岡田将生研究㉕今こそ語りたい「小さな巨人」山田春彦の特異性

 2017年放送連続ドラマ「小さな巨人」。岡田将生が演じたのは、主人公香坂(長谷川博己)と時には敵対し、時には結託して事件解決と警察組織そのものに挑む警察官山田春彦。東大卒のエリートでありながら、内閣官房副長官である父親(高橋英樹)との確執を拗らせてるが故に、あえてノンキャリアの道を選んで警視庁に入庁したという捻くれ者である。日曜劇場初出演の岡田(当時27歳)は、本作にて主演の長谷川を始め、曲者の捜査一課長小野田役の香川照之、たたき上げの所轄刑事を演じた安田顕などのベテラン実力派俳優陣と濃い演技合戦を繰り広げた。

 放送が始まるや否や、主人公の手柄を横からかっさらっていく迫真の演技に「本気でむかつく」「憎たらしい」「嫌な役が上手い」と岡田の悪役ぶりが話題になった。岡田の地上波ドラマと言えば前年に演じた「ゆとりですがなにか」の坂間正和、2015年の「掟上今日子の備忘録」の隠館厄介、本作直前の2017年3月にはスペシャルドラマ「北風と太陽の法廷」の麹谷陽太、何処から見ても善人であり好青年の役が続いていただけに、悪役山田が世間に与えた衝撃は大きかった。

 岡田の起用理由を伊與田英徳プロデューサーは「岡田君とも一度やってみたかったというのが根本にありました。左遷されて所轄に追いやられた人が自分の部下と戦ったらおもしろいかなというのをぼんやり考えたときに、岡田君しかいないなと頭に浮かんだんです。岡田君も透明感がありますよね。顔もきれいで、そして芝居がうまいなと」「好青年ですよね。役も好青年な役が多い印象で、周りからも意外だと言われました。その意外な一面が引き出せたとするとよかったなと思います」と語っている。(マイナビニュース)

 また岡田本人はインタビューで「香坂が嫌がるようにすればいいと思って演じています。長谷川さんとは年の差があるので、若さを生かしてイラっとさせるような演技ができれば。今回は常に眉間にしわ寄っている感じですかね。目がすごく疲れる現場かもしれないです。(笑)(香坂目線のストーリーに対して山田の存在は)1つのアクセントとして。邪魔であり味方でもあるという微妙なラインをやっていくというのが今回の意図でもあるので。そこは監督と話し合いながらできているんじゃないかなと思っています」と答えている。(スポニチアネックス)

 岡田のインタビューにもあるように山田を演じる難しさは、この「微妙なライン」であるように思う。多くの視聴者が指摘しているように、本作は骨太で硬派な作品でありながら実は脚本がぶれぶれで、ストーリーにもキャラクターにも一貫性がない。言い換えれば、実力のある俳優陣の演技力で無理やり脚本をねじ伏せて説得力を持たせた作品と言っても過言ではない。山田の役も例外ではなく、かなりのダブルスタンダードなのだが、憎たらしさの中に見え隠れする愛嬌と父親に対するコンプレックスを上手く潜り込ませ、一人の人間としての一貫性を持たせるとともに、視聴者から見て完全な嫌われ役にもなっていないのは見事。(余談だが、このドラマは1番真っ当なことを言ってる小野田一課長を全員で全力で敵に見立てて視聴者をだましにかかってるというトリックの上に成立している)

 本作の山田春彦は、岡田の経歴の中でもかなり珍しい硬派なかっこ良さが際立つ役である。硬派なエリート警察官と言えば「秘密 The Top Secret」で演じた青木があるが、青木は悪役ではなかった。秘密の青木も確かにあまり笑わず常に眉間にしわが寄っており見眼麗しいが、まだ線が細く少し弱々しい。青木に比べて山田は、キリっとスーツを着こなした立ち姿に芯があり、身のこなしが美しく、ベテラン俳優陣に負けない堂々とした迫力がある。日曜劇場特有の顔面のアップが多いカメラワークでも、その美しく引き締まった表情としっかりした台詞回しで存在感を発揮している。

 本作が最も貴重だと言えるのは、見た目だけでないカッコよさが描かれていることである。1話、階段から落ちてくるスーツケースの先に小さな子供がおり、どこからともなく現れた山田が飛び込んで子供をかばうシーン。6話、三島(芳根京子)の上にガラガラと崩れ落ちてくる鉄骨、間一髪で山田が現れ三島を助けるシーン。かなりベタだが、意外にも王道なカッコいいシーンが見れるのは、90作ほどある岡田の出演作の中で本作だけ。岡田に限っては珍しい、きちんと定番のかっこよさを見せてくれる貴重な作品なのだ。父親の前で涙ながらに「父さ~ん!」と叫んだり、手錠をかけられて泣きじゃくりながら「香坂さんに言えばよかった」と訴えるシーンなど、弱い山田ももれなく見ることができるお得感もある。

 「小さな巨人」を機にてっきり岡田は、「ゆとりですがなにか」で一つの完成形を見せたコメディ路線を離れて、こういった社会派ドラマの出演に舵を切るかと思われた。本作はほんの序章だと。しかしその予測はあっけなく裏切られる。ファンの想像の斜め上を行くように、話題の舞台「ニンゲン御破算」や「ハムレット」など多彩な演目を精力的にこなす一方、ドラマの出演は減って行ったが、次作はあの名作「昭和元禄落語心中」(2018年)でドラマファンを唸らせた。さらに2021年「大豆田とわ子と三人の元夫」の慎森役で話題をさらい、「ドライブ・マイ・カー」で世界の映画ファンを魅了した。芸の幅が広すぎて、あっけにとられる。

 「小さな巨人」から7年がたち、エンタメ業界も様変わりした。コロナ禍をきっかけに配信という形態が躍進し、地上波テレビドラマは徐々に衰退、俳優たちは国内にとどまらず、世界を視野に入れるようになった。同時にドラマも映画も国内だけではなく、海外でも見られることを意識して作られるようになってきている。岡田も海外での知名度を上げた「ドライブ・マイ・カー」をきっかけに、海外の作品に出たいと公言するようになり、近年は活動の軸足を映画においているように見える。今年は話題の映画「ラストマイル」(夏公開)に加えて、5年ぶりのNHK朝ドラの出演、アマゾンプライム世界配信ドラマ「1122いいふうふ」が控えており相変わらずの充実ぶりで、どれも楽しみなことに間違いはない。今は時期ではないのかもしれないが、いつの日かまた、硬派な社会派ドラマで一層円熟したカッコいい岡田将生を見てみたいと願う。

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