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テクノロジーは貧困を救わない

 新型コロナウイルスの影響で全国の小中高が休校となる中、様々なオンラインの教材・コンテンツが無償公開されていますが、それによって「そういったコンテンツにアクセスできる(物理的な要因だけでなく、心理的要因でも)子どもとそうでない子どもの教育格差・機会格差がより広がってしまうのではないか」という声も教育関係者の間では増えてきているように感じます。

そのような状況の中、ふと「テクノロジーは貧困を救わない」という本を思い出し、今の日本の状況にも当てはまるのではないかと思ったため、内容についてまとめていこうと思います。

概要と著者について

 この本は2016年に発行され、アフリカやインドなどの貧困地域で、テクノロジーを提供する社会的な取り組みがどうして失敗したのか、どういった場合はうまくいったのかを事例を元に考察し、その上でどうしていけばいいかを示しています。

著者は米マイクロソフトリサーチで貧困撲滅に役立つ技術の開発に取り組んでいた外山健太郎さんです。外山さんについては以下に本に記載されていた略歴を示します。

ミシガン大学情報学部W.K.ケロッグ准教授、マサチューセッツ工科大学「倫理と変革の価値観のためのダライ・ラマ・センター」フェロー。2005年にマイクロソフト・リサーチ・インドを共同設立し、2009年まで副理事を務めた。同研究所では、「新興市場のためのテクノロジー研究班」を立ち上げ、世界でも特に貧しい地域の人々がエレクトロニクス技術とどのように触れ合うかを研究して、テクノロジーが社会経済的発展を支援する新しい方法を開発した。

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著者自身もかつてはテクノロジー中毒であったと回想しています。

私は、かつてテクノロジー中毒者だった。問題解決の手段として、テクノロジーを使った手法に取りつかれていたのだ。

 しかし、世界の貧困地域で行われるテクノロジーを用いた問題解決手法に取り組めば取り組むほど、調査すればするほど、テクノロジーのみでの解決は難しいという結論に達していきます。

 本書に載っていた事例の中から2つほどを例としてピックアップしようと思います。

「マルチポイント」

 インドのある地域の小学校では、生徒数に対しごくわずかなパソコンしか設置されておらず1台のパソコンに多くの生徒が群がっている状況がありました。その解決策として、1台のパソコンに複数のマウスを繋いで、それぞれに動かせるカーソルが画面上に表示される「マルチポイント」を開発しました。
一時的には成果がでましたが、マルチポイントを導入した多くの学校で、パソコンの故障や児童による(ゲームなどの)目的外の利用によって、パソコン自体が使われなくなっただけでなく、教師たちにとってより現場を混乱させるものになってしまいました。

「ケルサ+」

 インドのバンガロールで行われた、普段パソコンに触れる機会のない大人が、無料でパソコンを使えるようになったときにどうするかを調べたプロジェクトです。
実験では、事務所の清掃員・警備員40名ほどに対し、インターネットに接続されたパソコンを好きなだけ使えるようにしました。

パソコンはかなり頻繁に使われ、ハードドライブは数ヶ月でデータで一杯になりました。しかし、結果として、映画を見たり音楽を聞いたりする以外の使い方にはほとんど使われず、日常の暮らしや仕事に役立つ技能を学んでいる者は1名の警備員を除いていなかったそうです。


この他にも、多数のプロジェクト(貧困地域の子どもに自由に使えるPCと教育ソフトを提供する)が行われてきましたが、いずれも適切に指導できる人がいない状況ではうまく行かなかったことが示されています。

テクノロジーの増幅の法則

 多数のプロジェクトに取り組み、分析した結果、著者が行きついたのはテクノロジーの「増幅の法則」でした。

テクノロジーの1番の効果は人間の能力を増強することだと言える。「てこ」のように、テクノロジーは人が望む方向に能力を増強してくれる。

パソコンは、必要な知的作業を人力でやるよりもっと早く、簡単に、強力にこなす手助けをしてくれる。
だがどのくらい早く、簡単に、強力にできるかは、利用者の能力にある程度左右される。

携帯電話は長い距離を超えてもっと多くの人々と、もっと頻繁にコミュニケーションを取る手助けをしてくれる。
だが、誰とコミュニケーションをとってそこから何を得られるかは、利用者の既存の社会的能力によって異なるのだ。
テクノロジーから何が得られるかは、テクノロジーのあるなしにかかわらず、彼らがどんなことをしたいか、あるいはできるかによって異なるということだ。
テクノロジーの一番の効果は人間の能力を増強することだと言える。

我々がついSNSやネットサーフィンをしてしまうのと同様に、教育を満足に受けられない環境の子どもたちがパソコンを提供されても、「指導に基づく動機付け」が無い限り、ユーチューブを観て終わってしまうのと同じことだと述べています。

 著者はインドでの五十数件のプロジェクト(マイクロファイナンスなども含む)のテクノロジー関連プロジェクトの中で、プロジェクトに本当の意味で影響した要素を3つあげています。

1.研究者の熱心さ
これは研究の成果に対する熱心さではなく、具体的な社会的な影響に対する熱心さ。

2.パートナー組織のやる気と能力
すぐれたテクノロジーがあったとしても、いいパートナーがいなければ意味がない。

3.対象となる受益者
与えられたテクノロジーを活用しようという欲求とそれができるだけの能力が必要となる。
テクノロジー単体では、社会的無気力も心理的無気力も打破することはできなかった。

つまり、テクノロジー関係のプロジェクトであるにも関わらず、テクノロジー自体が決定的要因にならず、人的関係が重要であると示唆しています。

複数の事例をあげた上で、テクノロジーの介入による支援パッケージは「チャンス」を生み出しはするが、それ単体ではプラスの社会的変化を保証するものではないと結論づけています。

「デジタルグリーン」

ここで、インドの農家を対象に農業指導をしている組織の「デジタルグリーン」というプロジェクトを紹介したいと思います。

当初は農村知識センターというネットカフェのようなものを運営し、オンライン検索でより良い農業を貧困農家に届けるということを行なっていました。しかし、農民たちはそうした番組を観ても、中身は大抵無視していたそうです。

そこで、あらゆる方法を試していった結果、「地元農家を映したハウツービデオを教材に使って、毎週決まった時間に上映する」という手法にたどり着きました。

「視聴者が即座に共感できるようにするためには、動画で地元農家を取り上げることが重要です」とガンジー(プロジェクトの責任者)は説明した。

「私たちがやっていることは、農業番組をテレビでやるのとはまったく違います」。

農民はそうした番組を観ても、中身は大抵無視していた。
一方、ガンジーの動画の出演者たちは視聴者と同じ方言でしゃべり、同じような格好をして、同じ環境で生活していた。

デジタルグリーンは別の8個の村でも比較試験を実施され、結果として典型的な農業指導の7倍も高い技術の実践率を達成し、しかもコスト効率は10倍もよかったそうです。

効果的なテクノロジー使用法における三つの習慣

この「デジタルグリーン」プロジェクトからテクノロジーによる介入における3つの原則をあげています。

①目標に合った人的能力を特定するか構築すること。デジタルテクノロジーを使わなくても、グリーン財団は農家にかかわり、彼らを支援する能力が合った。介入パッケージでプラスの効果を上げるには、増幅できるプラスの人的能力が必要になる。

②適切な人的能力を増幅させるために介入パッケージを活用すること。ガンジーは、グリーン財団がすでにやっている活動を見て、その活動を増幅させるためにテクノロジーを活用した。

③介入パッケージの無節操な普及は避けること。デジタルグリーンは、農家との関係を築いている強力なパートナーなしでは機能しない。そして、デジタルグリーンは、パートナー組織が経験の無い分野、例えば子どもの教育などには手を広げない。

まとめ

結局、この本では大規模なテクノロジーだけでは不十分で、困難を抱える人たちを対象にすればするほど、それを適切に指導、動機付けしてサポートしていく人の役割が重要になってくるということです。

このnoteはあくまで300ページ以上ある本の一部を抜粋してまとめただけなので、より詳しく知りたい方は購入してご自分で読んでいただけると幸いです。



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