【女子力カンスト彼女が中村先生に癒されたい話】

※二次創作
※中村先生夢
※名前変換機能がないため夢主の名前は「ゴマミソ」さん固定




 沈黙をつい愛想笑いで埋めようとしてしまうのは私のよくない癖だ。
「すみません、この資料のこれってどうなってるか教えてもらってもいいですか?」
「あーわかった。ちょっと待って」
「はい」
「あーこれ間違ってんじゃん、なんだよあいつ」
「ふふふ」
「ごめん、ちょっとまた確認しとくわ」
「わかりました、お願いします」
 にっこり。今日も角を立てないよう、同僚のミスを内々にカバーする。のちのち被害をこうむるのはこちらなので、相手のためではなく自分のためだ。こうして、回りまわると自分が楽できるようなことを事前にいくつも仕込んでおく日常を送っていたら、いつの間にやら”優しい人”、”頼れる人”というレッテルがついてしまった。ただの自分本位から来る言動であるのに甚だ心外だ。そしてそのレッテルを重荷に感じつつも、つい期待に応えようとしている自分にも。
「(仕事、辞めようかな……)」
 こんなとき、「でも自分がいなくなったら」と考えてしまうのは既に危険信号な思考であるらしい。うん、大丈夫だ。私が抜けても、きっと細かな滞りはありつつも、この職場は回っていくだろう。「やっぱゴマミソちゃんがいると違うわ~!」「ゴマミソさんがいないと無理です~」というのは、例え本心であっても本当ではない。それはそれで少し寂しい気もするが、そうでなくては社会は成り立たない。”なくてはならない人”というのは実際の世の中にはほとんど存在しない。
 退勤ラッシュの電車の中、なんとか座れた座席に揺られながらぼんやりする。窓の外でも眺めたいところだが、あいにく乗車率100%を超えつつある車内、視界は目の前に立って吊革を掴んでいる男性のワイシャツに塞がれている。ふくよかなお腹がこちらに迫ってきている。私はなるべく距離を取ろうと背もたれにもたれかかり、細く息を吐いた。そして吸い込んだ息とともに色んな匂いが鼻孔に入ってくる。体臭、柔軟剤、香水、たばこ、さっき食べたもの、誰かの家のにおい。満員電車で深呼吸してはいけない。呼吸はなるべく浅く、少なく。居眠りしているのだか狸寝入りなのだか、右肩にしなだれかかってくる隣席のおじさんの脂っぽい頭を肩で気持ち押し戻しながら、心の中で繰り返した。
 電車を降りてホームを歩いていると、前から不自然な軌道で曲がってきた男性に勢いよくぶつかられた。
「っ……すみません」
「……」
 よろけて後ずさりつつ謝罪したが、男性は無言のまま一瞥もくれずに歩き去ってしまった。
「(あー、あれ……いま流行りの”ぶつかり男”ってやつか。謝って損した)」
 先日ネットニュースで目にした。大人しそうな女性を狙ってわざと体当たりしにいく輩がいるらしい。ストレス発散なのかなんなのか知らないが迷惑極まりない。今日は座席に座れて痴漢の心配も少なかったので気が緩んでしまっていた。これからは車両から降りても気を張って歩かなければ。
 改札まで来ると、出る側のほうになんとなくの列が出来つつあって、ぼんやりしたそれの最後尾あたりにつく。スムーズな流れに乗って自分も改札に入ろうとしたところ、斜め後ろから走ってきた女の子が私の前を駆け抜けて改札を通りすぎていった。カバンの底にICカードが入っているらしく、カードをかざすパネルを叩き割らん勢いでカバンごと改札に叩きつけていた。びっくりして少々呆気にとられつつ、既に人ごみの中へと掻き消えた彼女に「何をそんなに急いでいたのやら」と知りようのない事情を思って私もカードをかざした。
 改札を潜り駅から出ると、そこはそこで華金を楽しまんとする人々で賑わっていた。既に1軒目をこなしてきたような雰囲気のグループもいる。そういった人の輪をなるべく避けて通りながら、ぶつからないように、ぶつかられないように歩く。駅前さえ抜けてしまえばあと少しだ。
 そう思って心なし足早になった私の進路に、にょきっと見知らぬ男性の足が割り込んだ。
「ねえお姉さん、かわいいねー」
「……」
 ナンパだ。こんなときにツいてない。
「ねえ、無視しないで~。飲みに行きませんか?」
 足を更に早めるが、ヒールでは歩幅もスピードもたかが知れている。余裕綽々といったふうでついてくる男をいつまでも無視しているのも怒りを買ったときが怖いので、渋々相手をすることにした。
「すみません、急いでるので」
 歩調を緩めないよう歩きながらそう答えるのと同時につい癖で愛想笑いを浮かべてしまった自分が憎らしい。
「えーじゃあ連絡先だけでも!」
 僅かに脈ありとでも思われたのか、スマホを取り出す男。ほら、また勘違いさせるようなことを、と言われてしまう。
「すみません、彼氏いるので」
「えーそっかあ、かわいいもんね」
 そう思うのに、張り付いた薄ら笑いを剥がすことができない。
「……じゃあさあ、彼氏のためにお金欲しくなったら、連絡して?」
 一歩距離を詰めてきた男が声を落として耳元で囁きながら、私に名刺を握らせた。「いいお店紹介するよ」と言い残して、男は来た道を引き返していった。
 ナンパかと思ったらいかがわしいお店のスカウトだったわけだ。ナンパもごめんだが、スカウトだなんて、一体私はどういうふうに見られたのだろう。そんなにだらしない恰好はしていないつもりだが、やはり隙が多そうに見えるのだろうか。そもそも隙ってなんなんだ。人の外側を見ただけで、好き勝手なこと言わないでいただきたい。勘違いさせるなんて、こっちはコミュニケーションを円滑にしようと日々努めているだけだ。私が大切なのは、私の”なくてはならない人”は、ひとりだけだというのに。バリアのように張りめぐらせていた気が一気に萎み、背中を曲げ、とぼとぼと夜道を歩く。なけなしの気力で背後にだけ気を配りながら、ようやく彼のマンションのエントランスまでたどり着いた。


「お邪魔しまーす……」
「いらっしゃい、お疲れさま」
 彼に迎え入れてもらい、玄関でヒールを脱いで足の裏を伸ばす。
「はー……手洗ってくる」
「おー」
 洗面所で手早く手洗いうがいを済ませて部屋へ戻ると、キッチンに立って何やら作業している彼の後ろ姿があった。ずんずんとその背に向かって一直線に歩きながら上着を床に脱ぎ捨てる。広い背中に、半ば体当たりのように抱き着いた。
「わっ……と、どうした?」
「……」
 インナーマッスル逞しい彼は、例え今ぶつかったときに包丁を持っていたとしても危なくない程度の体幹がある。本当はアウターマッスルも逞しいし、包丁も持っていないのは確認済だけど。
 無言でぐりぐりと頭を彼の背中に押し付ける。
「なんかあったか?」
 背中越しに問うてくれる、その声のトーンがいつもより控えめで優しい。
「ん……じゅーでん」
「そうか」
 わずかに笑みを含んだような低い返事が小さな振動となって彼の背骨を通して伝わってくる。
 こういう察しのいいとこ、好きすぎて困っちゃうよな全く。
 目をつぶって左耳で彼の心音を聞いていると、ようやく少し気持ちが落ち着いた。すり減ったヒットポイントが回復していく。果たして今日私のヒットポイントを順繰りに削っていった男たちと(女性もいるけど)彼、同じ生き物のはずなのに何がこんなに違うのだろう。彼から発せられる音や匂い、言葉はどうしてこんなに私を癒すのだろう。世界の神秘だ。
 しばらくの間、彼が右へ寄ったり左へズレたりするのにも魚の尾びれのようにくっついていたが、料理の盛り付けという最終工程を終えたらしい彼がシンクで洗った手を拭きつつこちらへ向き直った。
「ほら」
 軽く広げられた両手に、待ってましたと言わんばかりに飛び込んだ。しっかりと腕をまわし、抱きこんでくれる。なんと今日は片手のよしよし付き。私は、実際の谷間はないけれどいわゆる谷間にあたる部分に顔をうずめて、ごつごつした胸骨と固め低反発の胸筋に体重を預けた。
「大丈夫か?」
「ん、大丈夫……なんかちょっと疲れちゃって」
「そうか。よかったら聞かせてくれないか」
「そんな別に……なんか今日は、なんだかなあって日だっただけで……」
「うん、教えて」
「……。なんかさあ……他人のカバー面倒くさいしさあ、なんもしてないのにぶつかられるしさあ、変なのに絡まれるし」
「うん」
「ほんとは頑張りたくないし、人に気遣うのも嫌だし」
「うん」
「気張ってるのもやだから、ほんとは女の子でいるのもやだ」
「うん」
「電車なんかさいあくだし、ほんとはわたしがいなくても仕事はまわるし……っ」
「うん」
「わたしがすきなのは中村さんだけなのに」
「うん」
「すぐへらへらわらっちゃうものやだ……!」
「うん」
「ごめんなさ……支離滅裂で」
「いや」
 詰まった鼻声はきっと彼にバレているだろう。抑えきれなかった涙が彼の着ているカットソーに染み込んでいく。私は誤魔化すように、今度は彼の胸にぐりぐりと頭を押し付けた。
「うううう……」
「後は? もうないか?」
「うん、もうない……」
「そうか」
 先ほどから変わらぬリズムで後頭部を撫でる彼の右手に私はうっとりと目を閉じた。
「……なあ、ゴマミソちゃん、俺と一緒に住まないか?」
「ふぁ!?」
 しかし不意に聞こえた聞き間違いかと思う言葉に、思わず彼の胸から顔を上げる。彼は至って真面目な顔だった。
「いや、こんなタイミングでなんだが……なんかそう思って」
 出勤も時間合えば俺が送ってけるだろ、そうすればとりあえずゴマミソちゃん電車乗らなくていいし、と明後日の方向を見遣りながら算段をするように言う彼を私は信じられない気持ちで見つめていた。
「……嫌か?」
 何も言えずにいる私を、彼はふと不安げに眉を下げて見つめ返してきた。
「嫌じゃないです! 住む! ます! 住みます!!!!」
 人差し指と中指を揃えて立てた右手を天井を突き刺す勢いで高く振り上げて、以前教えてもらった誓いのマイムのポーズをとった。ら、彼が吹き出した。
「ぶふっ……ありがとう。まあゆっくり決めていこう」
 嬉しげに「今後ともよろしく」と呟くと、彼は左の手で誓いのマイムの形をとって、私の2本の指先にそっと触れた。



中村先生住んでる街治安悪くない?
駅まで迎えに行ってあげて


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