岡田将生研究㉘異例づくしの難役「ラストマイル」梨本孔

 2024年夏公開「ラストマイル」は、公開3週目でで30.2億の興行収入を上げ、現在も大ヒット街道を驀進中である。無差別爆弾テロ事件の裏側で起こる物流業界の縦軸の軋みが中心に描かれたこの作品で岡田将生は、爆弾事件が起こるブラックフライデー前夜に巨大ショッピングサイトのセンター長として赴任してきた主人公舟渡エレナ(満島ひかり)の部下である梨本孔を演じた。岡田本人が「無味無臭の役で、演じるのが難しかった」と語るこの役は、岡田がかつて演じたことのない種類の役であると同時に、大作映画の準主役としては珍しいタイプの人物でもあった。

 まず「ラストマイル」という映画自体が、爆弾事件を扱っているにも関わらず、主人公が捜査して事件解決に奔走する話ではなく、犯人の人生にフォーカスして共感を誘うタイプでもなく、最大のクライマックスである最後の爆弾を発見して被害を防ぐのに活躍するのは脇役の委託ドライバーという異例尽くしの斬新な映画である。本作が描いているのは、爆弾事件の解決というミステリー仕立てでありながら、事件が起こったときに物流業界の各現場で何が起きるか?という仮想現実であり、それ故エンタメ性を担保しながら社会問題の提起をするという欲張りな傑作を生みだした。

 岡田が演じる梨本孔は、転職して世界規模のショッピングサイトの関東センターにやって来た入社2年目のチームマネージャー。デイリーファースト社内の人間でありながら、企業の内部には精通していないと言う微妙な立ち位置。赴任早々爆弾事件に直面したエレナ(満島ひかり)が、会社に損害を与えないよう徹する姿勢に、疑念を抱きつつも指示に従い、物流を止めないために奔走する役どころだ。主人公と一丸となって事件解決に奮闘するバディでなく、恋愛関係になるわけでもない準主役は珍しい。没個性的で、キャラ立ちしていない、岡田将生が演じるにしては一味足りないと思わせる役だ。チームマネージャーという役職が何の仕事をする立場なのかさえ描かれていない。エレナの後ろで常に気だるさを纏いながら画面の中にいる孔は、観客目線の役割、いわば本作品のナビゲーターである。エレナが何者なのか、観客は孔と共に探り、孔とエレナの会話から、デイリーファーストという会社の特性を知って行くことになる。

 本社の企業本部長の五十嵐(ディーン・フジオカ)は悪人、下請けの羊急便関東局長の八木(阿部サダヲ)や委託ドライバーの佐野親子(火野正平、宇野祥平)は善人として記号的に配置されているのと比べても、孔は立ち位置がわかりづらく共感もしづらい謎めいた人物になっている。台詞で語られることのない人物像は、その立ち居振る舞いから滲み出るものを汲み取るしかない。上司であるエレナを出迎えるのに、入り口で靴を脱いで寝ていたり、ソファでだらしなくじゃがりこを食べながら話をしたり、自分を全く良く見せようとしない。しかしエレナの無茶な要求に文句も言わずに倉庫内を走り回って、淡々と任務を遂行するあたり、かなり有能であることがうかがえる。物流倉庫から一歩も出ない、対峙するのはエレナだけ、それでいて印象的という非常に難易度の高い芝居をしている。

 「日本の悪い所を詰め込んだような会社」を辞めて外資系のデイリーファーストへ転職した孔は、必要以上に消耗しないように、人と関わらず、自分の能力を隠して低い熱量で仕事をする人だが、すっかり疲れて壊れてしまった山崎と同じ役職を淡々と適当にこなせる能力とブラック耐性を備えている。一つの見せ場であるエレナに詰め寄るシーンは、これぞ岡田将生!と唸る迫力。実はホワイトハッカーだったとカミングアウトしても、観客がちゃんと納得できる説得力があるのも、ただ者ではない得体の知れない雰囲気を醸し出す岡田の力量に他ならない。目前で爆弾が爆発するかもしれないという危機を乗り越えた後の抜けた演技も必見。

「満島さんと岡田さんはこれまでの作品を拝見していろんな色が混在するタイプのお芝居をされるかただなと思っていたので、シェアード・ユニバースということも含めてこの映画にコミットしていく橋渡しもやってくれるだろうなって」(塚原あゆ子監督 OFFICIAL BOOK)
「あの狭い空間に満島さんと居続けてなお緊張感が持続する役者というのが相手役の条件でした」(野木亜紀子 シネマシネマ)

 「ラストマイル」は、本作と同じ脚本野木亜紀子×監督塚原あゆ子×プロデューサー新井順子が手掛けたヒットドラマ「アンナチュラル」「MIU404」のシェアード・ユニバースムービーとして大々的に宣伝をして話題を呼んだ。両ドラマの主演である石原さとみ、綾野剛、星野源をはじめとする豪華キャストが出演している。タイトルの「ラストマイル」の仕事を担うのは主人公ではなく委託ドライバー、しかも脇に絶大な人気を背負った濃いキャラクターが大渋滞、こんな映画の真ん中を誰に任せるか?ここを失敗すると映画の成功はない。白羽の矢が立ったのは、製作陣が是非にと出演を切望した演技力に定評のある満島ひかり。主人公のバディ的存在の2番手が誰でも良かったはずがない。宣伝ポスターやチラシには常に2人の写真と名前が併記され、いわば「作品の顔」となるので、ドラマファンからも支持を得られる俳優でなくてはならないし、エレナと2人のシーンが圧倒的に多いため、感度の高い満島の演技を受けられるのが絶対条件。その上でドラマと映画の世界観を無理なく融合させる橋渡し的役割を期待されて抜擢されたのが岡田将生である。映画はメガヒットの大成功を収め、主演の満島とともに見事にその重責を果たしたと言えよう。2010年の映画「悪人」以来の満島との共演も話題となり、感慨深い。

 物語は孔がロッカーを開け、暗号を見る暗示めいたシーンから始まる。物語の最後もまた孔がロッカーを開け、最初と同じ暗号を見る。そのラストのいろんな意味に読み取れる、何とも筆舌に尽くしがたい岡田の表情に賞賛が集まる。物語は終わらない、孔が引き継いだものは、そのまま観客がこの映画を通して受け取ったものに他ならない「あなたならどうする?」という問いかけだ。孔の少し物足りないと思われた色味のないキャラクターがここで効いてくる。孔の瞳に映るものは最後まで観客の目線そのものであった。


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