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ずっと遠くへ

 数年ぶりに本を読みました。ここ数年は手軽な娯楽に慣れてしまい、腰を据えて本を読むことから遠ざかっていたので、本当に良かったです。返却日という〆切に追われるのも、偶には悪くありませんね。

 本というのは遅効性の劇薬のようなもので、文章に浸る時間が長くなるにつれ、ずっと遠くの現実へと旅立つことができる。読み始めは周囲の雑音も認識でき、余計な思考が入り混じった中、本を読んでいるという状態を自覚できる。ただ、その感覚は徐々に薄れ、やがて意識は文章と同化し、境界線が曖昧になって幻想が現実に重なっていく。文章に没入する体験ができるのは、きっと本だけでしょうね。

 さて、今回は『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』という文庫本を読みました。物語が進むにつれ、海野藻屑の不安定さと魅力に惹かれていった。その結末が悲劇的なものであることは分かっていても、文章を追う視線は徐々に加速していきました。中学生特有の、狭いけど広くて、無謀でも希望に満ちている関係性が等身大で描かれていて良かったです。それと作中終盤にあった、担任教師の絞り出したような藻屑への問い掛けが、ずっと脳裏に残っています。たった一言だけで、キャラの奥行きや葛藤を描写できるのは本当に凄い。

 そうして本を読み終わり、図書館を後にしました。くすんだ夜空を眺め、帰路を辿っていく。いつもの景色は酷く退屈に思えて、現実に戻ってきてしまったという落胆が、一気に押し寄せてきました。慣れた動作でSNSを開き、そして閉じる。小さな液晶に感情を打ち付けるのは、何だか凄く窮屈に感じたのです。本の余韻を、ずっと先まで翼が広がっていた感覚を惜しみながら、電車に乗って帰りました。

 ずっと遠くまで広がっていた感覚は、しばらくすると手の届く範囲まで戻ってきました。どこまでも手を伸ばせた感覚は、跡形もなく消え失せて、日常の感覚へと戻っていたのです。もう、あの感覚を味わえないのだと思うと、喪失感に似た悲しみが全身を包みました。きっと、あの感覚を求めて、また本を読むのだろうなと思います。


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