【中村少年が雨の日にピアノを弾く話】

※二次創作
※中村先生夢
※名前変換機能がないため夢主の名前は「ゴマミソ」さん固定
※今回は「ゴマミソ」=苗字の設定




 傘越しにふと上を見上げる。4階、角の音楽室。少しだけ開けた窓から、今日もピアノの小さな音が雨粒と一緒になって降ってくる。
 気づいたのはいつごろだっただろうか。雨の降っている朝に登校すると、どこからかピアノの音が聞こえてくる。最初は「誰かがピアノ弾いてるな」くらいでさして気にも留めていなかったが、それが雨の日限定だということに気づいた日、私は初めて校舎を見上げたのだった。
 誰が弾いているのだろうか。いつも少し物悲し気な音色。上級生の、女子の先輩とかかもしれない、なんとなく。受験勉強の息抜きとか。雨の日だけなのはなんでかわかんないけど。
 想像が膨らみきったある日の雨の朝、私はとうとう音楽室の重い防音扉を開けた。


 広い板張りの音楽室はがらんとしていて、黒板の前に備え付けられたグランドピアノには誰も座っていなかった。使われた形跡もなく、布製のピアノカバーがかかったままだ。
「……あれ?」
 扉を開けた瞬間の緊張から一転、拍子抜けして間抜けな声が出た。しかし、教室を見回すとまだ僅かにピアノの音が漏れ聞こえている。
 音楽室の奥に4つ並ぶ”レッスン室”と銘打たれた防音の小部屋、その一番右、通学路に面した部屋からそれは聞こえてくるらしかった。私は今度こそ意を決して、がちゃり、と防音機能を作用させているその取っ手をひねった。
「……中村くん?」
「ゴマミソさん?」
 果たしてそこにいたのは、女子でも上級生でもない、同じ学年の男子生徒だった。驚いたように手が空中で止まっている。
「中村くん、なんで?」
「ゴマミソさんも、なんで?」
 普段からあまり目つきがいいとは言えない中村くんが、めいっぱいというくらい瞠目していた。
「いや、あの、いつもピアノ聞こえるの、気になって」
「あ……そうか、そうだよな」
「あ、うるさいとかじゃなくて、誰が弾いてるのかなあって。中村くん、ピアノ弾けたんだ」
「あー……うちにもあるんだけど、家じゃあんま弾けなくて」
「ふうん?」
 なんだろう、兄弟多くて順番回ってこないとかかな?
 鍵盤に手のひらと視線を落とした中村くんの横顔に陰が差した気がして、外を見遣る。空は相変わらず薄暗く、さらさらと雨の流れる音がする。少しだけ開けた窓から、湿った空気が入ってきている。
「ねえ、何か弾いてくれない?」
「え」
「何でもいいよ。中村くんが弾いてるとこ見たい」
「……わかった」
 2畳ほどの狭いレッスン室の中、グランドピアノではなく古そうなアップライトピアノの前に腰掛けた中村くんが、もう一度椅子に座りなおしてから静かに指を動かした。
「――ああ、これ。いつも聞こえるやつ。なんて曲?」
「ショパンの、『雨だれ』」
「そっかあ……中村くんが弾いてたんだねえ」
 いつも聞いていた記憶の中の音と目の前の光景が、頭の中でだんだんと嚙み合っていくような不思議な感覚だった。私の想像の世界でピアノを奏でていた上級生の女子生徒の姿が中村くんの姿へとどんどん書き換えられていった。
 中村くんといえば確か、ピアノではなくバレエをやっていることで学年では有名だ。滑らかな運指に連動するような腕の動きに目をとられる。細い、けれどしっかり筋肉の浮き出た腕だ。クラスの運動部の男子の腕とはやはり何かが違う。しなやかで柔らかそうな筋肉。
「……」
 ピアノに向き合う中村くんを、私は横から堂々と盗み見た。
 椅子に降ろした腰の細さ。薄いが幅のある肩。大きくても繊細に動く指。綺麗に切りそろえられた爪。骨ばった頬骨と鼻梁。伏せた目、それにかかる前髪。下向きに伸びたまつげ。
「……」
 曲を弾き終えた中村くんが無言で静かに手を膝に置いた。
「わーーありがとう。なんかすごく、素敵だった」
 はっとした私は、思わず胸の前で小さく拍手しながら中村くんに素直な賞賛を送った。
「いや、別に……」
 中村くんに笑顔はなかったが、それでもたぶん、満更でもなさそうだった。
「あ、やばい。もうすぐホームルーム始まる。行かなきゃ」
「あ、俺も……」
 ピアノの上の小さな時計を見て声を上げた私に、中村くんもその柳腰を上げる。レッスンルームの扉に手をかけてから、ふと中村くんを振り返る。
「ねえ、また来ていい?」
「え」
「雨の日、もうちょっと早く学校来るね」
「……待ってる」
「ありがと」
 楽譜や荷物を片付ける中村くんを残して、一足先に音楽室を出た。
 頭の中ではまだ先ほどの曲が鳴っていて、中村くんの指先の残像がよぎるみたいだった。私は何かとてもいいものを発見したようなご機嫌な気持ちで、教室へと急いだ。




梅雨時期は毎日wktkするようになった中村少年


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