的に感じ取り、リーグスを庇うような仕草を見せる。
しかしリーグスはカジルに向かって首を横に振ると、トルバに歩み寄って耳元でこう囁いた。

リーグス「初めての魔王城は緊張したかい?」



トルバ「…………そうなんだよぉ!!」

ドサッッッッ!

3人(ビクッ!?)

トルバは突然膝から崩れ落ちて、緊張が解けたと言わんばかりに地べたに突っ伏した。

トルバ「リーグスはよく来れるよねこんな所! 魔物は怖いし、警備はやたら厳重だし、側近とか魔王は圧が強いし!!
冷や汗が止まらないよ!!
ここなんていつ入ればいいのやら分からなくて、天井から入るしかできなかった……」

リーグス「うんうんそうだね、だから今度からは勤務時間外に勝負しようね?」

トルバ「うん……ごめんな……」


カジル「ええ……ちょっと待ってくれよ。 こいつはさっきまでと話が違うぞ〜〜、あいつってものすごい実力者じゃなかったのか〜〜? 側近の頭潰してた気がするし、どう考えても普通の奴じゃねえよな〜?」

ラティス「え、ええ、間違いないですよ。 あの容赦のなさといい強さといい、相当な修羅場をくぐり抜けてきたに違いありませんよ。 リーグスと同期だったみたいですし」

メーシャ「ああ……間違いねえぞ、あいつは確かにすごい奴だ。 でもさっきまでと違って態度が凡人だよな〜? この職就いてから色んな奴と知り合ったが、あんな奴がいるなんて話聞いたこともねえし。 もしかしてあいつ、普段は一般の社会に出て生計立ててる奴なんじゃねえのか? じゃあひょっとして、さっきまでのあいつ態度は……」

3人(魔王城|《知らない環境》に入って緊張してただけ!????)

カジル「うわどうしよう!? 急にあいつが可愛い奴に見えてきたぞ!? いや返り血ついてるしやってることえげつねえからそう見えなかったけども!?」

ラティス「そ、そうですよね!? でもほら、リーグスの友達で悪い人なんて今まで見たことありませんしよく見たら顔いいし、さっきまでのも怖くて余裕がなかったと考えると、必死に頑張ってるみたいで何かこう……すごくアレな気がしませんか!?」

メーシャ「分かるーー! 私達が最初に任務についた頃を思い出すよなーー!!
でもよく考えたら、あの子初手からラスダンなんだぜーー!? すごく過酷だよなーー!? それを無傷でこなすなんてそれだけでもすげえよーーーー!!」

カジルたちはトルバの意外な一面に脳を灼かれたのか、急に保護者面をし始めている。さっきまで警戒していたというのに、トルバが本性を表すや否やこれだ。
チョロい。

トルバ「でもリーグス、どうしても今じゃなきゃいけないんだ」

リーグス「そうなのかい?」

トルバ「うん……一刻も早く決着をつけたいんだ」

シュン!

リーグス「!」

不意にトルバがリーグスの目の前から姿を消した。

先程まで彼が寝転がっていた床には、大きく抉られた跡だけが残っている。


カジル「わっ!? お前いつの間に!?」

リーグス「…………っ!」

リーグスが後ろを振り返ると、トルバはいつの間にかカジルたちの後ろにいた。

トルバ「俺が俺であるために……!
リーグス、立て続けで悪いけど、俺と久しぶりに勝負してくれ!!!」



おまけ

NGシーン1

魔王との戦闘前にて

トルバ「魔王さんよ、あんた、裏で何て言われてるか知ってるか?」

魔王「な、何……!?」

トルバ「『なんかチート持ってる奴の噛ませ犬にされてそう』……略して『チー犬』だ」

魔王「おいちょっとカメラ止めろ」
(今世紀最大の凄み)


NGシーン2

出オチ

トルバ「よし、門が空いたな」

デオチドラゴン「デオチドラゴンでしゅ!! 地獄の業火で焼かれてもらうでしゅ!!」

トルバ「……え?」

ガシッッッ!(首をつかむ音)

デオチドラゴン「!?」

トルバ「普通に嫌だ」

ポイッ

ボシャーン!!(堀に落ちる音)

デオチドラゴン「ひどいでしゅ! あたち泳げないんでしゅーーーー!」

トルバ「で、出オチだぁ……」(やれやれ、驚かせやがって。 そこで役に立たない炎でも吐いてるんだな)

ワムパ「いや本音と建前逆ぅ!?」

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