岡田将生研究⑧「ゆとりですがなにか」で見せた真骨頂

 岡田将生と言えば、傑作ドラマ「ゆとりですがなにか」を真っ先に思い出す人も多いだろう。真逆の雰囲気を持つ「昭和元禄落語心中」とともに岡田の20代の代表作として双璧をなす。脚本のクドカンこと宮藤官九郎氏と出会った映画「謝罪の王様」に始まり、ドラマ「ST赤と白の捜査ファイル」「リーガルハイ」「不便な便利屋」「掟上今日子の備忘録」とコメディ演技を駆け抜けた20代半ばの集大成であり、「残念なイケメン、へたれ役を演じさせたら右に出るものなし」と印象づけた作品でもある。放送開始当初、低視聴率とたたかれたこの作品の評価を翻し、成功へと導いたものとは何か?

 脚本の面白さは言うまでもない。ゆとり世代をどう描くかが注目されたが、その世代ならではの生き方の葛藤を等身大に描き出し、多くの共感を得た。宮藤氏が後のインタビューで「いい役者が揃っているので、良い楽器を与えられたみたいに、乗って脚本が書けた」と語っているように、脚本と役者が見事に共鳴した。主要キャスト4人は、既にカンヌ男優賞受賞済みの柳楽優弥に加え、後に岡田が「ドライブ・マイ・カー」、安藤さくらが「万引き家族」で共に国際的に評価され、松坂桃李は日本アカデミー賞の常連となった。当時無名に近かった仲野太賀、吉岡里帆、北村匠海らの若手俳優もその後主演クラスへと大きく飛躍した。良作は役者を育てる。

 「ゆとりですがなにか」はこうした実力派キャストの演技合戦が見どころの一つ。登場人物も多いが、それぞれのキャラが立っていて曲者ぞろいだ。主演は、彼らの強烈な個性あふれる演技を全力で受け止め、かつ埋もれない度量が必要になる。レンタルおじさん役の吉田鋼太郎が「どこまで振り切ればいいんですかね?」と相談してきた破天荒なまりぶ役の柳楽に「僕らは伏線だから振り切って、にぎやかしになった方がいいんじゃないか」と話している。いわば責任のない「にぎやかし」を全て受け、さらに本線としてブレない軸が必要なのが主演。脇の演技が良ければ良いいだけそれを上回る力量が要求される。脇キャラがどんなに良くても、やはり主人公に魅力がなければ、作品としては失敗に終わる。

 主人公の坂間には、まりぶや山路、山岸、レンタルおじさんのような一目で引き付けられる強烈な個性はないが、ただの振り回されいい人キャラでもない。不器用で優柔不断で頼りなさげだが、時折見せる芯の強さと、もがきながら一生懸命生きる姿が共感を呼ぶ。2話での妹ゆとりを諭す場面、7話の茜の父親が坂間家に押し掛けるシーン、長回しの長台詞でしっかり聞かせ、視聴者を引き付ける演技はさすがの一言。当作品で岡田は、ヘタレを絶妙なさじ加減と卓越したコメディセンスで演じきり、愛すべき魅力的なキャラとしてしっかりと物語の中心に立った。

 「ゆとりですがなにか」は、放送当初から順風満帆だったわけではない。タイトルのインパクトとともに人気脚本家宮藤官九郎初の社会派ドラマとして、制作発表時、多くの話題と期待を集めたが、蓋を開けてみれば初回の視聴率は9.4%と当時の枠初回最低を記録。戦犯はクドカンか?岡田か?と叩かれた。視聴率の低さは関係者を落胆させ、現場のムードを悪くすると聞く。しかし「ゆとり・・・」の現場からはそんな声は一切聞こえてこなかった。

 主人公正和(岡田)の兄役の高橋洋によると岡田は「笑顔の俳優」だという。現場で不機嫌な姿を1度も見たことがなく「共演者、スタッフともに彼に対してマイナスイメージを持ってる人は誰もいないんじゃないかな」とブログに綴っている。視聴率の低さは当然岡田の耳にも入っていたと思われ、傷つかないはずがない。しかし岡田は、過去のインタビューを読む限り、常に「役と向き合う」ことに全力で集中する俳優である。数字に気を取られるよりも作品を良くすることだけしか頭になかったのではないだろうか?そうした姿は顕著に現場に波及する。殊に岡田、柳楽、松坂の3人は性格も穏やかで、互いにライバル心を抱きながらも互いをリスペクトし高め合う関係が築けていたようだ。一世代上の安藤が実力で支えたことも大きかったように思う。後に岡田自身が「ゆとりの現場の雰囲気がとても良くて、またああいう現場を体験したい」と語っている。そのいい現場を作る中心にいたのは紛れもないゆとり世代の岡田自身であり、穏やかで熱量のある空気感が優れた作品づくりに貢献した。

 そんな現場の熱量と呼応するかのように、回を追うごとに作品への評価は高まっていった。良い脚本、演出、演技が揃えば人の心は動かされる。クドカンはこの作品の脚本で芸術選奨文部科学大臣賞をはじめ様々な賞を受賞。岡田自身もコンフィデンスドラマアワードの主演男優賞、2016年間大賞審査員特別賞(岡田、柳楽、松坂)を受賞した他、東京ドラマアワード作品賞(優秀賞)など数々の賞を受賞し、「ゆとりですがなにか」は名実ともに名作となり、スピンオフ「山岸ですがなにか」が作られ、翌年には続編「純米吟醸純情編」も放送された。

 良い作品を作るのは「人」である。クドカンの冴えわたった脚本を引き出したのは「実力のある役者たち」であり、作品を支えるスタッフ、共演者を引っ張ったのは岡田の座長力と言っても過言ではない。岡田は作品ごとに度々「いい現場だった」と振り返り、クランクアップ時に皆に感謝を伝えて号泣する。その姿に現場スタッフや共演者、視聴者はどれだけ癒されてきただろう。人気脚本家の話題作の看板を背負うプレッシャーは想像を絶する。その中で全力で作品と向き合い、常に笑顔で現場を愛する座長に、協力を惜しむわけがない。そうして良い作品が生み出される。これぞ岡田の役者の裏側としての真骨頂。「いい現場」である陰には理由がある。究極の愛されキャラは、とんでもない人間力の持ち主であった。

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